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森の記憶  作者: 9300
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 逢瀬を重ねる以外に、残りの三日間でやるべきことは意外にもたくさんあった。


 時間を見つけては世話になった人と話をした。陣さん、甘利さん、雪乃さん、文ちゃん、椎奈が通りかかると必ず声をかけてくれた人たち。みんなと思い出を語り合い、礼を言って別れを惜しんだ。


 それから既に受注していた二本の鉢巻を完成させた。椎奈は生還を決めた日の翌日の朝会で、二十五日に生還するため今後の鉢巻の受注を打ち切る旨を発表した。残念がってもらえたことはとても嬉しかった。


 椎奈が村で製作した鉢巻は、実に三十本を越えていた。さらにそれらの鉢巻は必ず遺留品として残ることがわかっており、持ち主がいなくなった後も石を介してやり取りされていた。椎奈が生還した後も、椎奈が作った鉢巻が村の石を動かし続けることを考えると、とても感慨深いものがあった。


 最後に紫音のための鉢巻製作に取りかかった。紫音には、蜂蜜色の髪によく合うよう濃茶をベースに葉をあしらったデザインを考えていた。材料となる布地を手に取り、ふと気づく。この濃茶の布は、村に来て最初に手に入れた材料だ。思わず息を飲んで、指先で布を撫でた。


 あれから本当にいろんなことがあった。


 楽しいことも、辛いことも、嬉しいことも。


 どんな時も鉢巻を作り続けてきた。


 椎奈は頭から鉢巻を外した。葉で作った花の形のモチーフを外し、別のモチーフを縫い付けていく。風をイメージした刺繍に、指を這わせた。これは、涼が最初にくれたださい鉢巻から取った糸を使って縫ったものだ。別の衣類から紫の糸を取り、傍らに新たに刺繍を加える。出来上がりは、なかなかのものだった。


「お前……これ、お前のお古じゃないのか」


 手渡された鉢巻を目にした紫音は、口をとがらせてそう言った。紫音は椎奈をお前と呼ぶ。いくら言っても直してくれないので、もうほっておいている。


「よくわかったね。そうだよ」


「手抜きじゃないか。いやだよ、おさがりなんて」


 紫音は鉢巻を突き返してくる。


「紫音には、私の鉢巻を継いでもらいたいと思ったの」


 この鉢巻は常に椎奈とともにあった。常に椎奈の額の石を守り、椎奈と同じ景色を見てきた。この鉢巻は椎奈が生還すれば遺留品として残る。遺留品は共有財産になるが、椎奈はこの鉢巻を紫音に受け継いでもらいたいと思ったのだ。


「他の誰でもなくて、紫音に受け取ってもらいたいと思ったんだよ」


 そう言うと、紫音は手を引っ込めて鉢巻を小さく弄った。


「紫音。私、明日生還するけど、こんな幸せな最後を迎えられるとは夢にも思ってなかった。紫音のおかげだよ」


 生還に必要な石の数を知らなければ、涼と石の数を調整して一緒に生還するなんてことは考えられなかった。きっと最後の瞬間まで、いつ訪れるとも知れない別れにおびえながら、互いに想いを伝え合うこともなく、駆け引きめいた関係を保ち続ける日々を送っていただろう。


「紫音がその力を持っていたおかげだよ。紫音、村に来てくれて本当にありがとう」


 紫音は眉間に皺を寄せた。怒っているわけではない。これは照れ隠しだ。


「別にお前のために村に来たわけじゃない」


「わかってる。でもやっぱりそういうことなんだね。自分が思うように行動したことで、意図せず誰かを幸せにすることもある」


 ただ生きているだけで、どこかで誰かの役に立つこともある。


「だから紫音には、これからも損得とか考えず、思うようにまっすぐ生きていってほしいな」


 紫音が最初から村に保護されていたらどうなっていただろう。梟で誰かに恐ろしい考えを吹きこまれ、自分の命の保証や居場所の確保という見返りに翻弄され、自分を見失うこともなかっただろう。そう考えると悔しい気もした。


 本当は素直な子なのだ。きっともう人を徒に傷つけるようなことはないだろう。もしも失敗しても、この子なら道を正してくれる大人の意見もきちんと聞ける。だからただまっすぐに生きていってほしかった。


「説教くさい女は嫌われるぞ」


 紫音はそんなかわいくないことを言ったが、言葉とは裏腹に、その手は涼に無理矢理巻かれた鉢巻を外し、椎奈のおさがりの鉢巻を巻きつけていた。


「似合うよ」


「似合ってたまるかよ。こんなださいの」


「言っておきますけどね、私の鉢巻はすごく人気なんだよ」


「みんな目が腐ってんだよ。そういえば、お前あの侍とできてるらしいね。お前も目が腐ってんだな」


「失礼だね。涼はいい男だよ」


「色々偉そうなこと言うくせに、結局男は顔で選ぶのか。たいしたことないな」


 その発言は、涼の顔は認めているということだ。


 椎奈が小さく笑うと、紫音は続けて涼への悪態をつき始めた。


「あんな乱暴で偉そうで人のこと見下してて、素直に礼も言えないような男のどこがいいんだか」


 言っていることはあながち間違いではないので、言い返す言葉がない。かろうじて「人のいいところは、そんなにすぐにはわからないよ」と答える。


「まぁ……そうかもね」


 紫音は何を思ったのか、俯いて少し自嘲気味に笑った。


「元気でね。みんなと仲良くね。短い間だったけど、紫音と過ごせて嬉しかったよ」


 振り払われることを覚悟で頭を撫でてそう言うと、意外にも紫音はおとなしいまま、上目づかいを寄越した。何か言いたそうにしている気がして「ん?」と尋ねると、


「その……あの時、僕のこと探しに来てくれて、その……あり、がとう。村に来いって、言ってくれて」


 唐突な素直さに愛おしさがどうしようもなくこみあげて、思わずぎゅっと抱きしめた。紫音は大暴れして、椎奈から逃れようとした。紫音にはこういった免疫がないのか、色素の薄い顔を真っ赤にして取り乱している。その姿がおかしくて大笑いしていると、どこからともなく涼が現れて、「てめえ人のもんに何手え出してんだ」と紫音の胸倉をつかんで凄んだ。


「なっ、なんでそうなるんだよ!見てたんならわかるだろ!どう見ても僕!が!手を出されてるんだよっ!!」


 涼は「知るかっ!二度とふざけた真似すんじゃねえ!」と吐き捨てて去って行った。


「あ、あ、あいつ頭おかしいんじゃないのか!お、お前のせいだぞ!お前があんなことするから!もう、もう二度と僕に構うなっ!」


 ピュアすぎる紫音は、今や完全に涼のおもちゃだ。椎奈はいくら謝ってもこちらを向いてくれなくなった少年の背中に、もう一度ありがとうと伝え、その場を後にした。

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