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森の記憶  作者: 9300
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 突然涼がとてつもなく強い力で椎奈を引き寄せ、きつく胸に抱いたかと思うと、驚いて少し開いてしまった唇に獣みたいに噛みついてきた。


 キスをされているのだと気づいた時には、すでに舌の侵入を許していた。


「えっ、ちょっ、待っ……」


 何の心の準備もできてなくて慌てて体を押し返すと、離れた舌の間に糸が引いた。顔が一瞬で発火したみたいに真っ赤になる。隠そうとうつむいたのも束の間、たやすく顎を持ち上げられ、再び噛みつかれた。 


 キスってこんなに色気のないものだったっけ、と戸惑ってしまうような、乱暴で、えぐるみたいで、獰猛なキスだった。ものすごい力で抱きしめられ、大きな手で頭をつかまれて、舌で口の中を蹂躙される。呼吸まで吸い取られて苦しくて、でも不思議なほど興奮した。固い背中に腕を回してしがみつくと、体重をかけられて草の上に押し倒された。


 食べられてしまうんじゃないかと思った。肉食獣が草食動物の息の根を止めるみたいに喉にまで噛みついてくる。興奮を煽られて、のけ反ってさらに首筋を晒した。きつく吸いつかれて熱い息をもらした時、骨ばった手がシャツの裾を探って滑り込んできた。


「だめっ! 石が移動しちゃう!」


 今度は全力で押し返した。今この場で事に及んだら、その瞬間に涼は生還してしまう。


「……最後までするわけねえだろ。気が早い奴だな」


 涼はものすごく不愉快そうに上半身を起こし、口の端の唾液を親指で拭って、鼻に皺を寄せながら忌々しそうに言った。


「だって……」


 恥ずかしくなって、思わず顔を逸らす。たしかに気が早いかもしれないけれど、本気でそれを心配してしまうほどの勢いだったのだ。


 逸らした顔を、涼の手で正面に戻される。「気が早い奴」と言われたことにだんだん腹が立ってきて、今度はむくれて顔を逸らすと、また正面に戻された。しつこくまた顔を逸らす。すると涼はふっと息をもらして笑った。


「嘘だよ、悪かった。……助かったよ。正直、ちょっと暴走した」


 素直な謝罪に免じて、渋々顔を戻す。じっと見つめていると、美しい獣はやがて穏やかな顔になり、椎奈の髪を優しく梳いた。指先で耳を弄んで、顎のラインをなぞる。そして今度はさっきまでの獰猛さが嘘みたいに柔らかく唇を食んできた。


 ゆっくりと味わうように上唇と下唇を交互に吸われる。しなやかに舌が絡みついてきて、互いの粘膜が立てる濡れ音でますます体が熱くなった。首から背中にかけて優しく手が滑り、膝の骨で太ももの内側を刺激されて思わず声が漏れた。獣が意地悪な顔で笑う。顔は意地悪で、動きは優しい。そのくせ椎奈の体の自由は確実に奪っていて、ろくに身動きが取れないまま翻弄され続けた。


 ようやく顔が離れると、優しく見つめられた。


「たとえ死んでも、それはそれだ。陣さんも言ってたろ。この森で生きることは元の世界で生きることと同じくらい大切なことだって。生還することが全てじゃねえ。もちろんここまで来て死んじまったら悔しくて仕方ねえけど、それでも、俺はもう少しだけ……」


 ここにいたい。


 涼はそう、小さく呟いた。


 生還を先延ばしにしてでも椎奈と一緒にいたいということだ。目に涙がにじむ。


 涼は椎奈の首筋に顔をうずめると、力いっぱい抱きしめた。


「お前はバカだ。俺のために石を集めたりして」


 その声は消え入りそうに震えていた。


「お前がつなぎとめた俺の命を……お前がまた救うんだな」


 つなぎとめた命?


 なんのことかわからず尋ねようとした言葉は、再び重なってきた涼の唇に封じられた。


 夢中で求め合った。


 今まで押さえてきたものが、全てあふれ出していた。


 ずっと想いを態度に表したかった。触れたかった。深い所まで触れてほしかった。


 互いに相手を一人残していく可能性を怖れていた。だからずっと感情を抑えていたのだ。関係が深くなればなるほど喪失感は増す。そんな思いはさせたくない。だから二人ともぎりぎりのところで耐えていた。


 でももうその必要はない。たがが外れたように激しく求められ、同じ激しさで求めた。別れの時がそう遠くないことはわかっていたけれど、それをも忘れかけてしまうほど、今はただ、その幸せに酔いしれた。



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