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9,MOTHER―神が宿る場所―



「琴音」


 邑瀬要(むらせかなめ)は地下部屋にあるボーイのベッドで泣いている琴音(ことね)=カレン・ウィンタースに声をかけた。


「……よくあのお父様がここに入れてくれたわね……」


 彼女は力なく呟く。


「私が訪ねた時にはいつものウィンタースさんに戻っていたよ。しかも、プライベートラボのロックが破壊されていたおかげで、ここまで来ることが出来た。おそらくウィンタースさん本人が、主人格に戻った時に自分でロックを破壊したんだろう。……話はあの人から直接聞いたよ。本人もよほど君を傷つけたというショックが大きかったのだろう。しばらく君の側から離れるらしい」


 要はベッドに伏せたままの彼女へ、静かに言葉をかける。


「分かってるわ……。あれが本当のお父様じゃないことは。でも、ひょっとしたら本当にああいう人物だったんじゃないかしらって不安で……。それに……っ、お母様の、本当の死因……っ! 自殺だったなんて……っっ!! あんなに、あんなに、当時の幼い私から見てもお母様が心からお父様を愛しているのが伝わっていたというのに、お父様に付いていけずに自殺ですって!? もう何が何だか、何も、何も信じられなくなりそうで怖いのよ!!」


 彼女は叫ぶと、更に大量の涙を零しながらベッドから顔を伏せていた身を起こして、顔を両手で覆った。


 ……何も……信じられなくなりそうで、か……。


 要は無意識に、彼女を優しく抱きしめていた。


邑瀬(むらせ)教授……」


 彼の行為に琴音は少し驚き、今までの彼の行動を知る彼女は戸惑いを覚える。

 だが、それでも彼の優しさが心地良い。


「……君の母親は、私の理想の母親像だったよ。優しくて、思いやりがあって子供好きで……。少しの間だけだったが、私は君の母親の優しさに触れた。温かい女性(ひと)だった。そんな母を持った君は恵まれている方だ。ああいう母が、私にもいたら……人生も変わっていただろうに」


 要は言うと、ゆっくりと彼女から体を離す。


「それに……ああいう人でも、ウィンタースさんは君を愛情持ってここまで育ててくれた人だ。そうでなくては、君は今の君には育ちはしない。少なくとも温かい母親がいて、優しい父親に育ててもらえた君は幸せの方だ。とにかく自殺の理由が何にせよ、君の母親は愛に一途な人であったと、私には解かる。だから、きっと最後まで君の事は勿論、ウィンタースさんの事を愛していたはずだ。そうでなくては、あんなに優しい女性(ひと)が、ナンバーゼロの改造を手伝ってまでウィンタースさんに付いて来たりはしないだろう。愛に一途だったからこそ、彼の妻となり、そして君を生んでくれた。そう……あの人を愛していたから、愛する男の子供を……君を、生んだんだ。だから自殺の理由は、もっと別な、奥深い所にある筈さ」


 そう。

 すれ違いながらもお互いに愛し合う、二人の男女が出してしまった奥深い理由……。


 要は彼女の両肩に、優しく両手を置いて言うと、ニコリと笑って見せた。


「……ありがとう……邑瀬教授……」


 琴音は、思いがけなかった彼の優しさに、だいぶん心も安らいだ。

 そんな彼女の言葉に、苦笑しながら彼は言う。


「ああその、“教授”って言うのは、やめにしないか? 要でいい」


「で、でもあなた私より年上だし、それに私はあなたの生徒でも……」


「それは大学での立場であって、それ以前から私と君との間に身分なんてなかっただろう。年上を敬うつもりで呼び捨てられないと言うのなら、ナンバーゼロはどうなる。私より遥かに年上だぞ」


「あ……そうだわね……」


 二人は言葉を交わすと、互いに目を合わせてクスリと笑いあった。


「ごめんなさい。今まですっかりあなたを毛嫌いしてしまって。本当は優しい人なのね」


 琴音は、今まで自分が取った彼への態度に恥じらいを覚える。


「無理はない。何たって私は“性欲異常(エロトマニア)”だからな」


 彼はゆっくり立ち上がり、少しだけ彼女から離れると、以前彼女に言われた言葉を皮肉っぽく口にする。

 その彼の言葉に、思わずプッと吹き出すと琴音は悪戯っぽく、彼を見上げた。


「アハ! そーよ。あなたはエロトマニアなのよ! 例えあなたへの態度は改めても、ちゃーんと注意して接近するようにしなくっちゃねぇ……」


「仕方がない。今度からは、君だけに徹底的に集中して、女遊びをやめるか」


「下品!!」


 ニッと笑って言う彼に、琴音は手元にあった何かを掴むと、投げつける。


「おっと!」


 要は慌ててそれをキャッチすると、目をぱちくりさせた。


「……何だこいつは」


 するとそいつ(・・・)は、要の手の中で言葉を話したのだ。


『ハァ~イ! 初メマシテ! オ手伝イロボットノ“アド”デース!!』


 今度は続いていつの間にかしっかり要の足元にいる、もう一体のロボットも発言する。


『“ニス”デース☆』


「……私そんな名前つけたっけ?」


 琴音は首を傾げる。

 ちなみに、今この小型ロボットが名乗った名前は二つ合わせて『アドニス』と言って、ギリシャ語で“美少年”“色男”の意味だ。

 どうやら、小型ロボット達は己を“色男”として勝手に、相談して決めたらしい。


『コレデ世ノ女達ハボク達ニメロメロ夢中ノ真ッ只中デース!!』


 などとすっかり目を光らせて気合いが入っているようだ。


そんな事より(・・・・・・)


 そう言った要に、手の中にちゃっかり納まっていた一体のロボット“アド”はポイと投げ捨てられると、あっさりこの二体の存在は無視されてしまった。


『“ソンナ事”トハ何デスカー!!』


『サテハボクラノ色男(アドニス)ブリニ嫉妬(ジェラ)ッテマスネ!?』


 口々に文句を言うロボットを他所に、要は言葉を続ける。


「あのナンバーゼロは何と人間年齢で数えると、実は47歳。ウィンタースさんと一つしか年が変わらない事が分かった」


 言って要は、琴音が腰を落ち着かせているベッドに、持ってきたタブレットを向ける。


「こいつを見ろ。ナンバーゼロに関する資料だ」


 琴音はおもむろにタブレットを覘き込む。


「あいつは生前、スカンディナヴィア共和国のストックホルムにある、アルバラード家の息子として2033年生まれ、七つ年下の妹がいる。妹の名は、モニカ・アルバラード。生きているなら現在40歳だ。ごく普通の家庭だったらしい。死ぬ前までは国連直属の野生動物保護ボランティアをしている」


 当時のヘアカラーはイエローブラウンで前髪は真ん中から両サイドに分けたショートヘア。

 目の色はエメラルドブルーの顔写真が掲載されている。


「髪と目の色を除けばこれと言って今のナンバーゼロと顔の変化はない。まぁだいぶイメージは変わるだろうがな。で、ボランティアの為に乗り込んだ飛行機がエンジン爆発により墜落。この事件は事故ではなく、人為的に爆発するように仕掛けられてあった事で、後にも有名な事件だ。さて、ナンバーゼロ、この時25歳。本名は……」




 ――NGT研究所の地下深くにあるマザーコンピューターのある部屋。

 そこにフレデリックの姿があった。

 マザーは世界中の全てのコンピューターと繋がっており、マザーの存在で今のコンピューター時代、『フォースジェネレーション』は成り立っているのだ。

 全世界のコンピューター情報を記録し、そしてその中心である。

 マザーの大きさは10mにもなる球体で、下半球は金属でカバーされ、上半球はアクリルガラスでカバーされている。

 約1,5mくらいの高さの土台に身を任せ、マザーは己の生みの親を出迎える。

 

 私の才能を注いで創造(つく)ったマザー……。

 最早、『神』そのものとも呼べる存在のこいつを前にすると、さすがに私の中の欲望の人格も安らぎを得て静かに寝入っているようだな。


 そう思うと彼はふと皮肉っぽく笑う。

 この部屋を照らすライトは、小さなLEDを床や壁に埋め込むようにして散らばらせているだけで、後はマザーが放つ青光色でぼんやりと青白く照らし出されているだけだった。


「マザーよ。お前を破壊すれば、きっと私も諦めがつくんだろうが……」


 フレデリックはマザーを見上げながら静かに呟く。

 コオオ……という微かな音の中で、ゴオンゴオンとまるで鼓動のように重々しい音をマザーは発しながら、室内で静かに響かせている。

 フレデリックは何となく、自分は今を持って命を……魂を失うだろうと感じていた。

 まるで、運命に導かれるようにこの現場にやって来た。


 ここに来たら、きっと私は息絶えるだろう。

 漠然とした『何か』によって、私の命は失われるような気がする……。


 そう分かっていながら、その予感に逆らう術もなく、気がついたらここに来ていた。

 どういうわけか、その運命に安らぎを得られる気がしたのだ。


 最後に……『あいつ(・・・)』に謝っておけば良かったな。

 ずっと言い出せなかったこの胸に秘めた『想い』

 だが今更……そうした所で何も変わりはしない。

 幼き頃に小さな胸に誓った“何があろうと、お前だけを守ってやろう”という決意。

 ……結局は……そうする事は出来なかった。

 寧ろ、それどころか逆にお前自身を奈落へと陥れてしまった。


 幼い頃、お前だけが私の全てだったのに。

 ただお前との再会だけを願って生きていた筈だった。

 だが、あんな形で再会するなど、誰が思うと言うのだ。

 あの頃、まだ幼く未熟だった私をお前はどこまでも、真っ直ぐな瞳で慕ってくれた。

 そんなお前にこれっぽっちも恨みなどありはしなかった。

 寧ろ我々『兄弟』と勝手な理由で引き離した両親を憎んでいた。

 22年前……もっと早く『お前』だと解かってさえいれば……こんな事にもなりはしなかっただろうにな……。


 こうなると、全ての始まりはフレデリックの両親の離婚が原因であるように、思われた。

 そのせいで自分と引き離された唯一の、実の弟。

 全てはその時から、運命の歯車が狂い始めた……。


 おそらく私はこれから死ぬ事になる。

 だからせめてそのお前に謝ろうと探したが、どこにも姿が見えなかった……。


 すると、背後からカツン……カツン……という高い足音がゆっくりとした足取りで、フレデリックへと近付いて来た。

 フレデリックは、ゆっくりとその方向を睨んだ。

 やがて、その足音の主は薄暗い闇の中からマザーの放つ光の中に、姿を現した。


 ――「お久し振りでございます。Dr,ウィンタース」


 フレデリックの表情は変わることなく、冷静にその者に向けられていた。


「……お前は私がこの手で処分したはずだ」


 それは、過去ボーイの失敗後に新たに用意された、コンピューター革命時に使用した暗殺者型(アサシンタイプ)ヒューマノイドであった。




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