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夏あぐる謎  作者: 三斤 樽彦
第一章 This fellow is wise enough to play...
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第二話

 致道学園は、その母体を旧鶴川女子高校としている。つまり二校は同等の立場での合併ではなく、上下関係が明確化されている。

 二校の合併には多くの反対の声があがったらしい。そしてそのほとんどは鶴女の卒業生からのものだった。

『男なんて皮を一枚剥いだら誰でも獣、私たち鶴女と学び舎を共にするべきでない』なんて抗議文が提出されるありさまだ。

 まあこれは一面の事実でもある。

 鶴女と合併するという知らせが公表されたときのウチの盛り上がり方は、ベルリンの壁の崩壊を彷彿とさせるほどだったと、今でもよく覚えている。

 その一端を担っていた側の人間からすれば、鶴女の卒業生の意見が全くのでっちあげだと否定することは出来なかった。ちなみに亀男の卒業生団体からは『羨ましいから反対』との署名が少なくない数提出されていた。

 どうやら聞く話によれば、鶴女の経営資金割合の多くは卒業生からの寄付金が占めているらしい。それゆえ、非当事者の意見だと一蹴することが出来なかったそうだ。

 

 そしてそんな彼女たちが学園経営側に望んだことは一つ。

 それは鶴川女子校百年の歴史における絶対不変の法である『男女の不純な交流を禁ずる』を遵守すること。更に、その掟を破ったものには、厳しい処罰を与えることだった。


「今の時勢の流れに気持ち良いぐらい逆行してるよね。厳罰処分だって普通は冗談だと思うし。……でもさ、あんなの見せられたら、流石に従わないわけにはいかないよ」


 致道学園としての新体制が始まってから程なくして、学校中で知らない者はいないほど有名なカップルが誕生した。

 男の方は、一年の頃から陸上の個人インターハイに出場するほどに部活動の成績に優れていた。相手の女生徒は部活動や学業の成績こそ目立たないものの、端正な目鼻立ちと誰にでも優しい気立ての良さから、非の打ち所の無いお似合いの二人組と言われていた。

 だがそんな仲睦まじい二人を、『男女の不純な交流を禁ずる』を掲げる生徒会が放っておくはずがなかった。

 事実を確認した生徒会は即刻彼らを連行し、その行いを全校生徒の衆目に晒した。拡大解釈とも取れる嫌疑をかけられた二人はその場で退学処分を言い渡され、その場はお開きと相なったわけだ。


「まあ合併して初回の事だったから色々あって二週間の停学処分で済んだらしいけど。でも副会長のあの目はマジだったよ。次は無いね」


「というかそもそもの話、なんで一生徒会が生徒の処遇を決められるのか俺には分かんねえよ。越権っていうレベルじゃないだろうに」


「会長は学園長の親族なんだって。会長の言葉は学園長の言葉、ってほどには発言力があるわけだね」


「でもさ、その生徒会長様は人前に顔すら出さないじゃないか。生徒会の仕事があるときに壇上に立つのはいつも、あの厳しそうな副会長だろ。ヘイト管理が巧いというか、ちょっとズルいだろう」


「いやー、生徒会長にもなにか理由が有るんじゃないかな。……それに文理、すこし言い過ぎかもよ」 


 三琴は少し焦る様な表情を見せる。一体何を心配しているのかと思ったけど、彼女の視線を追った先にいる一人の女生徒と目が合って、ようやく俺は思い出す。彼女が身につけているネクタイの色は学校指定の藍とは異なり、生徒会直属の実行部隊である風紀委員にのみ許された臙脂色のそれだったからだ。


「八河さん……今の話聞いてた?」


 八河と呼ばれた彼女の机の上に広がっているのは、何かの事務書類だろうか。彼女は淀みなく動かしていたその右手をぴたりと止め、視線をこちらに移しながらゆっくりとその口を開く。


「別に構わない。私たちの役割は学園の風紀を正しく管理すること。組織や特定個人に対する意見を制限することは、職務に含まれていない」


「はあ、左様ですか」


「……だけど、あなた達がそうやって会話を交わしている状態は、本来であれば『男女不可侵規則』における懲罰の対象であることを忘れないで欲しい」


 ――男女不可侵条約。二校が合併したタイミングで制定されたこの学校特有の絶対不変の規則()()()


 男子校と女子校の、全く文化の違う二校が混ざる際に起こり得るだろう混乱を、最低限に抑えるために制定したと謳われている。

 だが実態は、男女と女子の交流を必要最低限まで制限するために生み出された、生徒を縛るための強固で無慈悲な鎖だ。

 そしてその第一条には『学業を主目的としない男女間での不必要な交流を禁じる』と書かれている。

 この一文によって、休憩時間や放課後などにおける男女間での私語の一切は、不純な男女交流とみなされ、風紀委員による処罰の対象となる。男女混ざっての楽し気な雑談なんて、今日日の公衆電話ぐらいみかけない。

 じゃあなぜ今、俺と三琴の会話が許されているのかというと、この会話は企画委員会の活動内容の一環であり、学業と関係のある行為だと八河が解釈しているからだ。


 狂ったルールだ。通常の学園生活を営む上で、このルールがどれだけの弊害になるのか、果たして生徒会と学園側は分かっていたのだろうか。考えた奴はよっぽど頭が悪くて、すぐに謝罪文と共に詫び石を添えて提出するんだろうな。

 正式な発表が下った時は、大体そんなことを考えていたと思う。

 

 ――でも困ったことに、困らなかった。


 悲しいかな。俺の様に異性の友人が一人もいない人間には、こんな条文があろうとなかろうと大した問題ではなかったわけだ。


「いやぁ、それに気づいた時は衝撃でしたね。合併したからには、さぞ彩のある学園生活になるのかと思いきや、まったくもって変化が起きなかったんですから。男子と挨拶をして、男子と昼食をとり、男子と下校する。そんないつもと変わらない昼下がりに乾杯!」


「誰に向けてのインタビューコメント? というか私は文理が言うところの友達じゃないの?」


「いやお前は違うだろ、普通に」


「あ、八河さん。もうこいつ連行しちゃっていいよ。こんな失礼な奴は用済みだよ」


 先ほどと変わらぬ表情の八河は、俺と三琴の顔を交互に見やると、そのまま視線を文庫本へと落とす。くだらない戯言と判断したようだ。

 まだ日は高いが、夕方の陽に照らされた教室はところどころ暗がりを見せ始めている。窓から差し込む光は、八河の整った目鼻立ちで生まれる陰陽を強調していた。


 八河が所属している風紀委員会は、企画委員と同じようにクラスから定数名が収集されて構成されている。与えられる権限は大きいが仕事は多い。そして何より、誰から怒りを買ってもおかしくない仕事だ。やりたい奴なんてどこにもいない。

 新学期のはじめ、八河は体調を崩したとかなんとかの理由で、学校に来ていなかった。そのタイミングで担当する委員を決めるともなれば、嫌な役は勿論休んでいる奴に回される、とはいたってシンプルな流れだ。

 だが休み明けからの彼女は嫌な顔ひとつせずに風紀委員の役割をこなしている。まあ嫌な顔はしないが、別に嬉しそうな顔も見たことが無いけど。

 友人と話しているところも、見たことが無い。 


「……文理、聞いてる?」


「わ、悪い、ぼうっとしてた。もう一度最初からお願いしても?」


「今度はちゃんと聞いてよね。……ほら、五限の話。先週話してたの覚えてるでしょ?」


「ああ、ロバート先生の話だよな。俺が切り出したんだから覚えてるさ」


「やっぱり今日も来たね。授業中に考えてたんだけど、結局分からなかったな。……ね、文理はどう思ったの?」


 目を輝かせながらそう呟く三琴の手は、今回こそ完全にその動きを止めていた。委員の作業を終わらせたかったのは嘘ではないだろうが、この話について議論したかったのが大部分を占めているのだろう。長い付き合いだ、彼女の表情からそれぐらいは分かる。


「あまり雑談ばっかりしてると、風紀委員様に怒られるんじゃないすか?」


「小声で話せばバレないって。それに手さえ動いていればいいんだよ、こういうのは」


 俺はちらと後ろを振り向いて、八河の動向を確認する。彼女の視線は机の上に落ちており、集中もしているようだ。この様子であれば、少し雑談をしても気づかれることは無いだろう。


 三琴が持ち掛けた、我らが二年三組ロバートの謎。


 それについての持論を話すために、時間を昼休みまで遡ろうと思う。

 謎がなければ、解決することなんて出来ないのだから。


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