3,FACT―真実―(1)
「私は22年前、この人造人間の……NO,ZERO『Boy』の研究にいたんだ。いや、寧ろ知ってしまったと言う方が相応しいかな」
邑瀬要は淡々と語り始めた。
「私はある一人の女を捜していたんだ。ずっと捜し続けていた。女には恋人がいて、その恋人とやらが科学者だった。だから幼い私はきっと女は恋人がいる研究所にいると思った。その為にある研究所に忍び込み、女を捜し続けたが見つからなかった。やがて疲れきった私は、ある部屋の物陰に身を潜めていると眠ってしまった。しばらくすると5~6人の大人達が部屋に入ってきて、部屋のライトで私は目を覚ましたが、そいつらの雰囲気に怯えてずっとその場に小さくなって身を潜めていた。まず、真っ先に目に入ったのはお前の姿だった」
要はそう言って、ボーイを睨んだ。
「……僕を……見ているの……?」
ボーイは戸惑いつつ要に、改めて聞き直す。
要はフンと鼻を鳴らすと、ゆっくりと琴音=カレン・ウィンタースとボーイの側へと歩み寄って来た。
そんな要を、琴音は息を呑んで警戒する。
しかし彼女の様子を他所に、二人が身を寄せ合って座っているソファーの向かいに、要は腰を下ろす。
そして前屈みで指を組んだ両肘を、膝に突くと言い放った。
「貴様はその時血塗れで、真っ赤に染まっていた」
琴音とボーイの顔が青褪める。
「私は怖くて、目を逸らしながら思ったよ。俺が捜している女の愛する男は、こんなことをしているのかと。俺が物陰で怯えているのを気付かずに、お前の人造人間の手術は着々と進んでいた。その時、一人の男がこう言ったんだ。“丁度いい時に死体を手に入れることが出来たものだな。死んで数時間経過していたらアウトだったが、たった今死んだのを私の息のかかったレスキュー隊員に運ばせたばかりだから、条件の良い材料になる”とな。その時私は思ったよ。今見つかったらきっと自分もこいつらの実験材料にされちまう。だからそうならないように、必死で息を潜めて身動き一つしなかった」
長々と話す要の語りを、いつしか琴音は真剣に聞いていた。
「どれくらい時間が経っただろう。随分してから、連中はお前を残して出て行った。俺はしばらく様子を見てからゆっくりと立ち上がって、その場から4mぐらい先の寝台に横たわるお前を見ていた。初めて見た時よりもだいぶん血は洗い流されていて、お前の顔がよく分かった。怖くて堪らなかったよ。小さな頭脳で必死に考えて結果、再び元隠れていた物陰に戻り、その上から白い布を被って横になると、精神的に疲れたせいかそのまままた、眠ってしまった」
要はここまで話すと、前屈みになっていた体をゆっくりと起こしながら、ソファーの背凭れに身を任せた。
そして改めて周囲を見渡しながら、誰にともなく訊ねる。
「このインテリアは誰が?」
「……私よ」
琴音がボソリと呟く。
「成る程。いい趣味だ」
要は言いながら少し離れて横になっている犬を、手で呼び寄せる。
「……で? それからどうなったの?」
琴音は苛立ち気味に聞いた。
「ようやく私の話に集中してくれたな。……ナンバーゼロがそんなに気になるか」
要は犬の頭を撫でながら言う。
「……私はただ真実を知りたいだけよ」
「知ってどうする? きっと君は悲しむぞ」
「先に話し始めてきたのはあなたでしょう!!」
「ねぇ、ケンカは良くないよ」
要と琴音の言い争いに、ボーイは慌てる。
そんなボーイの言葉に、要はクックックと喉で笑うと言い放った。
「初めて私と琴音の間に話を割ってくる者が出てきたな」
「いいから早く話を続けなさい!!」
「まぁ落ち着いて」
喚く琴音に、ボーイは顔を引き攣らせながら怒りを静めようとする。
そんな琴音を愉快げにクスクス笑っていたが、一息吐いて落ち着くと要は、再び話の続きを語り始めた。
「まぁ細かい部分は省略して、何はともあれお前は着々と完成していった。その間、私はその部屋から出るに出られず、一週間を過ごしたよ。死にそうな思いでね。ある日さすがにもう駄目だと思った私を見つけ出したのは、完成して動けるようになったお前だった。弱り果てていて、あれだけ恐れていたお前にもう抵抗する力も残っておらず、殺されるかと思って泣いたよ」
ここまで言った要に、目を丸くしてボーイが呟いた。
「……そこ知ってる。そうだ。僕が初めて目が覚めて、真っ先に見たのは僕を改造した科学者達。そして、僕の中の体温センサーがそれとは別にある、弱々しい体温をキャッチして……君はあの時そこにいた、あの子供だったんだね」
ボーイは要に当時の弱りきった幼い子供の面影を重ねて見ると、フワリと優しく微笑んだ。
だが、そんなボーイの優しさある微笑みを冷ややかな瞳で跳ね返すと、要は今の自分はあの頃とは違うと言うように口を開いた。
「……まさかあの時助けてくれた命の恩人と皮肉にもこんな形で再会しようとはな」
要は冷めた表情で言い、チラリと琴音に視線を送った。
「その時は意識は朦朧としていたが、しばらくして一人の女科学者が私の為に果物を持ってきてくれた。その女性こそが琴音、君の母親になる人だったんだ。無我夢中で食べる私を君の母親は、優しく見守ってくれた。ナンバーゼロと他の科学者達もしばらく私の様子を見ていたようだが、ある程度私が落ち着いたのを見計らって、一人の男がこう言ったんだ。“では、ナンバーゼロのプログラムテストをしようか。標的はこの子供だ”とな。その男こそ、君の父親である“フレデリック=ユーグ・ウィンタースだったのさ。正直当時の私にはよく意味は分からなくとも、成長するに連れてその時の記憶の意味は分かってくる……」
要の記憶は今、確実なまでに鮮明に思い出されていた。
まるで一つのヒントを得て、次から次へと謎が解ける推理のように。




