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4話

  リヒテン殿下は兄夫妻、私と共に応接間へ行く。


  メイドが用意した紅茶とクッキーが何種類かがテーブルに置いてある。兄とティエラ様が同じソファに座り私は向かいの方に、リヒテン殿下は一人掛けのソファに落ち着いた。


「……それにしても今日はよくお出でくださいました。殿下にはもう手紙でご説明はしておりましたが」


「ああ。妹君とのお見合いですね。私も最初は驚きましたよ」


「ええ。元は妹が言い出したんですがね」


「そうでしたか。メルローズ殿が……」


「旦那様。メルローズさんが言ってきたというのは秘密だったはずでしょう」


  ティエラ様が小声で注意する。私もちょっと恥ずかしくて兄を見た。


「……あ。すまん。メル」


「いえ。私は気にしませんよ。メルローズ殿。あなたには確か夫君がいたはずだが」


「……実は数年前に別れまして。今は独り身です」


「成る程。それで私とお見合いをしようと思ったわけか」


「はい。本当は兄上の同僚で良い方はおられないかと訊いてみたのです。手紙でですけど。そしたら殿下が婚約者を探しておられると兄上が教えてくれたんですね。それで王都まで来たのですけど」


  そう言うと殿下はふむと考え込んだ。兄夫妻は互いに肘でつつき合っている。どうしたのだろうと思っていたら二人はすっと立ち上がった。


「……私、ちょっと急用を思い出したの。失礼しますね。殿下、メルローズさん」


「ああ。私もです。それでは失礼します」


  兄夫妻は慌てて言うとそそくさと応接間を出て行く。私は唖然としてそれを見送ったのだった。


  リヒテン殿下は応接間でしばしの間、紅茶を楽しみながら話しかけてきた。私は差し障りのない範囲で受け答えをする。けど一刻もすると紅茶が無くなりクッキーも残り僅かとなった。殿下はちょっと考えてこう提案してくる。


「あの。メルローズ殿。ここで話すのも何だし。庭園にでも行こうか?」


「……いいのですか?」


「ああ。候爵には事前に許可を得ている」


「そうですか。わかりましたわ」


「……では行こうか」


  殿下は立ち上がるとすっと手を差し出した。初対面の男性と手を繋いで良いものか。ちょっと逡巡する。


「気にしなくていい。私はあなたを取って食いはしないよ」


「……はあ。ではお願いします」


  おずおずと差し出されたそれに自分の手を乗せた。殿下はぎゅっと握ると私の手を引いて庭園へと誘ったのだった。


  庭園では見事に赤や黄色、ピンクのバラが咲き誇っていた。ティエラ様自慢のバラである。実は私の実家にも母が手ずから育てたガーベラやカーネーションの花があった。それが昔から好きだった。こっそり母と一緒に庭園のお手入れをするのが趣味ではあった。おかげで執事のレアンやメイド達にはよく怒られたものだ。それを思い出しながら殿下の後をついて歩く。殿下はゆっくりと歩調を合わせてくれている。


「……メルローズ殿。あなたはバラで好きな色はあるか?」


「そうですね。ピンクのバラと白のバラが好きです」


「ほほう。ピンクと白か。淡い色が好きなのかな?」


「ええ。実家ではガーベラとカーネーションの花が主にありまして。特にピンクのカーネーションが好きです」


「成る程。では今度にそれを贈らせてもらおう」


  贈ると聞いて私は驚く。どうやら殿下は本気のようだ。そう思ってちょっと顔に熱が集まる。


「……殿下。私とは初対面ですのに。どうしてお花を贈ろうと思われたのですか?」


「……どうしてって。私はあなたを見て気に入った。というか、兄君から常々妹君が独り身でいるから心配だと聞いていてね。それで今回のお見合いに乗じてあなたと直接会いたいと思った。それが理由かな」


  真っ直ぐな言葉に余計に顔が熱くなった。年甲斐がないとはこういう事を言うのだろうか。


「メルローズ殿?」


「い、いえ。何でもありません。失礼しました」


「……別に気分は害していないが。けど顔が赤いな。体調が優れないのか?」


「そうですね。申し訳ないですけど。もう中に戻ります」


「そうするといい。また明日会おう」


  私は辛うじて頷いた。先に屋敷の中へ戻ったのだった。


  その後、殿下は王城に帰って行ったらしい。お見送りもしないで悪い事をしたなと思う。けど兄夫妻は気にしなくていいと言ってくれた。殿下もそれ程怒っていないと教えてもくれた。


「……お見合いが一応は無事に終わってようございました。お疲れ様です。お嬢様」


「もうお嬢様という年でもないわ」


「いえ。私にとってはいつまでもメルローズ様はお嬢様です」


  よくわからないがレアンにそうとだけ言う。実家から付いてきたメイド達も安堵の表情だ。私は夕食のスープを飲む。ほうと息をついた。


「……レアン。リヒテン殿下は本気で私と婚約するおつもりのようだわ」


「そうですか。それは良かったですね」


「でも本当にいいのかしら。私で」


  ぽつりと呟いた。レアンとメイド達が視線で合図し合う。


「お嬢様。大丈夫ですよ。殿下は良い方だと聞きます。それでも悩んでおられるのでしたら。候爵夫人に相談されてはいかがでしょう?」


「そうね。そうしてみるわ」


  頷くと私はまたスープを飲んだ。兄夫妻に微熱があると伝えたら消化に良いとの事でリゾットとスープを用意してくれた。有り難く食べさせてもらう。レアンとメイド達に心配されながら私は再びため息をついたのだった。



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