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森の記憶  作者: 9300
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 石をやりとりするということの重さを椎奈は改めて考えさせられた。


 黄龍石も、そして広樹の言葉通り他の色の石も、元は全て誰かの額の石だったものなのだ。人が亡くなり、その石が脈々と受け継がれて、やがて別の誰かを生還させる。命は受け継がれているということが、ここでは石という目に見える形で示されている。


 アキラの額の石が変化した黄龍石を持っている涼は、アキラの死に立ち合ったに違いない。涼が表情をなくしているわけを知った気がして、椎奈は思わず隣の男に目をやった。


 朝会では別の人が手を上げ、死亡者報告をしている。


 椎奈の視線に気づいた涼が椎奈を見た。


「見るか?」


 低い声で問いかけられ、椎奈は思わず身をこわばらせた。何のことを言っているのかすぐにはわからなかったからだ。


「見たことないだろ、黄龍石」


 涼はそう続けた。黄龍石を見せてくれようというのだ。たしかに椎奈はまだ黄龍石を見たことがなかった。


 少しためらった後、遠慮がちにうなずいた。人が死ぬことでしか手に入らない石に対する畏怖から、是非見せて欲しいと身を乗り出すようなことはできなかった。


 涼は左の衿を少しだけつまみ上げた。鎖骨の下の少しくぼんだ位置に、その石はあった。金色というよりは、琥珀を思わせるような透明感のある黄褐色の美しい石だった。


 けれどそれよりも椎奈の目を奪ったのは、その美しい石の周りに散らばる無数の四色の石だった。


 こんな位置にまで石がある。


 文ちゃんの腕の石は、手首から肘の手前あたりまでしかなかった。それなのに涼の石は、肩を覆うほどにまで広がっている。まさか腕に納まりきらなかった石が、ここまで広がっているということだろうか。そんなにも多くの石をこの侍姿の男は持っているというのか。腕にはさらしが巻かれていて、それを確かめることはできない。けれど涼は九か月もこの森にいる。自分の推測は正しい気がした。


 椎奈は涼の顔に視線を移した。涼の顔には相変わらずこれといった表情はない。けれどその瞳は微かにゆらめいていて、溢れ出しそうな思いを必死に押し留めているかのように見えた。


 目が逸らせなかった。涼も椎奈から目を逸らさない。


「三名の方に黙祷を捧げます。黙祷」


 文ちゃんの声に我に返った。涼もさっと視線を逸らす。


 椎奈は目を閉じて、三名に黙祷を捧げた。特に涼の体の黄龍石の元の持ち主だったアキラへの弔いの意を込めて祈りを捧げた。


「では続いて預かり分の引き出しです」


 朝会は次の項目に移った。


 預かり分の引き出しとは、日中に何らかの事情で陣さんに石を預けた人がそれを引き出す場だ。石を預ける事情は人により様々だが、一番多い理由は朝会以外の場で生還してしまわないようにするためだという。


 普段の生活で石のやりとりがなされれば、当然自分の額の色と同じ色の石が手に入る。石は誰かが飲み込まなければ消えてしまうが、自分で飲んでしまってはその場で生還してしまう可能性がある。したがってそのような場合に、陣さんに一旦石を預けるのだという。


 当然自分自身では預けに行けないため、石は渡す側が陣さんの元へ行って預ける。その際にその記録を残すのが、陣さんの横に立つ高志という大柄な男の仕事だということだった。


 広樹の説明を聞いている間にも人が次々に前に進み出て、高志の記録と照らし合わせながら一人ずつ陣さんから石を受け取り、飲み込んでいった。


 やがて一人の人が生還した。椎奈は生還する人を初めて見た。


 陣さんから石を受け取り、静かに村を見渡したその女性は、期待をこめた表情で石を飲み込み、あっという間に霧のように消えた。人々の間から拍手が起こり、その場に残された石を甘利さんが進み出て拾って飲み込んだ。


 椎奈は一連の様子を呆然と眺めていた。


 これが、この村で生還するということなのだ。村の人たちに見守られ、拍手で送り出され、残った石は村の共有財産となる。


 拍手も忘れ、今まで確かに女性がいた場所を狐につままれたような気持ちで眺めていた時だった。突然ふわりと頬に風を感じた。途端に椎奈の両側にいた広樹と涼が立ちあがる。


 そしてざわつく人々の中に、もう一人立ち上がっている男性がいた。空手の道着を着て、頭には赤い鉢巻を巻いている。


 なんて恰好だ。椎奈はめまいを覚えた。どう見ても某有名ゲームのキャラクターのコスプレじゃないか。あんな格好で意識不明に陥るなんて、一体どんな状況だったというのだろう。


 道着姿の男性は広樹と涼に視線をやると、いち早く森へ飛び出して行った。


「今のがさっき言った雄一郎さんだよ」


 腰を下ろしながら広樹が言う。たしか一緒にいれば梟が襲ってこないという人だ。


 その雄一郎の後を、高校生くらいの少年が走ってついて行った。


「おい大河!」


 涼が叫んだ。大河と呼ばれた少年は涼の呼びかけを気持ちいいくらい無視して、森へと消えて行った。


「あいつマジで全く言うこと聞かねえ」


 涼が忌々しげに呟いて、どかっと元の位置に座った。広樹が「まあまあ」と涼を宥める。


 半年前に森にやって来たという雄一郎は空手の有段者で、村を基礎から立ち上げた人物の一人でもあるそうだ。広樹や涼と同じく新人の保護、森の巡回、村の警備の仕事をしている。現在この仕事は、涼、広樹、雄一郎の三人が担当しているが、その数はお世辞にも十分とはいえないという。梟と格闘になることもあるので、できる者がいないせいだ。 


 大河はこの仕事をしたいと言って勉強中の、いわば見習いのような立場の少年らしい。まだ高校生ながら雄一郎に保護されたことで彼を慕って、彼が森に出る際にはついて行くことが多いという。


 ただここで問題があった。森に複数で出る場合は、なるべく額の石の色が違う人物と組んで出ることが望ましい。しかし雄一郎と大河は、ともに白虎だった。


「森に出ると、村に所属していない人とよく遭遇するんだ。そこで石の取引が行われることがあるんだけれど、その場合、額の石の色が同じもの同士が組んでいるとあまり都合がよくないんだよね」


 理由は至極納得のいくものだった。白虎同士が組み、森で遭遇した人と石を取引する場合、当然白い石は取引に使えない。白虎は白い石を取り出せないし、朝会以外の場で生還を避けたい身としては、白い石を受け取ることもできない。額の石の色が違う者同士が組めば、この不都合は解消され、取引の幅が広がることになる。


「だけど大河はいくら涼が言っても、絶対に雄一郎さんについて行ってしまうんだ」


 広樹が苦笑する。


「あいつはとにかく俺の言うこととなると一つも聞きやしねえ」


 えらく嫌われたもんだ、と涼は吐き捨てた。この会話の間にも、預かり分の引き出しによってさらに一名が生還した。

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