16,My Boy―そして時代は歴史へ―
「カレンお嬢!!」
「……ツァンデルさん!?」
「誰だお前は!?」
ボーイは琴音=カレン・ウィンタースを庇うように、前へと立ちはだかる。
「大丈夫よボーイ。彼は軍の総帥、カート・ツァンデルさんよ」
「探したぞ! この騒動の中でゆっくり自己紹介は後だ! さぁ早く俺とともにこの場から離れるぞ!」
「でも……!!」
ツァンデルに手を掴まれながら、琴音はボーイ達を見やった。
「……ミス琴音を……よろしく頼みますぞ総帥殿」
アポカリプスはいつの間にか側にいて言うと、ふと微笑んだ。
「琴音! 我々ヲ創ッテクレテ本当二アリガトネ!」
「我々絶対琴音ノコト忘レナイネ!」
二体の小型ペットロボット、アド&ニスも琴音と同じ目線の高さまで飛行すると、交互に言った。
「そんな!」
琴音は言ってボーイを見つめた。
「……僕も、君に逢えて良かった」
静かな口調で、ボーイはそっと微笑むと言った。
「嫌よボーイ!! あなたまで死ぬなんて!! 私と一緒に来るのよ!!」
琴音は半泣きになって喚く。
「それに私は貴方のことを……!!」
琴音はここまで言うと、ふと言葉を切った。
「……もういいよ。琴音。君が今何を思ったか、僕は知っている。君は……本当は僕のことなんて愛してはいない。君は僕への慈悲と愛情の区別がつけないんだ。僕に向けていた想いは“特別な好意”。恋愛とは、違う」
ボーイは言うと、ふと悲しげに微笑んだ。
「いいえ違うわ!!」
「じゃあ僕に愛していると、恋焦がれていると、言えるかい!?」
「……言えるわ……」
少々自信なさそうに、小さく琴音は呟く。
「……意地を張るなよ。君が躊躇する理由は、口にする瞬間あの子のことを思い出すからだ」
ボーイの言葉に、琴音は目を見開いた。
「……君が愛しているのは、僕なんかじゃない。――要くんの方だ」
「うぅ……っ!!」
琴音は驚きと同時に、ボーイの言葉によってようやくそのことをはっきりと自覚させられ、声を出して泣いた。
「……所詮人形はガラクタとして棄てられる……。人形には人形の、還る場所がある……。僕は……もうどう足掻いたって人間には戻れないんだよ。だって僕は……もう人間としての命をとうに失っているのだから」
ボーイは静かに呟くと、一筋の涙を零した。
そんな二人を、アポカリプス達は優しく見守る。
ロボット達からは、マザーがケーブルなどで彼女らを守ってくれている。
「でも、あなたには生きてほしいのよ……」
琴音は声を詰まらせながら言うと、涙目でボーイを見つめた。
「ありがとう。……でもそれだけで十分だ」
ボーイは静かに首を振りながら、ゆっくりと後ずさった。
「お願い……! 行かないで……!」
琴音も泣きながらゆっくりとボーイに歩み寄り、互いの距離を縮めようとする。
そんな彼女を、ツァンデルが引き止める。
「……どうしたら僕のことを諦めてくれる……? もうこれ以上僕を苦しめないでくれ……君なんか……お前なんか、大っ嫌いだ!!」
ボーイの言葉に、琴音はへたり込んだ。
「……大っ嫌いだ……お前なんか……大……」
――大……好きだったよ……。
そう密かに思うとボーイは、彼女へと背を向けゆっくりと顔だけで振り返ると、フワリと微笑んだ。
「バイ……琴音」
それが……未だあどけない少年の表情を持った、赤い瞳に白髪の青年の、彼女に向けられた最後の言葉だった。
呆然とする琴音の後に、彼らはネオジェネレーション研究所の中へと姿を消していった。
そうして、彼らが入っていった研究所全体を、優しく抱きしめるようにマザーが伸ばす幾数本もの触手のごとき配線が、静かに包み込むのであった。
「ボーイ……ボーイ……」
何度も彼の名を呟く琴音を引きずるように、ツァンデルは辛そうな表情で引っ張った。
「行くぞお嬢……来るんだ……」
――マザーのある最深地下に到着したボーイ達は、無言だった。
だが、すぐにアポカリプスは顔を顰めて、マザーの正面へと足早に進む。
そしてスッと片膝を突くと、そこに残っている大量の血溜まりのみに、指先を浸しながら静かに言った。
「マザー。貴女の仕業ですね」
するとそれに答えるように、リンとした軽やかな心に響く優しい声が、薄暗い地下に響き渡った。
「だって、あたくしを生んでくださった偉大な方ですものね。……大丈夫よアポ。あなたの任務はきちんと達成されたわ。Dr,ユーグ様の中にいらっしゃった別人格の方は確かにあの瞬間に死んで、ユーグ様の中から消滅したのだから。例えあの方がまだ生きていらっしゃっても、とりあえず殺したことにはなるはずよ」
「そうですかねぇ……」
溜め息を吐くアポカリプス。
「そうそう♡」
少々いい加減な口調でマザーは答える。
「しかしながらナンバーゼロよ。そなたの気持ち……どうやら感情欠落のコンピューターである我にもなぜか、しっかり感じ取れたぞ。確かに、ウィンタース様のおっしゃられた通り感情とは、複雑なものだな。苦しさのあまり我は思わず戸惑ったぞ」
彼女は静かに言うと、ふと笑った。
「うん……そうだな」
ボーイもふと笑うと、側にいたペットロボットに手を伸ばす。
「君達とは少ししか一緒にいてあげれなかったな。ごめんよ」
「嫌ダナァ! 十分楽シカッタネー!」
「ソウネー! 謝ラレルト困ルネ」
アド&ニスは交互に言うと、ボーイの腕の中に降り立つ。
「では……参るぞ」
アポカリプスが静かに言った。
「……ああ」
その言葉にボーイも頷く。
「あぁ~ん! もうこれまでの生活とはお別れね。せっかく楽しかったのに。琴音ちゃんもホントかわいくて……」
そう言いかけるマザーの巨体を、アポカリプスはボーイを気にして慌ててガンッと足蹴する。
「痛ぁ~いじゃないのぉ!!」
喚くマザーを他所に、ボーイはペットロボットを床に下ろしながら片膝を突くと、祈るように最後に思った。
――琴音……本当に君の事を……愛していた――
――カカッ!!
白い閃光が一気に光ったかと思うと、物凄い大爆音とともにネオジェネレーション研究所は爆発し、黒い煙を吐き出しながら紅の炎が舐めるようにして一気に燃え上がった。
ある程度距離がある所まで来ていた琴音達も、その爆発の衝撃波で思わずよろめく。
そして、琴音はおそるおそるとその方向へと体を向けて、ボーイの消えていった研究所を焼き尽くす超巨大な火炎を目の前にして、まるで彼への想いを全て吐き出すかのように、大きな声で炎に向かって叫んだ。
「ボー……イィッッ!!」
……その名前の主の返事は、もう二度と聞くことはなかった……。
……それから、いくつもの月日が流れていった。
ネオジェネレーション研究所を焼き尽くす炎は約3週間も続いていた。
多くの人類達がそれを見守り、多くの人類達が地下から地上へと出てきた。
その時、嘗てのボーイ……いや、“ソウジュ=ウィル・アルバラード”の甥に当たる、妹モニカの息子である同じく同姓同名のソウジュJrに偶然、琴音はすれ違う。
「あのバニーの兄ちゃん、あれどう見ても人間じゃなかったよな。もしアンドロイドなら、あいつもあそこで死んじまったのかな」
燃え上がる炎を遠くから見ながら、母親に言うソウジュJrの背後を通り過ぎてから琴音は、目の端に映った彼の顔に驚愕を覚える。
チラリと見えた彼の顔は、黒髪と碧眼を除けばボーイに瓜二つだったからだ。
だが、すぐにボーイが話して聞かせてくれた、妹の息子のことを思い出すと納得した。
すると息子の真後ろを歩く琴音の視線に気付いた母親、モニカは彼女の方へと振り向くとニコリと笑って見せた。
「もしかしたらあたしは、ソウジュお兄ちゃんと最近出会っていた気がするよ」
それだけを述べて、再び炎の方へと視線を戻す。
別に琴音が誰なのかは分かってはいなかったものの、偶然そこにいた彼女に深い意味なく独り言のように述べただけだろう。
琴音は、表情一つ変えることなく無言でその言葉を聞きながら、歩き続ける足を止めることなくぼんやりと、視線を進行方向へと戻したのだった。
父親のフレデリックは、命は助かったもののそれ以来まるで魂が抜けたように無言になり、そしてこれまでの記憶一切を失っていた。
下半身不随となり、その後の人生は車椅子の生活を過ごし、娘や周囲の言葉にとりあえず首を動かすことで答えるものの、表情はほんの僅かでさえも変えることなく娘の琴音に面倒を見てもらう日々を送った。
……あの日、フレデリックはアポカリプスの手によって倒れたが、その後マザーが事の発生をコンピューターで軍司令室に知らせ総帥、カート・ツァンデルを呼び出してくれたおかげで、彼に救出され生き延びることが出来たのだった。
そして琴音はその後、ずっと眠り続ける邑瀬要に付きっ切りで見舞い、彼が彼女の名を口にしながら目覚めた時、安堵して笑顔を見せて言った。
「本当はこの六年間、初めて貴方と出会った時から、私は貴方のことを愛していたのよ。要……」
その事に気付かせてくれたのは、嘗ての人造人間だった。
それから琴音と要はようやくお互いの愛を確認し合い、ともに喜び合った。
……しばらくは人造人間との思い出が二人の中にあったものの、次第に年月の砂がそれを埋め尽くしていくのだろう。
そして琴音と要の間に一人の男の子が誕生し、名前は――……『Boy』と名付けられた。
ボーイが両親の愛情を一身に受けて育ったのは、言うまでもない。
“フォースジェネレーション”時代が壊滅した今、人類達が、そして地球がどのようになったのかは、君達の想像にお任せしよう。
これからの世界を築いていくのは、君達なのだから……。
――END――




