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椎奈は思わず息を止めた。ついにこの不可解な状況の秘密が明かされる。
「あ、でもその前に」
文ちゃんはにっこり笑うと、「椎ちゃん、敬語はやめよ。年も近そうだし、フランクにいこうよ」と言った。
自分の置かれた状況に比べたら正直そんなことはどうでもよかったので、椎奈は満面の笑みで首を何回も縦に振って、「そうだね!」と応じた。
「よし!じゃあ仕切り直し。椎ちゃん、この森はね……」
椎奈は再び息を止めた。
「現実の世界で意識不明になって、生死を彷徨っている人がやってくるパラレルワールドなんだ」
「……」
一瞬、何を言われているのかわからなかった。
「パラレルワールドってわかる?」
知ってる。知っている。本で読んだことがある。詳しいわけではないけれど、たしか「現実と並行して存在する別の世界」というような意味だったと思う。けれどあれは小説や映画の題材だ。現実にあるわけがない。
「わかる……わかるけど……」
「信じられないよね。僕も最初は何を言ってるんだ、って思ったよ。でも今は現実だと思ってる。だってこの森は夢だっていうにはあまりにリアルだし、元の世界ともこれでもかっていうくらいリンクしてるんだ」
信じられない。そんなものが実在するなんて。まして自分が巻き込まれるなんて。
元の世界とリンクしていると文ちゃんは言うけれど、今まで生きてきて、このパラレルワールドの話を耳にしたことなんて一度だってない。
「信じられない」
素直にそう言うと、
「そりゃそうだよ!こんなのすぐに信じる方がおかしいって」
と文ちゃんは嬉しそうに笑った。
自分が信じているものを相手に否定されても、笑っていられる文ちゃんに好感を持った。もう少し話を聞いてみたい気持ちになる。
「じゃあ私は今、元の世界で意識不明……ってこと?」
「そういうことになるね。トラックに撥ねられたのは人通りのあるところだった?ひき逃げじゃない?パラレルワールドだからさ、元の世界で椎ちゃんが死んじゃうと、この森の椎ちゃんも死んじゃうんだ」
「人通りの……あるところだった」
「そっか、よかった!じゃあきっと今頃は病院かな」
椎奈は病院のベッドに横たわる自分の姿を想像した。心臓の拍動を示すピッピッという音の中、酸素マスクやたくさんの管につながれて、やっと生命を維持している自分の姿を。
椎奈は数年前に祖父を亡くした。二週間ほど意識がない状態が続き、そのまま亡くなった。毎日お見舞いに通っていたので病室の様子は今でもよく覚えている。自分も今、そんな状態に置かれているということなんだろうか。そしてあの時祖父は、この森に来ていたということになるとでもいうのか。
「先を続けても大丈夫?」と尋ねられ、自分が意識を彷徨わせてしまっていたことに気づく。椎奈は「うん」とうなずくと同時に、椎奈の理解を確認しながら話を進めてくれる文ちゃんに益々好感を覚えた。
文ちゃんはノートのとあるページをめくった。そこには箇条書きでいくつかの項目が並んでいる。一番上には『1.生還するには』と書かれていた。
「では早速、この森と石についての説明を始めるよ。今椎ちゃんは意識不明なわけだけど、この森から生還して意識を取り戻すには、森で『石を集める』必要がある。石を集めた人は、森での記憶を全てなくして、元の世界に帰っていくんだよ」
石を集める……と椎奈は呟く。
「そう。椎ちゃんの額に石が埋まっているって話は聞いたよね。何色だって聞いてる?」
「赤……」
先ほど鉢巻を受け取る際に、涼から椎奈の額には赤い石が埋め込まれていると聞いた。
「生還するためには、自分の額の石と同じ色の石を集めなくてはいけないんだ。つまり椎ちゃんの場合は、赤い石だよ」
赤い石を集めると言うが、赤ければ何でもいいのだろうか。ここまで歩いてきた道を思い出しても、赤い石なんて落ちていなかったと思う。どうやって集めればいいのだろう。
そして何より気になるのが、「集める」という言い方。一つ見つければいいというわけではなさそうだ。
「赤い石を……いくつ集めればいいの?」
「それは誰にもわからないんだ。僕も自分がいくつ集めれば生還できるのかわからない。でもそうだな……今まで見てきた感じだと、平均十から二十ってところかな。でもこれは本当に一概には言えないんだ。もっともっとたくさん必要な人もいる。一つ言えることは、必要な石の数は元の世界での重症度に対応しているっていうことだよ」
その言葉に、椎奈は心がすっと冷えるのを感じた。




