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森の記憶  作者: 9300
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 誰一人として口を開くことなく、薄暗い森を歩いた。不自然に静まり返った森に、四人の足音だけが響く。


 やがて涼が立ち止まり、木を背にして腰を下ろした。片足を立てて腕を乗せる。その姿は限界まで膨らんだ風船のように、ほんのわずかな刺激で爆発してしまいそうな緊張を孕んでいた。


 加山とミドリがおどおどと立ち尽くす。「座れ」と低い声で命じられ、まずミドリが、続いて加山がへたりこむように腰を下ろした。椎奈が少し離れたところに居所を決めた時、ミドリが加山に身を寄せるように座り直した。


「村を出るって?」


 涼の声に加山は黙って小さく顎を引き、ミドリも少し遅れてこくんとうなずいた。


「なんでだ」


「……涼さんが、出て行けって……言ったんじゃないですか」


「だからその理由を聞いてんだろうが!だいたいなんでミドリまで出て行くんだ」


 涼の怒鳴り声に二人が体をすくませる。


 けれど今日の加山は俯いてばかりではなかった。顔を上げて何度か唇を震わせると、絞り出すように言葉を吐き出した。


「涼さんには……関係ありません」


「んだと!」


 立ち上がりかけた涼に、慌ててミドリが加山の前に身を乗り出す。


「涼ちん……二人で話し合って決めたんだよ。だから……」


「てめえは黙ってろ!おい加山、貴様、村を出てやっていけると思ってんのか。すぐに梟にとっつかまって、殺されるのがオチだぞ」


「その心配は、ありません。森に長くとどまるつもりは、ありませんから。すぐにミドリに殺してもらって……」


 涼が顔を歪めるのと、ミドリがしゃくり上げるのは同時だった。ミドリは蜂に刺された子どもみたいに、一瞬で針が振り切れたように泣き出した。


「いやだ!できない!そんなことできないって言ったじゃん!」


 ミドリは体を折って地面にかがみこんだ。顔を手で覆って、まるで祈りを捧げているようなポーズで泣きじゃくる。


 そして嗚咽の間に「ごめん、加山、ごめんね」と何度も漏らした。


「ミドリちゃん……」


 椎奈が思わず声をかけると、ミドリは涙でぐちゃぐちゃの顔を上げた。


「椎ちゃん、助けて……。どうしよう、加山が死んじゃう。加山が死んじゃう!」


 ミドリが這うようにして腕に飛び込んできた。その体は信じられないくらい熱くて、ガタガタと震えていた。腕を回して抱きしめる。加山を見ると、唇を噛んで眉間に深い皺を刻んでいた。


「意味がわかんねえ。わかるように話せ」


 固く口を閉ざしたままの加山に、涼が「話せっつってんだろ」と繰り返す。


「僕が死んだって……涼さんは何も困らないじゃないか。僕のことなんて、どうでもいいくせに。ほっておいてくださ……」


「ほっておけるわけねえだろうが!」


 加山の言葉を遮って、涼が叫んだ。


「バカかてめえは!どうでもいいなんて思ってたらこんなとこにいねぇだろう!なんでわざわざ好き好んで辛気臭ぇてめぇの面なんか拝まなきゃなんねぇんだ!」


「じゃあどうして……」


「なんとかしてやりてえからに決まってんだろうが!」


 加山は目を見開いて涼の顔を見つめ、何度も奥歯を噛みしめた。


 やがて大きく顔を歪めると、ぽろりと一つ涙をこぼした。


「だったら……だったら涼さんが今ここで僕を殺してください!」


「いやっ!」


 椎奈の腕の中でミドリが暴れた。このままバラバラになってしまう気がして、椎奈はさらにきつくその体を抱く。


 涼が加山とミドリを順に見て、長い息をついた。


「理由次第ではお前の言う通りにしてやるから、とにかく話せ」


 加山は袖で乱暴に涙を拭った。そして一度ミドリに目をやると、視線を地面に逸らして静かに語り出した。


「僕は……僕は、ずっと、生きていたって、いいことなんてないと思ってた。でも、この森に来て、ミドリに出会って、初めて……生まれてきてよかったって思った」


 ミドリがしゃくり上げる。


「そうしたら、もっと生還したくなくなった。生還したら、ミドリのことも、生まれてきてよかったと思えたことも、全て忘れてしまう。死にたいと思い続ける日々が待ってる。それなら、この森で人生を終えたいと思った。そして……」


 加山の口調が少しずつ早口になる。涼は黙って耳を傾けている。


「そして、僕が死んだ後に残った石を、ミドリに受け取ってもらいたいと思った。死んだ後の石は、村の共有財産になるってことはわかってます。でも僕は、わがままだって言われてもいい。ミドリに受け取ってもらいたい。そうやって、僕の命をミドリにつなげたいと思ったんだ」

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