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夏あぐる謎  作者: 三斤 樽彦
第一章 This fellow is wise enough to play...
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第五話

 あの後、文化祭の企画表を出すために、俺と三琴は職員室に向かった。腕時計が示す時刻は五時十五分。高校教師の定時はもう過ぎている。

 しかし職員室を見渡すと、残業かあるいは部活の指導終わりか、どちらにせよ少数の教師が席に残っていた。

 その中で、二年生の担任団が集まった島に足を運ぶ。その一番窓際でだるそうに新聞を流し見している髪がボサボサ無精ひげの教師が、俺たちの担任である山永だ。


「お前らな、とっくに約束の定時過ぎてんだけど。残業申請ひとつ出すのにも小言を言われる俺の身にもなれってんだよな」


「ごめんね、山ちゃん。でも申請にすら小言を言われるのは、山ちゃんの日頃の勤務態度にも問題があると私は思うけどね」


 窘めるような三琴の言葉に山永は小さくため息をつきながら、俺達の提出した資料を手に取る。そして八河にも協力して貰った、いくつかの企画案に目を通し始めた。

 元々亀岡高校の教師だった山永は、学校再編のタイミングでそのまま致道学園の教師として残留した。彼のように高校に残った教師と、転任していった教師の数は大体半分ずつだ。

 残留するには簡単な審査が必要で、そこで致道学園側が必要とする職務遂行能力に満たない教師は、別の学校や割と給料の良いグループ子会社に振り分けられたらしい。山永のような教師が合格判定ということも、教職に残留の希望をだしたということも、正直どちらも驚きだった。

 厳正な男女の区別、という学校側の方針としては、もしかしたら彼のように生気の感じられない男性教師こそ重宝するのかもしれない。髪はボサボサで不精髭の目立つ山永には、女っ気のかけらすら感じられない。

 だが仮にも教師という立場の人間が、身だしなみにまったく気を遣わないというのはどうなのだろうか。同僚から文句とか出ないのだろうか。


「……でも他の先生が山ちゃんの悪口を言っている場面には出くわさないよね」


「同僚に対する文句は生徒には言わないんじゃないか? あるいは興味すら無いとか」


「それは確かにあり得るかも」


「おい聞こえてんぞ、ガキども」


 割と集中しているように見えたけど、近くの内緒話が聞こえる程度には耳を澄ましていたらしい。それでも言葉ほどに不機嫌な語気ではなく、山永はそのまま資料をゆっくりと机に置く。


「ま、良いだろ。この中からであれば、生徒会もそれほど五月蠅く言ってくることは無い」


「正直つまんない文化祭になりそうだけどね。他のクラスは展示物博覧会とか、休憩所にして終わらせちゃうところもあるらしいし」


「それはまあ、仕方ないな。男女の共同作業を含んだ企画を禁ずる、ってんだから。誰だって文化祭の出し物ひとつに駄々こねただけで休学処分になりたくはないだろ」


「まあねー、それはそうなんだけどさ、でもやるせない気持ち」


「文化祭当日まではあと一ヶ月以上あるんだ。それまでに生徒の間で不満がこれでもかってほど高まったら、生徒会も何か代案を出すかもしれん。なんにせよ、俺の様な末端教師ではなんとも出来ないことだけは確かだな」


「はあ……、なんでこんなことになっちゃったんだろ」


 がくりと肩を落とす三琴をよそにして、山永はそういえば、と口を開く。


「なあお前たち、八河とは仲良くやってるか?」


「仲良く、ですか。少なくとも俺には無理な話ですね。用事が無ければ会話することすら許されてないんですから」


「私は別に規制されてるわけじゃないけど、仲良くって言われるとどうかな。少し言葉に詰まっちゃうかも。というか、そもそも八河さんって、誰かと積極的に関わりたい!って性格じゃないだろうし」


「関わりたくない、ねえ」


 山永はどこか合点がいってないような顔で小さく息を吐く。その表情のまま胸ポケットをまさぐると、小さな箱とライターを机の上に取り出した。


「あ、ちょっと山ちゃん。煙草は校内で吸っちゃいけない決まりだよ」


「バカヤロ、でかい声出すな。他の先生にバレんだろ。ほら、これやるから、黙っててくれ」


 山永は机の引き出しを開け、その中から一枚の紙を取り出す。中身はというと最近、駅前にオープンしたカフェの無料券だった。山永はそれを三琴に差し出して、口の前に一本人差し指を立てる。


「こんなもので生徒を買収しようとするなんて最低だね」


 そう言いながらも、三琴は流れるような手つきでスカートのポケットにクーポンをしまう。


「買収される奴もされる奴で問題だけどな。で、俺には何にもないんですか?」


「お前は散々遅刻を見逃してやってるだろうが。それでチャラだ」


 朝の弱さはこの年になっても治るものではなく、今年に入ってからも遅刻ギリギリに教室に滑り込んだ回数は片手では数え切れない。その度に見て見ぬふりをしてもらっているのだ。それを引き合いに出されると弱い。ここは引き下がっておくに限る。

 山永は俺と三琴の口を封じると、煙草に火をつけて窓の外に煙をくゆらせる。山永の不精ゆえに、机の上に高く積みあがった紙束や本が目隠しとなって。喫煙の姿が他の教師にバレることは無いそうだ。それでも今ほどに教師が少ない時間帯に限るだろうけれど。


「今は喫煙者に厳しい時代だからな。吸うたびに校舎の敷地外まで行かなきゃならんというのは、この歳の人間には少し辛いってもんだ。ロバートみたいに若くもないしな」


「……ロバートって煙草を吸うんですか?」


「この学校に限って言えば、教師の喫煙者はもう俺とロバートだけだな。他にもいるかもしれないが俺は知らん」


「ふーん、ロバートって煙草吸うんだ。扇子に煙草って、なんだか昭和のVシネ俳優みたいだね」


「……せんすって何のことだ?」


 三琴の何気ない一言に、山永は引っかかる物があるようだった。


「扇子だよ、仰ぐやつ」


「ああ、あの扇子か。突然突拍子もないことを言うもんだから意味が分からなかった。もう歳かね」


「突拍子もないって……まあいいや。それにしても山ちゃんさ、他の先生たちに職員室で隠れて吸ってることがばれたく無いんだったら消臭スプレーぐらいはした方が良いよ。結構わかるもんだよ。それにタバコとコーヒーっていかにも働き疲れのオジサンって印象だしさ」


「タバコと扇子のロバートはVシネ俳優で、俺はよれたオジサンかよ。差別だろうが! ……ったく、用が済んだなら子供はもう帰れ。下校時刻だぞ」


 追い払うようなジェスチャーと共に、山永は視線を書きかけの書類に向ける。残業なんて柄じゃないように思えるのに。

 俺は職員室から出る前に、二年生の担任団が集まった机の島の中で、山永とは正反対にある机の上を確認する。

 俺が英語教師に抱く勝手なイメージの中には、色んな意味で外国にかぶれていて、身につける物のブランドも日本のそれでは無いような印象がある。そしてそれは宇木先生も同じようで、デスクの奥には仕事の邪魔にならないような場所に、外国旅行のお土産らしきペナントやドールが飾られていた。


「芦間、他の先生の机は勝手にいじるなよ」


「すみません、なんでもないです。さようなら」


「おう、気をつけろ」

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