5話
翌日、私の元にリヒテン殿下から贈り物が届けられた。
ピンクのカーネーションだ。メッセージカードも添えられていた。私はお見合いの時の話を覚えてくれていたのだと思い当たる。メッセージカードには「また会えたら嬉しい」とだけ書かれていた。名前の頭文字のRがある。リヒテンの略だとすぐにわかった。メイドのメイに花瓶に生けてくれるように言う。頷いて花瓶に水を入れに行く。私はちょっと嬉しくはあった。マリーが珍しそうにしている。
「……メルローズ様。嬉しそうですね」
「それはそうね。久しぶりの男性からの贈り物だし」
「では。景気付けにミルクティーとマカロンを用意しますね」
マリーが気を利かせて厨房へ行った。私はお礼の手紙を書かねばと内容を考えるのだった。
その後、ミルクティーとマカロンを盛り付けたお皿などをトレーに乗せてマリーが戻ってくる。メイも花瓶に水を入れてカーネーションを生けてくれた。テーブルの上に置かれたティーカップを手に取る。一口含むと紅茶特有の香りと甘みが口内に広がった。こくりと飲み込んだ。マカロンも食べた。そうこうするうちにミルクティーが無くなった。マカロンもおおよそ食べてしまっている。私はジェンを呼んだ。
「……ジェン。便箋と封筒、インクとペンを用意してほしいの。殿下にお礼の手紙を書きたいから」
「わかりました。少々お待ちください」
ジェンは頷いて便箋などの準備を始めた。さてとソファから立ち上がる。マリーとメイは後片付けをしていた。寝室に行き、それまでに手紙に書く事を決める。しばらく経ってジェンが便箋などを持ってきた。寝室にあるテーブルの上に置いてくれるように言った。一通りジェンがするのを見届けてから椅子を引いて座った。インク壺の蓋を開ける。独特の香りがしたが。ペンを持って先を浸す。便箋に文字を走らせたのだった。
<リヒテン殿下へ
このたびはお花をありがとうございます。お見合いの時の話を聞いてくださっていたんだと思うと嬉しくなりました。
私からもお返しに何かを贈らせていただきますね。もし、ご入用の物がおありでしたら教えて頂けると何よりです。
それではご健康には気をつけてくださいませ。
親愛なるリヒテン殿下へ
メルローズ・ウィリス>
手短かにしてみたが。ちょっと素っ気ないか。けど他に内容が思いつかない。インク壺の蓋を閉めてからペンを置いた。しばらく乾かしてから折り畳んで封筒に入れる。封蝋をしてからジェンを再び呼んだ。リヒテン殿下宛に届けるように言付けた。ジェンは頷くと手紙を持って部屋を出て行ったのだった。
この日の夜、私は疲れていたので早めに寝る事にした。リヒテン殿下と出会ってからまだそんなに経っていないが。それでも嫌いではないなと思い始めている。夫は浮気をするロクデモナシだったが。私だって新たな一歩をそろそろ踏み出したい。そう思ってお見合いを兄に頼んだのだ。甲斐あってなかなか良物件と言える相手が引っかかった。身分よし、頭よし、顔もよし。三拍子揃ったかなりの男前だ。性格も温厚そうだし。リヒテン殿下を思い出しながら瞼を閉じたのだった。
翌日のお昼頃に殿下からお返事が届いた。割と律儀な方だなと思う。執事であるレアンから手紙を受け取ってペーパーナイフで封を切る。内容はこうだ。
<メルローズ殿へ
元気だろうか?お手紙をありがとう。
一昨日のカーネーションを気に入ってもらえたようでよかった。が、気遣いは不要だ。
お返しに贈らなくてもいいからと言いたい。言い方が素っ気ないかもしれないが。
女性に気の利く言葉を言うのも意外と難しい。とにかくお礼状を書いてくれただけでも私にとっては嬉しいんでな。
それでは。敬愛するメルローズ殿へ
リヒテン・イグラス>
男らしいきびきびとした筆跡で書かれていた。短くはあるがこちらに気を遣ってくれているのが文章から読み取れる。リヒテン殿下にますます好意を持つのが自分でもわかるようだった。
ちょっとこれはどうだろう。こんな年になって子供じゃあるまいし。そう思いはしても胸はほんわりと温かい。私は自分の気持ちを持て余していたのだった。
リヒテン殿下とこれをきっかけにして文通をするようになった。といっても季節の時候の挨拶や普段のとりとめのない事を書く程度だが。それでも殿下は律儀にお返事をくれた。王都に来て一ヶ月が経っていた。もう両親も心配しているから帰ろうかと思ったが。それは兄夫妻に止められた。
「……メルさん。もし良ければ、後もう一月くらいはいてくれていいのよ」
「でも。ティエラ様や兄上にこれ以上迷惑をかけるわけにはいきませんし」
「私は構わないわ。旦那様も良いと言っていたの。メルさんとは久しぶりに会うし。ゆっくりとしていってほしいのよ」
ティエラ様はそう言ってにっこりと笑う。仕方なく私はもう二カ月くらいはいさせてもらうと約束する。でも今は季節がもう夏だから冬までには帰ると言った。ティエラ様は「好きなだけいてくれいいわよ」と言ってくれたのだった。