2話
私は王都に行くために馬車に乗った。
メイドのマリー達はもう一輌の馬車に乗っている。私用の馬車とメイド達用の馬車の両方に荷物が一緒に詰め込んであった。ちなみに私用の馬車には付き添いで執事のレアンが乗っている。護衛も兼ねてだが。留守はレアンの妻と息子が任されていた。レアンは私より一回り上で50歳だ。
「……メルローズ様。今回は驚きましたね」
「……ええ。レアンも付いてきてくれてありがとう。私1人だけだったら退屈していたところよ」
「それはそうですね。私もメルローズ様の事が心配でしたので」
そう言うとレアンは苦笑する。白いものが混じった黒髪を撫でつけている。灰色の瞳も相まって地味な印象を受けるが。彼は穏やかで温和だ。けど剣術の腕は兄や父以上かもしれない。それくらいレアンは信用できる男ではあった。
「王都に着きましたら兄君がお待ちだと思います。とりあえず、ウィラード様のお屋敷で一時休憩なさったら。その後でリヒテン殿下とお見合いという手はずになっています」
「そう。王都に着いた当日にお見合いね。急ぐわねえ」
「殿下側も確実にお見合いを成功させたいのでしょうね」
レアンはちくりと皮肉を言う。私もそうかもねと苦笑混じりに頷いた。馬車は走り続けたのだった。
あれから、2日は走った。王都まで後もう少しになっている。この2日間はずっと馬車で寝泊まりしたのでそろそろ宿屋で休みたかった。メイド達もそうだろうと思う。
「メルローズ様。後1日もしたら王都に着きますよ」
「そうなの。じゃあ、心構えはしておかないとね」
レアンの言葉に返答すると私は馬車の窓から見える景色を眺めた。もう木々と田園風景だけではなくちらほらと民家や石造りの建物などが見え始めている。王都に行けば、たくさんの人通りがあるだろう。人酔いしないか心配だ。
「……レアン。私、王都に来たの何年ぶりかしら。もしかしたら10年くらいは経っているわね」
「……そうでしょうね。メルローズ様の夫君とご一緒に王都に行かれていたのがつい昨日のようです」
「ええ。私もそれは思ったわ。もうあの人は夫ではないけど」
「……失礼しました」
「いいのよ。それよりリヒテン殿下はどんな方かしらね。気になるわ」
私が好奇心をむき出しにして言うとレアンも笑った。
「それは私も気になっていました。どのようなお方でしょうね」
「……美男だとは聞いているけど。性格までは会ってみないとわからないし」
「確かに言えていますね。メルローズ様。リヒテン殿下が良いお方だったら私も文句は言いません」
レアンの言葉に私はちょっと笑ってしまう。彼なりに緊張を解そうとしてくれているらしい。
「……ありがとう。レアン」
「何のことでしょうか。私は何もしていませんよ」
口ではそう言いつつもレアンは笑みを浮かべた。彼の気遣いに私も笑みを浮かべたのだった。
宿屋で一泊した後、朝早くに出立する。この日の夕方にやっと兄であるウィラードの屋敷に着いた。兄は義姉と子供達、家令、メイド数人と共に出迎えてくれる。
馬車からレアンのエスコートで降りた。まず、兄と義姉が近づいてきた。義姉は銀色の髪に紫の瞳の儚げな美女だ。背は私よりちょっと小柄だが。性格は明るくて元気な人だった。
「……よく来たな。久しぶりだ、メル」
「……ええ。お久しぶりです。兄上」
兄と挨拶を交わす。義姉もはちきれんばかりの笑顔で話しかけてくる。
「お久しぶりね。メルさん!」
「はい。お久しぶりです。義姉上」
義姉に答えるも兄が注意した。
「……ティエラ。大声で挨拶するなといつも言っているだろう。メルも驚いているじゃないか」
「もう。ウィルも細かいんだから。元気よく挨拶するくらいはいいではないの」
相変わらず、兄夫妻は仲が良い。義姉ことティエラ様は私よりこれでも4歳は上だ。けど見えないので不思議だった。
「……メル叔母様。お久しぶりです」
次に挨拶してきてくれたのは兄夫妻の子供達--長男のエリオン、次男のオリバー、長女のトリーシア、次女のナディアだ。エリオンが17歳、オリバーは15歳、トリーシアが14歳、ナディアは12歳だった。
「ええ。お久しぶりね。エリオン、オリバー、トリーシア、ナディア」
「エリ兄はいいよなあ。メル叔母様と一番に挨拶できて。僕はどうしても後回しだし」
「うるさいぞ。オリバー」
エリオンにオリバーは小突かれた。私は案外仲の良い二人に目を細める。トリーシアとナディアは苦笑していた。
「あの。兄様達がうるさくてごめんなさい」
「いいのよ。気にしていないから。それにしても大きくなったわね。シア」
「ええ。私も14歳だもの。叔母様もお元気そうで何よりです」
シアことトリーシアはにっこりと笑った。その笑顔が母であるティエラ様によく似ている。
「……叔母様。あたしとも後でいっぱいお喋りしてくださいね」
「そうね。ナディアとも本当に会うのは久しぶりだものねえ」
「ええ。あたしも婚約者が決まったから。今年からちょっとはレディーらしくしないと」
ナディアはそう言って屈託無く笑った。根っから明るいのは変わらないようで私は安心したのだった。