私たちの周辺について①
「それは大変だったねぇ」
赤い飾り房のピアスを揺らしながら、彼はそう言った。
「しかし君は本当にこの世界の人間なのかい?」
「知らね。それよりこれもっとねぇの?」
なんでも屋『フーリー』は“ほほろげの路地”を越えた先の隣街、北重音の『逆俣横丁』という商店街の中にある。
少し広い駄菓子屋くらいの店舗で、よくわからないものを売っている。
いや、それ以外に日用品や食べ物も売っているけど、色んなものがありすぎて、品揃えが豊富というより、手当たり次第に置いているという印象を受ける。
まとまりが無さ過ぎるのだ。商品もその並びも、価格も。
なんでスーパーで五百いくらで売ってるものが二百円と表示されているのか。
売り上げを気にしないにしても、度が過ぎている。意味が分からない。
そんな経営者として意味不明な店主は、人間としても意味不明で。
自分のことは一切話さないし、いつも笑顔で胡散臭いし、行動や思考については言わずもがな。
まあ、楽しそうに生きているからそれでいいんじゃないのかとは最近思う。
名前すら知らないのは不便だったけど、店の名前で呼んでいるから今はそうでもないし。それに私は彼の保護者ではないので。……そういえば。
「ねぇ、有楽は?」
「買い物。かなり遠出してるから日が暮れた後に戻ってくると思うよ」
翻訳機壊れたって言っていたし、その部品でも買いに行っているのかもしれない。
「私もなんか食べようかな」
「冷凍庫にアイスあるから食べていいよ」
「俺にも取って!」
立ち上がって、台所に移動する。
冷凍庫の中にはコンビニでも売っている普通のカップアイスと棒アイスが同じくらい入っていた。
「バニラとソーダとパイナップル」
「ナツキのおすすめで!」
「オーケー」
私はバニラのカップアイスとパイナップの棒アイスを取った。
カップアイスの蓋とシールを洗って捨て、水切り籠から小さい銀色のスプーンを持っていく。
うつ伏せで寝っ転がっている空弼の背中にアイスを差し込むと、ものすごい速さで起き上がった。
「クソッ取れねぇ」
「下から取ればいいじゃん」
何故か襟の方から手を突っ込んで取ろうとしているアホにそう言うと「確かに!」と言ってTシャツの裾をたくし上げた。
ちなみにフーリーはニコニコしているだけだった。
「……俺も食う」
「あ、起きた」
隣で座布団を枕にしていたがっくんがもぞもぞと起き上がった。
「空弼、アイス取ってー」
「えー」
「そっちの方が近いんだからいいじゃん」
「さっきはとってくれたじゃん」
「自分で選びたかったんだもん」と返せば、渋々立ち上がった。
ついでに個装を捨ててくればいいんだし、そこまで面倒くさがることでもないのに。
まあ、私も面倒くさがったから人のことは言えないんだけど。一回座ると立ち上がるのが億劫なのだ。
「がっくん何がいい?」
「ソーダかパイナップル」
「あれ、がっくんバニラ好きって言ってなかった?」
「寝起きは口に残る」
ああ、確かに。
バニラって甘さが口に残るから、猛暑日に外から戻ってきたらさっぱり系を食べたいよね。
「がっくんソーダでいい?」
「いい。あと、バッグから麦茶取ってくれ」
「空弼頼んだ!」
「いいよー」
空弼は壁際に置いてあるスクールバッグから取り出したペットボトルを投げる。
それを難なくキャッチして飲んでいるがっくんを見て、並んだ三つのスクールバッグを見た。
ストラップとキーホルダーが付いているバッグが私。ストラップ付き且つよれよれで汚いのが空弼。何もついておらず新品同然に綺麗なのががっくん。
どれが誰のものか非常にわかりやすい。
食べたり駄弁ったりしていると、
「あ、今日も来てるんだ」
ガチャっとドアが開く音と声変わり前の男の子の声が聞こえてきた。
見れば、青い髪をツインテールにした少年が顔を覗かせている。
「有楽おかえりー」
「ただいま」
各々手を振ったり声をかけたりする。
どうやら翻訳機は直ったらしい。意思疎通が可能って素晴らしい。
「それって九妹中の制服じゃん」
「ほんとだー。有楽も入学したの?」
こっちに来た有楽を空弼の言葉に、私も学ランにつけられているボタンを見る。
この商店街のすぐ近くにある中学校で、特徴的なボタンだからわかりやすい。
「うん。気が向いたときに行ってる」
「一年生で入った?」
「もちろん。勉強ついてけないよって思ってたんだけど、思ってた八倍簡単でつまんない」
「地球だからな」
「空弼みたいなのがいるところだしな」とがっくんが言った。
いや、それ普通に失礼でしょ。
「がっくん、みんながみんな空弼みたいなやつじゃないよ」
クラスメイトの半分くらいは元々この世界に住んでたんだから。風評被害も甚だしい。
「どーいう意味だこの野郎」
「野郎じゃありませーん!か弱い乙女でーす」
「がっくんの方がか弱いだろ!」
「確かに」
「おい」
思わず納得するとがっくんに睨みつけられた。
さっきまで気絶してた人間よりは、私強いもん。
「あんたら本当騒がしいな」
「楽しいでしょ?」
「見てるだけなら」
「とりあえず荷物置いてくる」と言って、台所にビニール袋を置いた後、二階に上がって行った。
ここは一階が店で、一階の一部と二階が住居スペースになっている。
出入り口も二つあるから、強盗が来てもどっちかから逃げられる。
まあ、その前にがっくんと私以外の誰かが倒しちゃうんだろうけど。
「てか、もう暮れなの?」
「まだだ。時間的には夜くらいだけどな」
「うわ、本当だ」
「嘘つく必要ないだろ」
壁にかかった時計は七時を指していた。
もう梅雨は終わったし、蝉も鳴き始めている。なんだか毎日のように夏の始まりを実感している気がする。
「もう夏かー」
「遠出したいね」
「山行こうぜ山!」
「フーリーたちはどっか行くの?」
何か作っていたフーリーに聞いてみる。
その時タイミング良く、有楽が下りてきた。
「行かないよ。有楽はどこか行きたい?」
「北海道。涼しいみたいだし、海鮮食べたい」
「あーいいな海鮮」
有楽の言葉に同意したのは、空弼と私だけ。
がっくんが海鮮をあまり好きじゃないのは知っている。
「フーリー海鮮嫌いなの?」
「好きでも嫌いでもないよ」
この人なんでもそう言うな。
そう思いながら、さっきから会話に入ってこないがっくんを見る。
スマートフォンを操作して、何かを熱心に見ていた。
顔を上げたがっくんと目が合う。小さく首を傾げた後、
「海に行こう」
と言った。決定事項らしい。
「海ってどこにあったっけ」
「後で調べようぜ」
「調べるのもいいけど、空弼たち水着持ってるの?」
「持ってるよ!」
「学校の水着はカウントしないからね」と言うと買いに行くことになった。
私も買いに行かなければいけなかったからいいんだけど、海でスク水はありえない。プールで小学生くらいの子たちが着てるのは、まあいいと思うけど、この歳でそれはひどい。
確かに、それなりに実用的ではあるけどさ。
「有楽も行く?」
「見てるだけでいいなら行く」
「楽しいならいいんじゃね?」
空弼と有楽の会話を聞きながら、スケジュールを確認する。
なんか今、ものすごく夏っぽい。