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森の記憶  作者: 9300
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 その足で、大河の元に向かった。


 実は受注していた鉢巻の受け渡しで、思わぬ誤算があったのだ。二人のうち一人が、朱雀だった。当然赤い石では払ってもらえない。


 白い石で受け取ったので、大河の持っている赤い石と交換してもらおうと思いついた。朝会で共有財産と交換してもよかったけれど、大河から受け取った石で生還する方が嬉しいと思った。


 大河はモニュメントとなる木をようやく決めたようだった。ちょうど村の中心に立つ木で、枝ぶりもよく、貫禄のある木だ。


「大河くん」


 声をかけると、大河は作業を止めて顔を向けた。


 その手には数種類の葉とボールペンが握られている。モニュメントとなる木の枝には小さな葉がぽつぽつ茂っていて、その枝に他から取ってきた葉を結びつける計画のようだが、どの葉が一番似合うか検討しているらしい。細かいところまで手を抜かない性分のようだ。


「椎奈さん」


 笑顔を作った大河に「今いいかな?」と声をかける。大河は「もちろんっす」と少し乱れた赤い鉢巻を直しながら答えた。


 石の交換をお願いすると、大河は快諾してくれた。


 ところが椎奈が白い石を手渡そうとすると、「白い石は、陣さんに預けておいていただけますか」と、穏やかな声で言った。


 すぐには発言の意味がわからなかった。


 今の村で陣さんに自分の色の石を預けるケースは、自分に必要な石の数を知らない場合か、もしくはその石で生還してしまう場合だ。生還が近い者の名は自然と村に広がっている。けれど大河の名前は聞こえてきていない。つまり大河は前者ということだ。


「大河くん、もしかして自分の数知らないの?」


 大河はこの力に対して肯定的な意見を持っていたはずだ。石の数を知りたいともはっきり言っていた。意外に思って尋ねると、大河は小さく笑った。


「あいつは自分の数を知りたくても知ることができないんで、俺も別に知らないままでいいかなって思って」


「あいつって……紫音?」


「はい」


 椎奈は息を飲んだ。


 そうなのだ。紫音はたしかに他人の生還に必要な数はわかるが、自分の数を見ることはできない。


 紫音が村に加わり、その力を使うことを朝会で提案する前、文ちゃんと紫音はかなりの時間を使って、そのことの意味を話し合っていた。内容は聞いていないが、その力が他者に与えるいい影響、悪い影響、そして紫音自身に与える様々な影響について話したのだと思う。


 その中にはきっと、紫音だけが自分の生還に必要な石の数を知ることができない、という話もあったはずだ。


 今の村の状況は、紫音がその事実を受け入れたことを意味している。


 村では、文ちゃんや陣さんをはじめとして一定数、自分に必要な石の数を知らずにいる人がいる。けれどそれはおそらく紫音に対する配慮というよりは、自分の生き方から出した結論であると思う。自分の命に関する重大な事柄を、他人のために犠牲にできる人はなかなかいないだろう。


 けれど大河は違う。はっきりと知りたいと言っていたのに、数を知らないままでいる。それはまぎれもなく、紫音のためだ。


「きっといつか、他にも同じ力を持った人が現れると思うんです。そうしたらあいつも自分の数がわかるし、俺もその時教えてもらえばいっかなって」


「同じ力を持った人が……他にもいるかもしれないと思ってるってこと?」


 大河は少し目を泳がせると、小さくうなずいた。


「あいつだけってことはないと思います。きっと今も森のどこかにいるんじゃないかな」


 いつの間にか大河がすっかり大人になった気がした。話し方が変わっているだけではない。他人が抱える痛みに気がついて、静かに拾い上げて守ることができる男になっている。


 あいつ、話してみると結構いいやつですよね、面白いし、と大河が笑う。紫音をきちんと見てくれていることに胸がつまった。


 大河はこんな子だっただろうか。こんなに圧倒される男だっただろうか。表情はやわらかいのに、目にはゆるぎない力が宿っている。


「椎奈さん、明日ですよね、生還するの」


「……うん」


「モニュメント、間に合いそうでよかったです。明日朝会でみんなに葉を配る予定なので、名前書いていってください」


 大河はやわらかく微笑んだ。


 大河と別れてからも、その姿が頭から離れなかった。人の成長というものを目の当たりにした思いだった。


 あれだけ変貌を遂げた大河も、生還したらここでのことを忘れてしまうのだろう。まるで何もなかったかのように元の大河に戻るのだろうか。そんなこと信じられない。


 この森で人は、人と関わり、感情をぶつけあい、成長し、変化する。生還してここでの記憶を失ったらその変化はどうなるのだろう。何もかもなかったことになるのだろうか。


 椎奈もこの森で大きな心の傷と向き合うことができた。そのことも全て忘れてしまうのだろうか。


 生還することが怖くなった。


 まるでこの森での自分が死んでしまうみたいだ。


 実際そうなのかもしれない。ここでのことをすっかり忘れて元に戻ってしまうのならば、ここでの自分は死んだも同然だ。


 明日、自分は死ぬんだろう。死んで、元の世界に生まれ直すのだ。


 死にたくない。はっきりとそう思った。


 もっと生きたい。


 生きたい。


 自分が信じられなかった。こんなことを考えるなんて。


 けれど椎奈の心の中には今、その一つの願いしかなかった。


 生きたい。生きていたい。


 狂おしいほど、そう願っていた。

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