11
結局、俺はその夜の内に宮地と言う男と店から少し離れた公園脇の路地で会った。
俺が宮地という男と会っている間は子和弘が独りでお留守番となる。でも、まぁ、母ちゃんが店が終ったら直ぐに送迎のバンで帰宅するので、大人がいない時間は短い。大丈夫なはずだ。
紐っていうのは、大抵毎晩女の子を車で迎えに来るのだが、その際、その女の子の働いている店の近くでは待たない。
客が彼女の出待ちをしている可能性があるので、女の子の営業の邪魔にならない様に、男の存在を嗅ぎ付けられる愚は犯さないのだ。
だから、俺は店には近寄らず、直に宮地の所へ向かい、彼の車の中で面接をした。
女の子が買い与えた車でお迎えっていうのは、紐の世界ではデフォらしいが、中には生活全部を女の子にみてもらっている上に、車で迎えに来る度にお小遣いをせびっている猛者もいるらしい。まぁ、宮地は特に何も要求せず、碧さんを迎えに来ているらしいがな。
「ちわっす。宮地っす。碧ちゃんのこれっす」と言って軽く頭を下げた後、親指を立てた。
宮地の乗っているのは真っ赤で派手な国産車だ。もちろん碧さんが買い与えたものだ。
「おじゃましますね。横田和弘です。千鶴子さんの親戚で、彼女の事業を手伝ってます」と助手席に座りながら軽く頭を下げる。
「おおお!千鶴子さんがパトロンってことっすかい?」
「いや、資金は全て千鶴子さんが出してくれてるんですが・・・・男女の関係ではなくて・・・・事業の運営は俺がしているってところですねぇ。あれ?そうか、こういうのもパトロンって事になるのかぁ」
「あははは。資金出してくれてるならパトロンっすね」
「自分的にはパトロンとかじゃなく、普通に出資者と経営者って思ってたんだけど、第三者目線で見ると、そうだね、パトロンですね」
俺の中では、パトロンという言葉と出資者という言葉が持つ響きが微妙に違う為、何故かパトロンって言葉を受け入れるのが難しい。
「横田さんは難しい言葉使うんすねぇ。第三者目線とか」と人好きのするニヤとした笑いを浮かべて、俺の目をちゃんと見る。「で、千鶴ちゃんのこれじゃないんっすか?本当に?」と親指を立てる。
宮地にしてみれば、女と一緒に暮らしている男が色じゃないってところが引っかかるみたいで、母ちゃんとの間に色恋沙汰は無いという俺の説明にどこか納得していない感じだった。親戚って自己紹介したんだけどなぁ・・・・。
でも、宮地もそこは重要な点ではないと思い直したのか、一旦、流すことに決めた様だった。
切り替えが上手い奴は嫌いじゃないぜ。
宮地はヘラヘラした男で、女好きなのがその顔というか態度を見れば一発で分かる。
そして腰が低い。母ちゃんが言うには、女には特に優しいし、彼のストライクゾーンは極めて広いらしい。
その証拠に、近くを男好きのする女の子が通ると俺と話していても目はその娘を追いかける。そしてその視線はその女の子が視界から外れるまで続く。たった数十分の俺との面接の間に、尋常じゃあない数の女に目をやっていた。聞かなくても分かる女好きだ。
顔は猿っぽくって皺だらけ。別に年寄りって訳ではないけど、顔の皮をひっぱってもらったら恐ろしいくらいビローンって伸びたよ。
背も低いし、痩せているのに、どこか脂ぎった感じもするし、小者感満載で向こうから喧嘩を売ってくることはないだろうなという雰囲気を醸し出している妙な奴だった。
「俺って屑なんっすよ。紐しかやった事ないし、紐やっててもすぐ浮気するし。それで捨てられたらすぐに別の女探してってのを繰り返してるっす。こんな俺でも雇いたいっすか?」
猿顔ってのもあって、何故か憎めない。相手に悪意を持ってませんよ~という雰囲気とでも言おうか、出会った瞬間から腹を見せて、撫でて撫でてと媚びを売る犬の様な男だ。そういった人たらしの部分もすぐに見て取れた。
こいつを雇えば、レンタルドレスの事業も大分楽になる気がした。何より人好きのする奴だから営業向きだ。
「運転が中心になるけど、それで良ければお願いしたいね。もちろん、この後、運転してもらってそれから決める事になるけど」というと、『はぁ、働かなきゃいけなくなった・・・・』という感じで、宮地は一瞬困った様な顔をしたが、それを咄嗟に隠して頭を縦に振った。
「碧ちゃんから、少しは働けって言われちゃって・・・・。家に一人でいると浮気するからって・・・・。なので、働く気はあんまないんすけど、よろしくお願いしますっ」と宮地は頭を下げて来た。おいおい、少しは働く気を見せろよ・・・・。
まぁ、二歩も三歩も先を行く程頑張ってくれなくても、言いつけた仕事を片付けてくれるだけでも御の字だしな。よっぽど運転が下手だったり荒くなければ雇おう!
流石、母ちゃん。長年ホステスしてるだけあり、人を見抜く力はぴか一だ。
給料や就業時間について軽い打ち合わせをして、碧さんが車まで来るのを待った。
碧さんは、紫色のスーツを着て如何にもお水の女でございという雰囲気をまき散らしていた。
このスーツは家のレンタルだ。まいどありっ!
「こんばんは。横田 和弘と言います。千鶴子さんの親戚です」と頭を下げると、「いつも千鶴子さんにはお世話になっています」とちゃんと挨拶を返してくれた。碧さんて礼儀正しい人なんだな。
「さっき、宮地さんとの面接が終って、一応雇わせてもらう方向で話が進んでいます。今夜は申し訳ないんですが、このままこの車で家まで送ってもらって、その運転に問題がなければ採用決定となります。よろしいですか?」
「はい」
やった!タクシー代が浮いた。