3話
兄の屋敷に私はしばらく滞在する事になった。
馬車から降りて中に入らせてもらう。メイドや執事のレアン、兄の屋敷の使用人達が荷物を降ろしているようだ。それを横目に見ながら兄とティエラ様と談笑するために応接間に向かう。他のメイド達もやってきて紅茶とお茶菓子を用意するために厨房へ行く。
「……メル。明日の昼頃にリヒテン殿下がいらっしゃるから。それまでは用意した客室で休んでいてくれ」
「わかりました。兄上」
「メルさん。ドレスとアクセサリー選びは私に任せておいて。靴とバレッタも準備をしておかないとね」
「……色々とすみません。ティエラ様」
「謝らなくていいわ。私が好きでやっている事だから」
ティエラ様はそう言ってふふっと笑った。私も体から力が抜けるのがわかる。やはり緊張していたようだ。
その後、メイドが紅茶とお茶菓子を持ってきた。ダージリンの紅茶とシフォンケーキがお皿に盛り付けられた状態でテーブルの上に置かれた。シフォンケーキには生クリームと木苺が乗っている。いかにも美味しそうだ。
「……メルさん。ダージリンの紅茶はどうかしら?」
「ええ。良い香りがしますね」
「これ、新しく取り寄せた物なの。シフォンケーキとも合うのよ」
私はティエラ様の説明を聞きながら紅茶の入ったティーカップを手に取った。ふわりと芳醇な香りが鼻腔に届く。一口飲んだら香りが鼻から抜けるようで自然と口角が上がる。蜂蜜とレモンも入っていてあっさりとしていた。もう一口飲んでからソーサーに戻す。シフォンケーキも一口大に切って生クリームと一緒に食べてみた。甘みがふうわりと口内に広がる。木苺も食べたら絶妙な甘みと酸味でさっぱりとしていた。
「とても美味しいです。ティエラ様」
「そう。それは良かったわ」
ティエラ様は嬉しそうに笑う。兄も紅茶を飲んでいる。何でもストレートらしい。それはそうかと思った。
兄は甘い物が苦手だ。シフォンケーキは別らしいが。木苺も生クリームもないそのままの状態で食べている。兄の様子を見ていたらティエラ様がさてと咳払いした。
「……メルさん。お茶とかの事はいいとして。本題に入りましょう」
「……本題ですか?」
「お見合いの事よ。明日のお昼にリヒテン殿下がこちらを訪問されるから」
私はそれを聞いて居住まいを正した。そうだった。あんまりにも紅茶などが美味しくて忘れていた。
「……そうでしたね。殿下とお見合いをするために王都に来たんでした」
「メルさん。リヒテン殿下は見かけはちょっと厳つくていらっしゃるけど。とても穏やかで温厚な方だから。そこは安心してくれていいわよ」
「へえ。ティエラ様は殿下とお会いしたことがあるんですか?」
「あるわよ。殿下はよくこちらにお出でになるの。うちの子達とも面識があるし」
「そうだったんですね。兄上もリヒテン殿下の事をどう思っているんですか?」
兄に話を振ってみるとちょっと意外そうに目を見開いた。それでもすぐに真顔に戻ると答える。
「……そうだなあ。殿下は仕事熱心だな。男である俺から見ても信用が置けるというか」
「成る程。こんな年増である私に対してもお声掛け下さったのですものね。殿下にお会いするのが楽しみになってきました」
笑顔で言うとティエラ様と兄は顔を見合わせた。またも意外そうにされる。
「……ならいいわ。じゃあ、明日はお願いね」
「わかりました。では失礼致します」
私は一礼すると用意された客室にメイドと共に向かったのだった。
翌朝、明け方に近い時刻に起こされた。リヒテン殿下がいらっしゃるから着飾らないといけないらしい。浴室に放り込まれる。体の隅々までピカピカにされた。マッサージを施され、やっと入浴が済んだと思ったら。髪に香油を塗りこまれて延々とブラシで梳かれた。次にコルセットを装着してぎゅうぎゅうに締め上げられる。ドレスを用意された。薄紅色のタートルネックで長袖のタイプだ。これを着た上で髪も結い上げてお化粧して。身支度が終わる頃には十の刻になっていた。もうヘトヘトだった。メイドが気を利かせて紅茶と軽食を持ってきてくれる。それをつまみながら正午になるのを待った。
正午近くになり兄付きの執事が呼びに来た。
「……お嬢様。殿下がお越しになりました」
「そう。わかったわ」
頷いて客室を出た。執事の先導で一階に行く。履き慣れないハイヒールなのでゆっくりと階段を降りた。エントランスホールに着くと既にお客様が来ているようだ。兄とティエラ様が応対している。私は二人に声をかけた。
「……兄上。ティエラ様。お支度ができました」
「……あ。メルローズさん。ちょうど良かったわ」
先にティエラ様が気付いてこちらを振り向いた。兄も少し遅れて振り向く。
「おお。メルローズ。身支度ができたんだな」
「はい。あの。そちら様は?」
「……こちらは今日のお見合い相手のリヒテン殿下だ」
兄が手で示して紹介する。私は一歩、二歩と兄夫妻に近寄った。ティエラ様の隣まで来ると目の前には背の高い男性が佇んでいた。
「……ああ。ウィリス候爵。こちらが妹君ですか?」
「ええ。妹のメルローズです」
男性はウィリス候爵こと兄に訊く。兄も私の紹介をした。男性はふうむと頷くとこちらに微笑んだ。
「……初めてお目にかかるね。メルローズ殿。私はリヒテン・イグラスという。よろしく頼む」
「……初めまして。メルローズ・ウィリスと申します。以後お見知り置きを」
私はそう言ってカテーシーをする。男性ことリヒテン殿下は金の髪にちょっと鋭い感じの切れ長な青い目の美丈夫だ。それに驚いたのだった。