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4,PAST―過去―(2)inボーイ



 2058年。

 ヨーロッパ大陸北西部に、スカンディナヴィア共和国が存在する。

 そこは嘗ての“スウェーデン王国”“ノルウェー王国”“デンマーク王国”の三ヶ国が合併した、一つの国である。

 その『スカンディナヴィア共和国』、通称『スカンディナ』の“オスロ”“ストックホルム”“コペンハーゲン”の三つの首都のうち、ストックホルムに青年の家族は暮らしていた。




「お兄ちゃんたら、よく野生動物保護ボランティアなんてやってられるわね」


 七つ年下で18歳の妹の言葉に、青年はスニーカーを履きながら言い返す。


「モニカこそよくも飽きずに音楽を聴いていられるな」


 片時もプレイヤーを離さず、コードレスイヤホンを耳に当てている妹、モニカは兄に言いやられて言い返す。


「だって好きだもん」


「僕こそ大好きだからさ」


 青年は答えて立ち上がった。


 そして、大きな旅行ケースを片手に持つと、背後にいる妹と母親へと振り向いてみせる。


「じゃあ行ってくるよ。いいかい。僕がいないことをいいことに、我がアルバラード家を汚すような真似だけはするんじゃないぞ」


 遊び盛りの妹に声をかける。


「はいはい、全くお兄ちゃんは出かける前まで厳しいんだから。それ以上説教したら、アルバラード家を首にするよ」


 モニカは首元で親指の先を横切らせて見せる。

 そんな妹に苦笑する兄に、母親も声をかけてきた。


「気をつけて行ってくるのよ。いくら行き先がタスマニアと言っても、危険はつきものなんだから」


「大丈夫さ母さん。マダガスカルやガラパゴス、セイロンなどでも飛行機には随分慣れた。じゃあ、父さんによろしく頼むよ」


 青年は家族に別れの言葉と、仕事で家を留守にしている父親への伝言を告げると、我が家を後にした。


 21歳の時に、国連直属の野生動物保護ボランティアに入ってから、海外に行ってばかりでここ4年、まともに実家に戻る回数は少なくなっていた。

 タスマニアには以前一度は行っていたが、再びこうして行くことが出来て本人は、喜んでいた。

 動物と触れ合うことがとても大好きな青年だった。

 彼の優しい心に、動物達は短い時間で親しみを抱いてくれる。

 今年で25歳を迎えるものの、青年の顔は幼かったのでよく10代の少年に、間違われることが多かった。

 

 透き通るエメラルドブルーの瞳に、イエローブラウンの髪はすっきり襟首でショートにカットされている。

 よく前髪を掻き上げる癖があったので、真ん中から両側に分かれていた。


 青年はタクシーに乗り込み、空港に着くと搭乗手続きを済ませて早々、ターミナル内でくつろぐ。

 他のボランティア仲間は一足早くタスマニアに飛び立っていて、今頃は動物を相手にしながら青年が到着するのを待っていることだろう。


 青年には恋人と呼べる女性は、今のところいなかった。

 ボランティア仲間の中に、彼へ想いを寄せる女性がいるのだが、当の本人は動物に愛情を注ぐのに必死で気付いていない。

 この調子だと、そのうち動物相手に恋愛感情を抱いてしまい、近い将来新種の生物(キメラ)が誕生しないかとさえ思ってしまう。


 やがて搭乗時間になり、青年は飛行機に乗り込んだ。

 自分の指定席に座り、落ち着く。

 

 一年前に保護したウォンバットの子供は元気だろうか。

 もう大きくなっただろうな。

 

 思い出に浸りながら思わず微笑を浮かべている青年を他所に、彼を乗せた飛行機は離陸した。

 これから起こる出来事を積んで……。


 飛行機にはだいぶん乗り慣れても、乗り物酔いはいつまで経っても慣れない。

 こういう時はひとまず仮眠でもして、自らを誤魔化すに限る。

 青年は体勢を楽にすると、目を閉じた。

 微かに響くエンジン音が、心地良い眠りに誘い、青年は早々にウトウトし始めた。


 そんな浅い眠りの中で見た夢は、今とは全く違った舞台の風景だった。

 重々しい足取りで往来するロボット達の中に、一人の少女の後ろ姿があった。

 その少女は、ゆっくりと振り向きながら言った。


「人間ニ……戻レルノヨ……『Boy』」


 まだ少女の顔は完全に、正面へと向けられていないのにその言葉だけがいち早く青年の耳に届き、そして周囲に軽やかな鈴のようにリンと響き渡った。

 

 君は……一体誰なんだ?

 人間に戻れるってどういうことだ?

『Boy』って一体……。


 やがて、ようやく少女の顔が完全に正面へと向いたと同時に、不気味なデザインのロボットがその間に割って入って現れ、少女の顔が隠れて見ることが出来なかった。

 そしてそれに驚いた青年は後ろへ飛び退き、そのままバランスを崩してガタンと体が大きく傾いた。


 それに驚いて青年は目を覚まして、飛び起きた。

 

 何て……リアルな夢だったんだ……。


 青年の体は、まるで全力疾走をした後のように汗でグッショリ濡れていた。

 全身を駆け巡るように、鼓動が大きく脈打つ。

 息苦しく感じるのはその負担のせいだろうか?

 乱れた呼吸を整えながらそんなことを考えつつ、ふと機内の騒ぎにようやく気付いた。


『エンジントラブル発生の為、機体のバランス不能! このままでは落下する恐れあり! 乗客の皆様は乗組員の指示に従って……』


 パイロットの機内放送を耳にしながら、夢の中でバランスを崩したのは、実際に機体が傾いたのと重なったせいかと、意外と冷静に思う。

 周囲がパニックに陥っているというのに、自分でも奇妙に思うぐらい、今の青年は落ち着いていた。

 そして、激しい爆音を響かせながら落下する機内のシートで、青年は再び夢のことを思い出していた。


 ――まるで、自分の未来を見た気分だ――


 何が起こったのかすぐには、分からなかった。

 だが、飛行機が墜落したのだと気付く。

 同時に、意識を繋ぐ糸は切れ、青年の生命は絶たれた。




 そうか……僕は死んだんだ……。

 何も聞こえない。

 何も感じない。

 とても遠くで何か話し声らしいのが微かに聞こえるが、何を話しているのかまでは聞き取れない。

 苦しい……苦しいな……。

 なんて苦しいんだろう。

 ああ、そうか、ここは僕の体の中だ。

 全生命機能停止してしまった、僕の肉体の中なんだ。

 だから苦しいのか。

 酸素が入ってこないから。

 早くここから出ないと苦しさに耐え切れず、魂が壊れてしまう。

 そうなると元に戻るまで長い時間がかかるから、早くここから出てそれを避けなくては。


 青年の魂は肉体から脱出する為、浮上しようとした。

 すると、少しずつ周囲の生命機能が動き始め、ほんの僅かずつ酸素が体内に流れ込んできた。

 

 ダメだ。

 まだ足りない。

 まだ酸素の量が足りない。


 青年は微かに流れてくる酸素を辿り、グングン浮上する。

 そして、必要量の酸素を取り入れるところまで浮上した瞬間、パシンと何かが弾けて青年の魂の意識は一瞬途絶えたのだった。




 ――気が付くと寝台に横たわり、彼の周囲を5~6人の見知らぬ者達が取り囲んでいた。


 あれ……? 

 ここは……どこだろう。

 僕は一体どうしたんだろう。

 何があったんだっただろう?

 僕……僕は……一体誰なんだ?

 分からない。

 何も分からない。

 何一つ。


 青年は無言のままゆっくりと上半身を起こすと、周囲を見渡した。

 すると、一人の若い男が細く鋭い目つきを向けて、静かに彼へと言った。


「やぁ。お目覚めはいかがかな? No,ZEROサイボーグ『Boy』よ」


 ボーイ……?

 僕の名前……ああ、そうなんだ。

 僕は一度死んで人造人間として生を受けた“暗殺者”『Boy』だ。


 青年の脳内に埋め込まれているマイクロチップが、そう彼に教え込んだ。

 だが、どうして死んだのかまでは知ることはなかった。

 自分が何と言う名の人間で、どう生きていたのかさえも。

 だからなのだろうか。

 或いは“暗殺者”の使命のせいなのだろうか。

 嘗ての優しく穏やかな表情の彼が、この時は微塵も感じられない。

 

 無表情でいつしか本来のエメラルドブルーの瞳から、残酷さを感じさせる深紅の瞳にすり替えられ、青年はまさに“暗殺者”に相応しいまでの冷ややかな表情に変わり果てていた。

 温もりを与えてくれるイエローブラウンの柔らかい髪も、必要以外の親交さえも己への関わりの一切を拒絶するような、肩までの長さをした白髪になっていた。

 だが、周囲の人間以外に、別の微かな体温を感知した彼は、それが衰弱していると認識し、だからこそ早く見つけて助けたいという優しい心を失くしてはいなかった。

 

 彼は、静かに寝台から降り立つと、物陰の白いシーツに歩み寄りそれをめくった。

 物陰に身を潜めるようにいた、その幼い男児は弱々しげに青年を――『Boy』を見つめると、恐怖からかポロポロと幾つもの大粒の涙を零した。



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