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8話

  あれから一週間が過ぎて夜会の日になった。


  朝早くに起こされて身支度を整える。お風呂に入り頭から爪先まで磨かれた。次にマッサージを施され、顔にもされた。次にコルセットでぎゅうぎゅうに締め上げられた。メイド達のやる気度合いが全く違う。ドレスを着せられて鏡台に座る。髪に香油を塗り込み、延々とブラシで梳かれた。そうして結い上げて温めたコテで髪を緩く巻かれる。アップにして髪留めで纏めた。最後にお化粧を丁寧にされる。立ち上がると全身鏡で自分の着飾った姿を見た。


(……え。本当にこれ。誰なの?)


  つい、そう思ってしまう。それくらいに化けていた。小さな琥珀が散りばめられた髪留めで纏めた髪は緩く巻かれて白いうなじが見えて艶めかしい。同じく琥珀のイヤリングとネックレスは耳元と胸元で燦然と輝いている。薄紅色のドレスは胸元が大きく開いているがレースでうまく隠されていて上品さを醸し出していた。上から下に行くにつれて薄い紅から濃い紅に変わっていくというグラデーションが美しい逸品だ。それを身に纏った大層美しいレディが佇んでいた。うん。自分じゃない。赤毛に琥珀の瞳の冴えない中年女から目がさめるような美女に変貌している。たぶん、お化粧のせいだ。そう現実逃避したのだった。


  その後、リッヒ様が迎えに来たと知らされた。私は緊張しながらもエントランスホールに向かう。金の髪を撫でつけて黒の騎士団服に身を包んだリッヒ様が佇んでいた。凄く凛々しくて見惚れてしまう。するとリッヒ様が驚いた様子でこちらを見た。兄とティエラ様も出迎えに来ていたが。リッヒ様は2人に一言ことわってからこちらに来る。


「……もしかして。ローゼか?」


  呟くと私をまじまじと見つめた。ローゼと言うのはリッヒ様がつけた私の愛称だ。ちょっと恥ずかしくてジェンが持たせてくれた扇を広げた。それで顔を隠したが。まだ、リッヒ様はこちらを見ている。


「……はい」


  か細い声で答えるとリッヒ様は破顔した。この時が一番幸せかもしれない。そんな気持ちが湧いてくる。


「……綺麗だ」


  リッヒ様の言葉に余計に恥ずかしくなった。けど彼は気にしていないようで「馬車へ行こう」と言ってくる。私は扇を閉じると一緒に馬車に向かう。エントランスホールを出るとむうっとした真夏特有の空気が肌を撫でる。リッヒ様が先に乗りエスコートしてもらいながら私も乗った。扉が閉められると馬車が走り出す。まだ緊張しているが。


「……ローゼ。今日は久しぶりに夜会に出るそうだけど。大丈夫かい?」


「……あまり大丈夫じゃないかもしれません」


「そうか。まあ、体調が悪くなったらすぐに言ってくれ」


「わかりました」


「けど。ローゼと一緒に踊るのは初めてだから。ちょっと楽しみではあるよ」


  リッヒ様はおどけるように言う。私が緊張しているからちょっとでも落ち着けるように配慮してくれているようだ。おかげで気が抜けて少しは笑う余裕が出てきた。そうこうする間に夜会の開催場である王宮に到着したらしい。よしっと気合を入れる。


「……着いたようだ。ローゼ。夜会を楽しもうじゃないか」


「はい。楽しみましょう」


  頷くとリッヒ様は私の肩に手を置いた。その温もりにホッとまた力が抜ける。馬車の扉を御者が開けた。リッヒ様がまた先に降りてエスコートしてくれた。降りるとあまりの馬車の数と人の多さに圧倒される。流石に王宮なだけはあった。リッヒ様が腕を差し出してくれる。それに手を添えるとゆっくりと歩き出したのだった。


  入口から入るとそこは別世界だった。煌びやかなクリスタルで作られたシャンデリア、大広間の壁や天井に施された絵、大勢の紳士淑女が思い思いの盛装で来ている。こんなに華やかな雰囲気の中に身を置いたのは何年ぶりだろう。感慨深くてしばらく立ち止まっていた。リッヒ様も何も言わない。察してくれているようだ。けどこうもしていられない。私はリッヒ様を見上げた。もう大丈夫だと伝えるために頷く。向こうもわかってくれたのか、微笑んで頷いてくれた。


「……言っただろう。楽しもうと」


「そうでしたね。心配かけてごめんなさい」


「謝らなくていい。君は悪くないんだから」


  リッヒ様はそう言うとにこやかな笑顔で進んでいく。私も付いて行った。この先には陛下や王妃陛下がおられる。まずは挨拶と相場が決まっているのだ。私はまた緊張したがリッヒ様の手の温もりのおかげか何とか乗り越えられる気がしていた。

  大広間の真ん中に位置する三段ほどの階段を上がった玉座に陛下が座しておられる。隣の小さめの玉座には王妃陛下が座しておられて。リッヒ様に陛下が声をかけられた。


「……おお。リヒテンではないか。今日はよく来てくれた」


「……はい。陛下にはご機嫌麗しく……」


「堅苦しい挨拶はいいぞ。余とそなたの仲ではないか」


  陛下は好々爺という雰囲気の方だ。もう八十近いけど見えない。私もカーテシーをして頭を下げた。


「でしたら。父上。こちらの女性は私の婚約者でメルローズ・ウィリス嬢です」


「ほほう。やっとリヒテンも新たな一歩を踏み出せたか」


  私は陛下からお声をかけられるのを待った。陛下はにこっとお笑いになる。


「ふむ。メルローズ殿。初めて会うかな。余はリヒテンの父でランティスという。隣にいるのは王妃でルルーシェルという。よろしく頼む」


「……初めてお目にかかります。殿下のご紹介もありましたけど。改めて自己紹介致します。メルローズ・ウィリスと申します」


「なかなかにしっかりとしたレディじゃないか。良い相手を見つけたな」


  私は陛下に褒められてちょっと照れてしまう。王妃陛下もにこっと微笑み、こちらをご覧になったのだった。

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