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森の記憶  作者: 9300
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 鉢巻製作の拠点に戻って物思いにふけっていると、「おい」と後ろから声がした。振り返ると涼だった。涼の声は低くて静かなのによく通る。本当は振り返らなくても声の主はわかっていた。


「あの人しゃべりっぱなしだったろ」


 涼は椎奈の隣に腰を下ろした。特にこちらを見るでもなく、村を見渡している。


 あの人とはもちろん雪乃さんのことだろう。


「そうだね。でも楽しかった」


 そうか、と低い声がする。心地いい声だと思った。


「涼の……あ、涼って呼んでもいい?」


 気付けば隣の男に親近感を感じていて、そう尋ねると侍は手元の草を乱暴に引き抜いて「好きにしろ」と呟いた。


 涼が雪乃さんに会いに行くように言ったのは、もちろんあの話を椎奈に聞かせるためだろう。雪乃さんは椎奈が「村に来てどれくらいになるんですか」と尋ねただけなのに、あそこまで話を膨らませた。きっと誰にでもあの話をしているのだ。


「涼の言う通りだね。石を受け取ろうとしなかったこと反省したよ」


 涼は何も答えず、さらに草を引き抜いた。


「でも直接言ってくれればよかったのに」


「……俺が言うと……きついからな」


 口が悪いんだよとつけ加えて、目も合わせない男は頭を掻いた。


 驚いた。


 あの時口をつぐんだのは椎奈を思いやっての行動だったのだ。


 心がふっと明るい色に染まる。


 この男を理解するのに、言葉に捉われていては大切なことを見失うと思った。


「お前……」


 お前と言われることも、もう気にしない。


「俺の分も作れ」


「鉢巻?」


 ああ、と男は小さくうなずく。


 椎奈が鉢巻を作り、涼が石を払う。村の中をまた石が回る。椎奈は横顔に「いいよ」と答えた。


「おなかはすいてないのに、こんな時は何か食べたくなるね」


 なにげなくそう言うと、涼は、


「俺はもう……そんな気持ちは忘れたな」


 と薄く笑って遠い目をした。


 自分の無神経な発言を後悔していると、涼がまた草を引き抜いて差し出してきた。


「草でも食っとけ」


「いやだよ。ヤギじゃあるまいし」


 そう口にした途端、涼の顔がこれ以上ないというほど強張った。


「どうか……した?」


 恐る恐る尋ねると、涼は「いや」と言って頭を振り、突然草を口に入れた。そしてぺっと吐き出す。


「何してるの」


「くそまずい」


 当然でしょ、と椎奈が笑うと涼は少し俯いて、口の端だけで笑った。


 これだけ色々なことがあったのに、まだ次の朝会が始まる様子はない。椎奈が森へ来てから、まだ一日も経っていないのだ。これがこの森で暮らすということかと、椎奈は暮れることのない空の光を見上げて思った。

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