6話
ティエラ様といつまで王都の屋敷に滞在するか。
それを決めた日の翌日から私はある事を始めた。ティエラ様から毛糸とカギ針をもらって編み物を習い始めたのだ。私はお裁縫はそれほど得意ではない。なので自分からお願いしてみた。ティエラ様は快く引き受けてくれたのだった。とりあえず、マフラーを編んでいるが。最初は自分用に作って完成したら次はリヒテン殿下のを作ろう。そう計画しながら毛糸を編んでいく。ティエラ様は時折教えるくらいで後は好きなようにさせてくれる。
「……うん。メルさんは飲み込みが早いわね」
「そうでしょうか」
「集中力が続くから。コツさえ掴めば、帽子や手袋も作れそうよ」
ティエラ様もそう言って編む事を再開した。彼女もカギ針でしている。何でも兄のウィラードに手袋を編むらしい。器用だなと思う。私も負けじと手を動かすのだった。
その翌日も編み物に専念した。ちょっとはできていたが。まだまだ先は長そうだ。黙々と編んでいたらジェンが声をかけてきた。
「……お嬢様。今日は殿下がいらっしゃるそうですよ」
「……え。それは本当?」
「はい。先ほど、こちらの家令であるローレンツさんが知らせてきてくれました」
その言葉に編み物をしていた手を止めた。マリーとメイもこちらにやってくる。私は編みかけのマフラーをテーブルに置く。三人に身支度をするように言う。ジェンが慌てて「ドレスとアクセサリーなどを見てきます」と衣装部屋へと向かう。マリーとメイも準備を始めた。しばらくしてジェンがシンプルな淡い水色のタートルネックのドレスを持ってきた。アクセサリーは私の瞳の色に合わせた琥珀があしらわれたペンダントだ。髪は赤毛なので水色を着ることが多い。
「……では。まずはドレスからですね」
「ええ。お手柔らかにね」
ジェンとマリーは頷くと部屋着を脱がせてコルセットを装着させてくる。けっこうきついけど我慢だ。そうした後でドレスを着た。鏡台へ行き、髪をブラシで梳いてもらう。香油を塗り込んでから再び梳く。髪の上部分だけを編み込み、下は垂らすという髪型にする。いわゆるハーフアップだ。お化粧も目立たない程度にした。
「出来上がりました」
「……ありがとう」
「お嬢様。殿下は後少しでお越しになると思います。エントランスホールに急ぎましょう」
ジェンに促されてかかとの低いヒールを履いてからエントランスホールに向かう。急ぎ足で歩いていたら息が上がる。それでもたどり着くとリヒテン殿下がちょうど出迎えた甥っ子達に挨拶をしている所だった。
「……やあ。久しぶりだね。皆、元気にしていたか?」
「はい。殿下もお久しぶりです」
兄弟を代表して返答しているのは長男のエリオンのようだ。私が近づくと先に気づいたのは長女のトリーシアだった。
「あ。メル叔母様。綺麗に身支度なさったのね」
「ええ。シア。私もご挨拶するわ」
「その方がいいわ。私とナディアはもう済ませましたから」
へえと言うとトリーシアはにっこりと笑った。そしてナディアを促すと殿下と私に軽く礼をして外へ出て行ってしまう。エリオンとオリヴァーも互いに目線を合わせた。
「……叔母様。父上と母上は今いないんです。領地へと視察に行っていて。僕らは留守番なんです」
「あ。そうだったの。ティエラ様も昨日にそんな事をおっしゃっていたわね」
「はい。なので俺と兄上はお部屋で勉強していようと思います。殿下のお相手をお願いしてもいいですか?」
「ええ。いいわよ」
「じゃあ。失礼します。殿下、叔母様」
エリオンが深々と礼をするとオリヴァーも同じようにする。私と殿下が頷くと2人は自室へと行ってしまう。後に私とリヒテン殿下だけが残された。けど直接お会いするのは久しぶりなので緊張する。
「……なあ。メルローズ殿。今日は君に知らせたい事があってね。私と君との婚約が正式に決まった」
「え。それは本当ですか?」
「ああ。会いたかったのも事実だが。それを知らせるためもあったんだ」
「そうだったんですね。じゃあ、正式に結婚するのはいつ頃になりそうですか?」
「……たぶん、半年後にはなるだろうな。急がせることになるが。それはすまないと思っている」
私はあまりの急展開に驚いてしまう。二の句が継げなかった。半年後とはまた早い。
「……なあ。本来の名で呼ぶのも堅苦しいし。ローゼと呼んでもいいか?」
「あ。ええ。構いません」
「……では。今後はそのように呼ばせてもらう」
殿下は何を思ったか、私に腕を差し出してくる。手を添えるとゆっくりと歩き出す。2人して庭園へと向かったのだった。
夏場のせいか日射しが強い。殿下は気を遣って涼しいガセボへと誘ってくれた。後からジェンとマリーが付いてくる。ジェンが走って日傘の代わりに帽子を被せてくれた。その状態でガセボの椅子に腰掛けた。マリーが持ってきたティーセットで紅茶の用意をした。特別に氷を入れてアイスティーを淹れてくれる。それを飲みながら殿下と話をしたのだった。