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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ひとところ、

作者: ろくでなし

私が死のうというのは何も昨今の情勢を鑑みてのことではない。

なんとなく「死のうか」という感慨が浮かぶからであって、それ以上の理由を説明しようとはできない。

けれど仮にあなたが理由を説明してみよ、とでも述べるのならばなんと答えたものだろうか。


いまだ全容の解明されない毒液が広く世の中に蔓延している。これは事実だ。


だから私がこの結論に至ったのに何ら影響を及ぼしていないはずがない。

そうあなたは思う。

実は私もそう思っている。

でもやっぱり否定せざるを得ないところがある。


私は多分遅かれ早かれ死のうという決意を固める時期が来る。そんなことは小学校の2年生くらいのころにはどこか遠くのところで気づいていた。初めて死にたいといったあの日からこの欲深い衝動は途方も無く私に絡みついてくる。その感情に対して忌避感を覚えたことなんて一度もなかった。


結局のところ「希死念慮」と「私」との長い永い徒競走のようなもので、速さは同じくらいの好敵手同士の血みどろの戦だ。

奴さんは精神的な苦痛を糧に速さを上げてくるし、私は快感を糧にする。

正反対の歪な双子のような関係だと思う。

いつ障害物が私の前に設置されるのかの違いで、たまたまここ数ヶ月の騒動に重なってここらでひとつ転けてみようかと思ったに過ぎない。


だから勝手に

「あの子が死んだのは禍により、政治により、不景気により。

誰の目にも留められぬ場所で静かに追い詰められていたのだ。」

というような言説を、この小さな街で起きた小さな事件に対して触れ回る者がいるのならば、私はそれに断固として反対せねばなるまい。


恐ろしくも甘美なこの双子の関係性こそがいつだって逆説的な話ではあるが、私を救い出してくれるものだったからだ。


「結論」はいつだって私とともにあった。



空虚な自分。

幼い頃から私は自分の喜ぶ理由を他者に依存させた。

空っぽの心のまま、ただ自分を受け入れてもらうためだけに「大好きだよ」と囁き、ハグをしたりした。


当たり前の話、そんなもの欺瞞に過ぎない。

その事実からもはや目をそらすことが出来なくなったとき、自分はこのままでいて幸せになれるのだろうかと悩み始めた。

だから自己改革と称して、そのあり方のすべてを塗り替えるようにして歩き始めた。

徹底的に人を避け始めた私は、これは正義だと思っていた。

こんな汚くも面白みのない私と関わるくらいだったら他の人と遊んだ方がずっとずっと幸せになれるでしょう。これはあなたのことを考えてのことなのだ。


そんなことを思っていた。

これこそが正しく愛なのだと本気で思っていた。


面倒くさいこそなど百も承知。

もしかするとこれほど面倒くさい私でも受け入れてくれるのかというある種の試験を心の奥底でしていたのかもしれない。


でも、最後には何も残らなかった。

当然の話だ。


けれど仮に何が残ったのかを強引に言葉付けするのならば、

それは、空っぽの自分と、私の存在が抜けた写真だけ。


それは何にも熱くなれない自分だ。

それは何にも集中できない自分だ。

それは何にもなれない自分だ。


漂うようにふわふわと生きる始めた私を見る周囲の目は不可解なものをみるようだった。

でもそれが自分自身の正当性の証拠なのだと思い込んでいた。

この孤独こそが私を支えてくれていた。


時が経つにつれて、再び私自身のおかしさが際立った。

正しいと思っていたことはただの偽善に過ぎないし、やられた当人からすれば身近な人が勝手に離れていったという悲しい出来事にすぎなかった。


ぞっとした。


その瞬間に、孤独は恐れるものになった。

孤独はただ私を傷つけるだけだった。


気づいたのは手遅れになってからだ。


そこで立ち戻ったのは原点だった。

忘れつつもいつも自分の影の中で息を潜めていた希死念慮。双子の片割れ。

愛すべき代えがたき友。


この枠組みの中に何人たりとも侵してはならない神聖な領域を見定める。

この中でのみ確かな呼吸が出来た。私のいきられる場所は死と隣り合わせだ。

そんなことがどうにもくすぐったいことのように思えてくる。


私の側にあるものは何だろう。


友はいない。

夢もない。

希望もない。

無条件に人を信じられない。

好きなものはない。

好きな人もいない。

好いてくれる人もいない。

話しかけてくれる人もいない。


死だけは依然として側にいる。

孤独を癒やしてくれるのは死だけだ。


理由なんてその程度だった。


防衛機制、同一化。その対象としての死。


私はここであっと驚く。


ぼんやりと将来に対する不安がむくむくと膨らむそのとき。

私は「ああ、なんだか死にたいな」と呟く。

その呟きにどれほど救われてきたことだろう。

その理由をようやく理解するに至ったのだ。


私は今ベッドの上でごろんと目の前に広がる天井をみている。それは何の面白みもない真っ白な彩りだ。


けれど窓越しに見える電灯で出来る夜景は良い塩梅に闇を蠱惑的にしている。


闇は何よりも透明で私を優しく撫で上げてくれる。

そんな静かな夜の静寂の中、私は闇に溶け込むように消えていきたい。


私は漫然と立ち上がって部屋を移動する。

闇に導かれるようにふらふらとして、その部屋にたどり着く。


その部屋の天井から垂れるもやい結びのわっかをとんと指で押す。

振り子のように揺れるそれをみて私はけらけらと笑った。

だったら救ってみせろ。

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