私たちの今日について
生え際の毛を掬って編み込む。
毛束を持ち替えて、反対側も同じように。
時々短い毛がこぼれるけど、まあ、しょうがないから気にしない。
「やっぱ生茄子だろ」
「腹壊すぞ」
茄子の星で生まれ育った茄子星人もとい、藤林空弼。
今にも涎を垂らしそうな表情の彼に根石岳は冷めた目を向ける。
「そうか?」
「バカだなぁ、がっくん。空弼を人間と同列に考えちゃ駄目だって」
「褒めるなって」
褒めてないけどな、という言葉は飲み込んだ。
納得いかなそうな表情のがっくんは「あぁそうかよ」とだけ言って窓の方を向いてしまった。
拗ねてやんのーと笑ってやろうかと思ったけど、その前に空弼が動きやがったのでそっちに意識が向いた。
「ちょっと動かないでよ」
「んーほっほはっふぉ」
ちょっと待ってじゃないんだけど。
しかも今口に入れたの、ラスト一個のバームクーヘンだし。
だけど、動かれて困るのは私だから、手を出すことはできない。制裁は結び終わった後だ。
小さく舌打ちすると、空弼の肩が大きく揺れた。
「うわなんか出た。きったな」
「ふご、ぼはッゲホッ、ゴホッ」
「……口に物を入れながら話すな」
言い訳しようとして、バームクーヘン(カス)噴射機となったアホから離れる。
横を見れば、がっくんはいつの間にか窓際にいて、眉をひそめていた。
そりゃそんな顔したくなる。
床に撒き散らかされたバームクーヘンの残骸から目を逸らして、咳が落ち着いたらしい空弼にペットボトルを投げ渡す。
「ぅあーサンキュー……」
二日酔いに苦しむおっさんみたいな声だ。
もしくは、休日はっちゃけすぎて、月曜日に遅刻ギリギリで登校してきたホームルーム後とか。
旅人がオアシス見つけたときの、生き返るーって感じの爽やかさは一切無い。
「そこのジジイ。さっさとそこ掃除してよ」
「わぁってるよ……」
廊下に掃除道具を取りに行った空弼。
その間に私は机の上のお菓子を胃に入れる作業に入った。
「がっくん食べないの?」
「結構食ったからいい」
「そう?」
それなら遠慮しなくていいか。
アホ?あいつ私が髪結んでやってる間に散々食い散らかしていたから知らない。
「ああ!ナツキ狡ぃ!」
「ひーらふぁい」
「空弼の二の舞だけはやめろよ」
なにそれ。
手を止めてがっくんを見る。
そのままの流れで口を開こうとして、やめた。言葉の意味はともかく、あきれらていることも空弼と同じ扱いだってことも理解したから。
先に口に入れていたクッキーを飲み込んで、口を開いた。
「二の舞ってなに?二の足じゃないの?」
「……」
私が極めて素直な気持ちでそう聞いたのに、がっくんはマジかよこいつ、とでも言うような顔をした。
もはやデフォルトになっている眉寄せ顔に、口の端がぴくぴくするのが追加されている。
「ナツキはバカだなぁ」
「ああん?」
「……地声出てるぞ」
ずっと地声だわ!
苛立ち紛れに空弼の襟足を引っ張った。
「痛い痛い痛い!おい、こら、やめろ……っ!だいたいなんで俺なんだよ!」
「がっくん遠いんだもん」
あと、空弼と違って枝だから折れそうで怖い。
それに、百歩譲って学年三位常連のがっくんはいいとしても、同レベル以下の空弼にそれを言われたくない。本気でイラッとした。
「もんとかつけても可愛くないぞ……っっっってぇ!」
空弼が襟足に気を取られている間に、拗ねに蹴りを入れる。
大して力の入ってない女子のキックにおおげさな。
気が済んだので、チョコレートアソートの袋からビスケット入りのチョコを取って食べる。
恨めし気な視線は無視だ。
「あれ、がっくん帰るの?」
リュックサックに机の中のものを詰め始めたがっくん。
だけどそのあと長財布を取り出して、
「飲み物買ってくる」
と言った。
がっくんが少しだけ首を傾げたせいで、紫色の毛先が目にかかる。
その様子にあっと思った私よりも早く空弼が反応した。身体能力は人並みだからしょうがない。
「じゃあ俺ミルクティー!」
「私はレモンティーで」
「買わない」
冷めた目でぴしゃりと言われた。
そしてそのまま、ギャーギャー文句を言う私たちを無視して教室を出て行ってしまう。取り付く島もないとはこのことか。
「で、なんだっけ。にくまんだっけ」
「なにが?」
「いいからあんたは掃除道具戻してきなよ」
「あーそうする」
文明の利器、その名もスマートフォン。
検索エンジンで“にくまん”と入れると、出てきたのは「肉まん、千葉県砂浜に大量に流れつく」という全国紙の記事だった。なんだそれ。
気になって記事を開いたけど、結局「詳しいことは調査中」らしい。
まあ、どうせ今回も解決の有無にかかわらず、忘れられるんだろうけど。
ていうか何調べようとしてたんだっけ。忘れたわ。
ひょい、と覗き込んできた空弼が「なんだそれか」とつぶやいた。
「これ知ってるの?」
「タイムラインで流れてきた」
結構バズっていたらしい。
こういう面白いの好きだから、もう一回入れなおそうか迷う。
でも言い争ってるの見ると冷めるんだよなぁ……。
「邪魔じゃないの?」
「めっちゃ邪魔」
「だろうね。……はぁ。座りなよ。結んであげるから」
おとなしく座った空弼にヘアゴムを渡される。
なんやかんやで使ってくれているらしいヘアゴムを机に置いて、まず三つ編みを作った。
「編み込みな!」
「やってるから黙って」
へーいだか、うぇーいだかよくわからない返事をした空弼の茶髪を編み込んでいく。
時々混ざる緑の毛束はいちいち染めに行っているらしい。
がっくんのグラデーションは地毛だ。さすが異世界人。よくわからない体の仕組みをしている。
「がっくん遅くね?」
「そりゃあがっくんだもん。ペットボトルを三本も軽々持てないよ」
「それもそうだよな!」と私の適当な言葉に納得した空弼。
私たちの中で一番のアホは空弼だけど、一番ひ弱なのはがっくんなのだ。私はどこをとっても普通だから、このメンツはとてもバランスがいい。
「ンなこと言ってると金取るぞ」
「きゃあ!がっくん素敵!ちょーイケメーン!」
「イケメーン!すけ子惚れちゃ~う!」
「……はぁ」
心の中の乙女を総動員してくねくねさせる。頭の中で。
私の言葉に続いた空弼は、現実でも小さくくねくねしていた。
ちなみにこの会話はがっくんに背を向けて行われている。
私は手が離せないし、空弼は動こうとしたから肩を叩いて止めた。
がっくんは疲れたような、あきれたような、めんどくさくてしょうがなさそうなため息を吐いた。
確かに私も空弼の捻り出した女子の声は無理だと思う。
「……ナツキ」
「んー?」
「ジュース、机の上に置いとく」
「ありがとー」
うん、いい感じ。
耳の少し下、その後ろで毛束にヘアゴムを巻き付ける。
「うん、完璧」
「ナツキ!写真撮って!」
「待って。喉乾いた」
そう言って私はついさっきがっくんが買ってきてくれたレモンティーを取って……
「がっくんがっくん」
「……」
「殴られたい?」
トマトジュースのペットボトルを振りかぶったまま聞く。
「おいがっくん!これエナドリじゃん!間違えてる!」
「わざと」
「ああなんだ、わざとか……いや、良くないよな?」
なるほど。これは宣戦布告か。……よろしい。
空弼と顔を見合わせて頷きあう。
「今日という今日こそがっくんに立場をわからせてやる」
「ただのアホとバカだろ」
「聞いた空弼!今言っちゃいけないこと言った!」
「がっくん……俺、お前がそんな奴だとは思ってなかったよ……」
今にも泣きだしそうな哀しげな表情で空弼は言う。相変わらず上手いな。
そして私たちは立ち上がって荷物をまとめ始める。
「いい?いつもと同じルールだからね」
「百枚スタートで最後に持ってる枚数が多い奴が勝ち」
「途中で足すのも無しだよな!俺ゲーセン行くのめっちゃ久しぶり」
目をキラキラさせている空弼に「保険か?」と煽るがっくんは、いい加減、空弼に敵わないことに気づいた方がいい。
頭を使わずに体を動かすことは同じ人間かどうか疑うくらい、空弼は身体能力が高い。
まあ、今から行くのは設定が比較的甘めのゲーセンだから、毎回いいところまでいくのだろうけど。それが余計に変なところで発揮される負けず嫌いに火をつけちゃってるんだろうなぁ。
醜く煽りあう男子たちを見ながら、男の子だなぁと思うのだった。