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森の記憶  作者: 9300
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 頼まれている鉢巻を作らなくてはいけないと思いながらも、何も手につかずぼんやりと村を眺めていると、ミドリがそばに寄って来た。ミドリには村に来た初日から懐かれていた。屈託のない笑顔であれこれ話しかけてくるミドリは、妹みたいでかわいかった。


「椎ちゃん、今日は鉢巻作らないの?」


 ミドリは椎奈の鉢巻づくりに興味津々で、これまでも度々そばにやって来ては飽きることなく椎奈の手元を眺めていた。


「ちょうどこれからミドリちゃんのを仕上げようと思ってたところだよ」


「本当?やったあ!」


 ミドリが来てくれたことは、いいきっかけになった。椎奈は裁縫道具と仕上げの残すのみのミドリの鉢巻を取り出した。


 ミドリの桜色のキャミワンピースと腕の深緑色の石には、ミドリ自身がアレンジしてつけていた白いリボンの鉢巻がよく似合っていた。そこで椎奈はそれをベースに、白いレースのフリルをあしらってやることにしていた。


「ねえ、椎ちゃんは好きな人いる?」


 レースの形を整えていると、ミドリがふいに聞いてきた。頭に涼の顔が浮かび、すぐに追い払う。こんな自分に好かれたって嬉しくないだろうと思うと、好きでいることだけで申し訳ない気持ちになる。


「そんなこと聞くってことは、ミドリちゃんにはいるの?」


 質問に質問で返すという卑怯な手でごまかすと、ミドリはまさにそれを訊いて欲しかったとばかりに「えへへー」と笑った。


「わかる?実はいるんだ」


「そっか。じゃあ早く石を集めて生還しないとね」


 ミドリのきょとんとした顔に、すぐに自分の勘違いに気づいた。


「あれ、もしかして好きな人って村の誰か?」


 てっきり元の世界に好きな人がいるのだと思ったのだ。


「そうだよ。椎ちゃんには特別に教えてあげるね。あのね……」


 ミドリが口の前に手をかざして顔を寄せて来たので、耳を近づける。囁かれた言葉に、椎奈は言葉を失った。


「かやまだよ」


「かやまって……あの玄武の加山くん?」


「そうだよ。あの加山だよ」


 死ぬつもりだと泣いていた少年が頭をよぎり、胸がざわついた。ミドリは、加山が死にたがっていることを知っているのだろうか。


「両想いなんだ。加山は照れ屋さんだから好きだってはっきり言われたわけじゃないんだけど、でもね、加山の方が先に私のこと好きになったんだよ」


 ミドリは得意げに言った。


 嘘だとは思えないが、死のうとしている加山と、ミドリのことを好きな加山がどうしても一致しない。加山から漂っていた悲壮感と、好きという言葉はこれ以上ないほどちぐはぐで、まるで別の人の話をしているように聞こえる。ミドリのはにかんだ顔が椎奈の不安をさらに煽った。


「加山くん、今朝……」


 配給を断っていたねと続けようとした時、ミドリの顔が一瞬だけ真顔になったのを椎奈は見逃さなかった。すぐに笑顔に戻ったが、ミドリはやはり何か知っているようだ。ただ、死のうとしていることまでは知らないかもしれない。椎奈は口をつぐんだ。下手なことを言って徒にショックを与えたくなかった。


「ねえ椎ちゃん」


「ん?」


「人を好きってどういうことかな」


 手を止めてミドリを見た。


「本当に人を好きって、どういうことかな」


 ミドリの目は、椎奈ではなく村の方を向いていた。視線の先に加山がいるのかと探してみたが、その姿はない。


 質問の意図がつかめなかった。女の子同士がカフェで気軽にするような話なのだろうか。それとも加山が死にたがっていることと関係があるのだろうか。


 もっと突っ込んで訊いてみるべきだろうか。聞けば話してくれるだろうか。そして……


 今の自分はそれを受け止められるだろうか。


 正直なところ、まださっき受けたショックから完全に立ち直ったわけではなかった。心臓は何かの拍子にすぐ正しいリズムを忘れるし、二の腕の傷も痛い。ミドリの話が思わぬ方向へ向かった時に、それを受け止めきれるだろうか。


 加山の悩みが悩みなだけに、迂闊に首を突っ込むことで引き起こしてしまうかもしれない事態に対応しきれる自信がなかった。力になってやりたいのに踏みきれない。


「ミドリちゃんはどう思う?」


 またもずるい手を使うと、ミドリは今度は見逃してくれなかった。


「ずるいよ椎ちゃん。私が訊いてるのに!」


 ミドリは笑った。その笑顔に、深刻さは感じられなかった。


「ごめんごめん。えっと、好きってのはそうだな……」


 観念して答えを考えた。


 言葉を紡ぎ出すと同時に、頭の中には当然のようにあの顔が浮かぶ。


「気づくとその人のことばかり考えていて、その人のことなら何でも知りたくて、」


 それは、いつも少し憂いを帯びた目をした男の顔。 


「そばにいられると幸せで、笑ってくれると嬉しくて、」


 言葉にすることで、改めて自分の気持ちに気づかされる。


「その人のためなら変わろうって思えて、」


 ミドリが身を乗り出してきた。


「一緒にいるとちょっとしたこともすごく楽しくて、離れた瞬間にもう会いたくなって、」


 少しずつけれど確実に頭の中は涼でいっぱいになっていた。


「幸せでいてほしくて、辛い思いなんか一つもしてほしくなくて、もしも……」


 そうして夢中で吐き出した言葉がこの後引き起こす事態を、この時の椎奈に想像できるはずがなかった。


 最後のフレーズを聞いたミドリは、大きな反応を示した。目をいっぱいに見開いて、顔を輝かせた。自分がまさに彼女が望んでいた答えを言ってやれたのだと思った。それが加山にどうつながるかわからないが、根拠もなく全てがうまくいくと思えるほど晴れやかな笑顔だった。椎奈もその笑顔に誘われるように口の端を緩めた。


 ミドリの鉢巻が完成した。ミドリは飛び上がって喜び、早速つけてみようと、仮でつけていた鉢巻を外した。その時、露わになった額の濃緑の石が鈍く光った。その思いがけない黒の濃さに椎奈は一瞬言いようのない不安を覚えたが、新しい鉢巻で石が覆われるとすぐに忘れてしまった。


 ミドリは出来たての鉢巻を器用に右耳の上でリボンの形に結び、頭を振ってそれが揺れる感覚を楽しんでいた。


「ありがとう、椎ちゃん!これ、加山に見せてくる!」


 ミドリが子猫のように跳ねて去って行った。一歩進むごとに頭の右側で大きなリボンがふわふわ踊る。その様子を椎奈は目を細めて見送った。

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