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「かっちゃん。人手が足りないって言ってたよね」と、母ちゃんが化粧しながら聞いて来た。
「うん」俺は、台所で茶碗蒸しを作りながら返事をした。最近は俺の作れるレシピも増え、こんな風に一般的なお惣菜も作れる様になって来た。子和弘が喜ぶハンバーグも最近ではひき肉からちゃんと作れる。ハンバーグの日は子和弘のテンションがヤバい。だけど、あれほど喜んでくれるのなら、レシピを覚えたかいがあったと言うものだ。
まぁ、陰の立役者は店に行かない日にこっそり作り方を教えてくれた母ちゃんだけどな。
「で、車の運転ができる人が良いんだよね?男性でいいのよね?」
「うん。俺は運転できないし、免許も取れないんで、バンを運転できて、女の子たちに嫌悪感を抱かせない人好きのする奴、金を持ち逃げしそうにない奴なら一人雇いたい」
客には、レンタル日を〇〇方面は火曜日と金曜日、××方面は水曜日と土曜日などと、ドレスを運びやすい様に、地区で分けて週2日で配達日や集金日を選んでもらっている。
俺1人でいつでも配達OKにしてしまうと、女の子たちが出勤して、店が開店する前に全員にドレスを運ぶのは難しいからだ。
「う~~~ん。持ち逃げの方は分からないけど、一人心当たりがあるのよ」
「いや、持ち逃げされたらダメだろう」
「う~~ん。そこは方法を考えてどうにかならないかな?その人が一切お金を取り扱う必要がない様にするとかさぁ・・・」
「う~~~ん」と今度はこっちが唸ることになった。
「やり方は私達でよく考えれば何かアイデアが生まれてきそうなんだけどね」
「で、とりあえず母ちゃんは雇ってみてもいいって思う奴がいるんだね」
「うん。かっちゃんは覚えてるかどうか分からないけど、家の店に碧ちゃんて娘がいてね、彼女のコレがね、車、運転できるんだって」と言って、指で男を意味するジェスチャーをした。
「ふ~~~ん」
「顔とかめっちゃ不細工なんだけどね、女の子の人気は絶大なのよ。なんでなのかなぁ~。多分、女の子の気持ちが分かって優しく対応してくれてるからだと思うんだけど、浮気者でもあるからちょっと得体が知れないところもあるんだ。けど、どこか憎めないのよね~」
母ちゃんにも紐というか男がいた時期があった。まぁ、今のアパートの賃貸契約の名義を貸してくれた奴とかな。だから碧さんの紐の話を聞いてもしかしてという視線を思わず向けてしまった。
自分の母親がたくさんの女を渡り歩いて紐業をしている男と付き合うのはちょっと・・・って反感というか、怒りに似たものがドロドロと心の底に渦巻いた気がした。それを抑える事が出来ていなかったのか、普段の俺と違うリアクションに母ちゃんが驚いた様だ。
「私は宮地とはそんな関係になった事はないよぉ~」
「そいつは宮地って言うんだ・・・」
「うん。かっちゃんが良ければ、今夜か明日にでも碧ちゃんを迎えに来る宮地と簡単な面接をしてみてくれる?」
「う~~~ん。会ってみて雇うかどうか決めるから、面接の結果如何では雇わない可能性もあるよ」
「おっちゃんが人を選ぶとか生意気!」と横から子和弘がチャチャを入れてくる。
気づくと子供はこっそり大人の会話を聞いているんだよなぁ。俺の子供時代を振り返っても、同じ様な事が多々あったと思うよ。
やべえ、俺たち今、紐の話してたんだよな。子和弘に聞かれても大丈夫だっただろうか?
子和弘はいつもの様に俺が夕食を作っている所に纏わり着いて来る。
胃袋は掴んでるから懐いてはいるが、こいつは時々生意気な事を言う。
何かと言えば、居候って言って来るしな。
まぁ、こいつも俺で、同じ人間だから大体考えていたり、感じている事はなんとなく分かる。俺に甘えたいんだが、気恥ずかしさが先に来る様で、ついつい生意気を言っている様だ。可愛いと思えばこそ、怒る気にはならない。
「和ちゃん、大人にそんな口を利いちゃだめよ」とすかさず母ちゃんが子和弘を窘めるが、子和弘はどこ吹く風だ。本当にくそガキなんだが、それでも何かあると俺を頼ってくる。家に大人がいる生活を本当は喜んでいるのが分かるだけに、やっぱり可愛いという感情が沸いて来る。だってこれまで母ちゃんしか身近にいなかったし、夜はどんなに心細くとも自分だけだったのに、そこに俺という大人がいるだけで、子和弘は心底安心できている様に見える。子和弘の言動が前よりも落ち着いて来ている事にそれが窺える。
訳が分からないまま、この世界に飛ばされて来たけど、この点は良かったと思うよ。
「雇わない可能性があるとかそんなの当然よ。碧ちゃんにもそう伝えてあるし。雇うとなったら給料の金額も決めないといけないし、向こうとしても、こっちの出す条件を飲んでくれるかどうか分からないしね。まだまだ色々とやらないといけないしね。でも、とりあえず会ってみるだけ会ってみてくれる?」と化粧を再開しながら、面接について確認して来た。
「・・・・わかった。じゃあ、面接させてもらう」
「じゃあ、今日、店に行ったら碧ちゃんに話しておくね。面接は今日?」
「うん。先方の都合が良ければ今日がいいな」
「今日と明日、どっちでもいいって言ってくれてたから、今日で問題ないと思うよ」
「じゃあ、店が終る頃、近くで待ってるよ。面接が終わったらそのまま、宮内だっけ?」「ううん、宮地」「とにかくそいつの車で家まで送ってもらおう。そうすれば奴の運転技術の高さも分かるし、タクシー代が浮いて一石二鳥だな」
「かっちゃん、悪い顔をしてるよ~」
「うん、悪い顔だぁ!」なんて、子和弘まで一緒になってはやし立てた。