13
宮地の運転は意外と安全運転だ。
一見普通の運転に見えたんだが、じっくり見てみると安全運転だったのだ。これは嬉しい誤算だ。
チャラチャラしている様で、基本的に心優しい男なんだと思う。
同乗している人、街を歩いている人、そんな人たちに怖い思いをさせたり、痛い思いをさせない様にと思っているらしく、自然と安全運転になっているタイプだ。
だからなのか、強引な運転をする車が割り込んで来ても、どうぞどうぞとばかりに先に活かせて、無駄な争いは避ける傾向にある。安全運転の男だ。こういう所が女にモテる理由なのか?
たまにいるよね?顔つきも態度も柔らかいのに、一度ハンドルを握ると途端に人格の変わる奴って。
宮地は一件ちゃらんぽらんに見えても、人格豹変男ではなく堅実な運転をしてくれる奴で、俺も母ちゃんも大いに満足している。
宮地の方も「この仕事、時間が短くて済むし、綺麗な女の子とたくさん出会えるので嬉しいっす」と変な理由でやる気を出してくれている様だ。
「俺が女の子たちの尻触ってるの見ても、兄さん、何も言わんし、碧ちゃんに隠れてお客さんと浮気しても注意されんし、告げ口もされんし。この職場、俺にとっては天国っす」なんて言っている。
宮地は俺の事を兄さんと呼ぶ。
本当は顧客と恋愛をするなどもってのほかなのだが、宮地という男は締め付けると仕事に来なくなる可能性が高いと俺は見ている。今や車がないと事業が成り立たないのだ。電車を使って服を運んでいた頃には戻れない。
浮気相手の女の子たちも、宮地にべったりという感じで修羅場を演出する様な娘はいないというか、そういう問題を起こさない娘しか宮地が選んでないので、大きな問題はこれまで起こっていない。
宮地と別れても、レンタルドレスは続けてくれる女の子がほとんどだし、事業面から見てまだ大きな問題になっていないので放置だ。
手放しの放置という訳ではなく、様子見の放置だという事を忘れずに宮地に釘を刺しておかないとな!
しかし、宮地の奴・・・・ぶさいくな癖に、あのナンパ成功率はどうなってるんだ?あやかりたいものだ。俺の方はさっぱりなのに・・・・。
まぁ、碧さんにあの大量の浮気がバレたらどうなる事やらとそっちの方は心配してるが、「碧ちゃん・・・・多分薄っすら宮地の浮気は知ってるみたいだけど・・・・あれほどの数だとは思ってないみたい」なんて母ちゃんが言ってるので、今のところ、碧さんも大丈夫そうだ。
「兄さん!新しい顧客ゲットしたっす!」と言って、宮地がドレスを届けた隣の店の女の子から注文を取ってくるなんて事もめずらしくはない。
俺が最初に見込んだ様に宮地は女性顧客限定だが、優秀な営業マンだと思う。
仕事は基本、車での移動になるのだが、その先は二人で一緒に店に行ったり、それぞれが別の店に行く事もある。ただ、基本、服の買い取りや、集金は俺だけが担当しているので、宮地は服の貸し出し時の受け渡しや、回収をやってくれている。
宮地としても買い取りとかは神経を使いそうだからノータッチでいたいと言っていたので、せっせと運転と服の受け渡しをやってもらってる。それだけでもちゃんと猫の手の役割は果たしてくれている。
今日の配達が終って、家へ送ってもらっている最中、宮地が「兄さん、そろそろ引っ越しするんっすよね」と唐突に話しかけて来た。
そうなのだ、とうとう新しいアパートを借りる事にしたのだ。
月島の古いアパートを借りる事にしたんだ。
今度のアパートは、玄関に入ると、直ぐが横長のダイニングキッチンで右側にトイレと小さな風呂が付いている。
部屋は二つあり、ダイニングキッチンの奥に位置している。
8畳と6畳で、8畳の方は母ちゃんと子和弘の部屋で、俺は6畳を一人で使わせてもらっているが、その実、レンタル用の服を押し入れの中に吊るして管理する事になるので、俺自身のプライベートスペースは狭い。
「来週、木曜に引っ越すつもりだから、宮地、申し訳ないけど運転を頼むな」
「了解っす。朝の10時で良かったんでしたっけ?」
「ああ、10時でお願いしたい。ちゃんと起きれるかい?」
「うっす!」
母ちゃんが中古で買ったバンは普段は服を運ぶのに使っているけど、引っ越しの時も使えば、引っ越し代を節約できる。
もちろん、宮地にはいつもの仕事とは別なので、お小遣い程度を支払う事になっているが、引っ越し屋を頼む事を考えたらめちゃくちゃ安く済む。
「助かるよ」
「和君も、喜んでるでしょう」
「そうなんだよ。もう、荷造りだけでテンション高くなっててはしゃぎまくってる。本当に小学生のパワーってすごいなぁって思うよ」
「何か想像できるっす」と言って宮地が笑った。子和弘は宮地にも懐いていて、宮地の方も和君と呼んで可愛がってくれている。こいつ、実は女にだけでなく、子供にも優しいんだな。
宮地はほぼ毎日俺たちのアパートまで来て、荷物を搬入したりする作業をする関係上、毎日子和弘と顔を合わせているし、高確率で、家で一緒に夕食を食べたりもしているので、宮地の子供への意外な優しさは頻繁に目にしている。
ただ、あんまり家で夕食を食べると、碧さんが寂しがるらしく、時には碧さんも一緒に家に来て、5人で食べる事もある。家には小さなちゃぶ台しかないから、そういう時は品数は極端に少なくなる。
冬なら鍋一択。夏なら素麺と天ぷらなんていうメニューが多くなる。それでも、大人数でワイワイご飯を食べると、子和弘はとっても喜ぶ。碧さんも、料理しなくて良いから嬉しいなんて言っている。
まあ、引っ越しすれば、6人掛けのダイニングテーブルのセットを購入予定なので、もっとゆったり食事できる様になるだろう。
月島にしたのは、洋服のお直しをしてくれている高山さんの家に近くなることと、駐車場の料金が他の地区より安かった事もある。
高山さんの家へ行くのは、結構早い時間が多い。
彼女の家も母子家庭だから、夜に男が一人で訪ねるのは評判を考えて避けたいので、お直しの服を持ち込むのは夕方までという事にしている。
一方、通勤時間より早い時間に一々宮地を呼び出して高山さん家まで運転してもらうのも悪い。だから、歩いて行ける範囲に引っ越せると便利なのだ。
新しいアパートは、母ちゃんの店への移動も簡単だし、下町風な環境が子和弘に良いのではないかという母ちゃんの意見があったのも大きく、即決に近い形で決まった。
何はともあれ、母ちゃんの昔の男から出て行ってくれと言われる前に、新しいアパートを借りる事ができて良かった。
今回、アパートは無事母ちゃんの名前で契約した。
何故なら、不動産屋には母ちゃんの職業はレンタルドレスの個人事業主と伝えており、水商売の話をしていないからだ。
レンタルドレスをするのに必要な古物商許可も母ちゃんの名前で手続きしているので、母ちゃんは事業主と言って間違いではない。
それを母ちゃんは心から喜んでいた。
これで万が一俺と何かあったとしてもアパートから出て行かなければならないのは俺の方になって、母ちゃんと子和弘は安泰だ。