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5,MADNESS―狂気―(3)



――「二人を何としてでも無傷で捕らえろ! いいか、一切傷付ける事は許さん! 今回の暴走で配下の政府軍共が混乱に生じて我々に反撃してくるだろう! その時はそいつらを殺しても構わん! 邪魔する者は一切消し去れ! この私こそがこの世を支配する絶対的存在だ!!」


 フレデリック=ユーグ・ウィンタースは手を振りかざし、全ロボット、アンドロイド、科学者達へ司令室にあるコンピューター操作卓の巨大モニターに向かって指令を下す。

 

 あれから翌日を迎えていた。

 昨日それぞれが受けた心の傷を胸に、今日は今日の自分がすべき行いを取っていた。


「……もし二人を捕まえたらどうするおつもりです?」


 邑瀬要(むらせかなめ)は壁に寄りかかり、タバコを燻らせながらフレデリックの背後に声をかける。


「娘には、しばらくナンバーゼロから引き離す為にも自宅にて一歩も外に出さぬよういてもらう。ムラセ、その時はお前を琴音(ことね)に会わせてやろう。だから上手くナンバーゼロから自分へと、気を引かせるんだな」


 フレデリックは静かに全面ガラス張りへと歩み寄ると、外の様子を見下ろす。


「……よろしいのですか? まるで琴音を私に売るような言い方をなさって。それにいかにも私が琴音を騙して自分の物にするなどという言い方は心外ですね。親であるあなただからこそ確信を持って言わせてもらいますが、私が琴音を愛する気持ちは本物ですよ。自分を偽るようなことをして彼女を自分へと向かせたくはない」


 要の言葉に、フレデリックはフンと笑い飛ばした。

 

「そいつは悪かったな。それと、父親である私が我が娘をどう貶そうが(・・・・)勝手だ。ナンバーゼロには今更未練などない。お前が奴を殺しても構わんぞ」


 言うとフレデリックは、冷酷な笑みを要へと向ける。

 そんなフレデリックの様子に、要は違和感を覚える。


 確かに自分の娘には心を開いて何よりも強く、愛する存在だった筈だ。

 それなのに今のこの人はまるで、その娘を忌まわしく思っているように見える……。

 なぜだ。

 今まで決して琴音の前では勿論のこと、いない所でさえも娘の事を悪く言う人ではなかった筈なのに。

 ……もしやこれこそが彼の本心なのか……?

 だが今までのフレデリックの様子を知る限り、とても琴音をこれっぽっちも不愉快な存在だと感じているようには、どうしても思えない。

 変だ……。

 何かがおかしい……。

 どうも今の彼と話をしていると腑に落ちない点がある。

 

 内心静かに要は思いながら、口を開いた。


「……あなたも本当に残酷な人だ。ですが、己の本性を解放してからは以前より、表情豊かになっていませんか?」


 要はまるでフレデリックの様子を探るかのように、反応を窺う。

 すると、フレデリックは要を見つめながら、この上ない冷酷な微笑を浮かべた。

 まるでその彼の目は、“そうかね? お前が知らなかっただけさ”とでも語っているようだった。

 こんなフレデリックを見たのは初めてだった。

 22年前の琴音が生まれる前の彼は、まさに氷のように冷たい無表情で、それこそが本来の彼の素顔であったのだ。

 例えその間に娘が生まれ、その琴音を望み通りの心優しい娘に育てる為に彼女の前だけ、偽りの表情を見せてきたとは言えその娘に見捨てられた今でも昔の本来の無表情な素顔は、失っていない筈なのに。

 いや、失っている筈はないのだ。


 昨日、司令室(ここ)で会話した時のフレデリックを見た要には、間違いなかった。

 そう。間違いなくフレデリックは今でも無表情なのだ。

 本来ならば(・・・・・)

 だが、実は既に昨日のこの場での彼はおかしくなりつつあったのだ。

 最愛の娘に、絶縁された時点から。


 要はフレデリックの微笑を見届けながら、少し間を置いて口を開いた。

 

「それより、琴音を自宅から一歩も出さないというのは、一種の監禁でしょう。そんな事をして、琴音を余計に傷付けませんか?」


 すると、フレデリックは片手を頭にやり、顔を顰めた。


「ウィンタースさん?」


 不審に思い、要は彼を呼んでみる。

 しばらくしてから、ようやくフレデリックは目を開いた。


「私の今言った事を、聞いていましたか?」


 要は聞きながら、“まさか”と思った。


「……うん? いや……すまない。何だって?」


 フレデリックは頭に手をやったまま、まるで長い夢から覚めたようにようやく我に返った如く、要を不思議そうな目で見る。

 その表情は、ついさっきまでの雰囲気とは明らかに変わり、本来のフレデリックの表情だと要ははっきりと見分けた。


 そうだ。おかしい筈だ。

 

 要はこの時、確信を得た。


「……琴音のことですよ」


 要はそう静かにフレデリックに言う。


 “俺が今まで話していた相手は、この人ではなかった(・・・・・・・・・)のだ”


 要の言葉に、フレデリックは少し状況を理解して口を開く。


「……私にとってあの子は何よりも大切な存在だ。だから私はあの子に私の本心を話す。あの子は誰よりも優しく賢い子だ。琴音にしか今の私を止める事は出来ないだろう」


 “そうだ。こっちが本当のこの人(・・・・・・)なのだ”


「自分自身でも止められない欲望に満ちた狂気を、あの子に頼って阻止してもううのですか? ただでさえそんなあなたに彼女は傷付いているのに」


 “この人は精神に支障をきたしているのだ”


 要は言うと、腕を組んで外の様子を見下ろしているフレデリックを、真っ直ぐに見つめる。


「賢いあの子だからこそその優しさに頼れるのさ。あの子なら今起きている事全ての真実を理解し、そして乗り越えられる強さがある。一度は私のせいで傷付けてしまったが私の本当の目的を知れば、上手く私を説得して心の傷も今回の騒動解決と私の目標を糧に、きっと癒せるだろう」


「だといいのですが」


 フレデリックの言葉に、要はふと笑うと言った。


「どうやら私は少し疲れているようだ。どうも昨日から僅かな記憶欠損に陥っているからな……。私は少しここで休んで、自宅の方でしばらく休養する。その間お前に私の代理を任せておくから、何かあったら私に直接知らせてくれ」


 フレデリックは言いながらデスクに着くと、椅子に身を沈めて目を閉じた。


 本人は、この症状に侵されている事には、なかなか気付けないものだ。

 つまり――多重人格症。

 まさか、この人が、な。

 よほど昨日、娘に過去を知られたのがショックだったのか。

 だが、この人を多重人格にさせたトラウマは一体何だと言うんだ。

 冷静沈着にして寡黙で無表情。

 超知的な野心家を多重人格にさせるほどのトラウマとは……。

 結局はこの男も、普通の人間というわけだ。

 しかも無表情のくせして多重人格とは、かなり人間臭い男だな。

 こいつは傑作だ。

 ま、何であれ心優しい琴音を納得させられるというお前のその『本当の目的』とやらが、何なのかは大体見当がついた。

 だが今更もう、手遅れだ。

 もう時代はお前を必要としていない。

 時代は新たなる革命者を望んでいる。

 その『本当の目的』とやらの世界は、俺が変えてやろう。

 お前の娘とともにな。

 お前の“世代(ジェネレーション)”はもう終わりだ。

 お前はもう、用済みなんだよ。

 

 要は、椅子に身を任せ精神的疲労のせいか早々に、静かな寝息を立てているフレデリックを見つめたまま思うと、研究所を後にした。




 ボーイと琴音(ことね)=カレン・ウィンタースは、“ハンドレーザーガン”と呼ばれる黒革の手袋の二重構造になっている手の平部分に仕込まれた、超小型、小軽量の割にはかなりの威力を持った武器を装備していた。

 琴音は左側の片方だけ、ボーイは左右両方にはめて、射撃方法は勢い良く手の平を広げて目標に向ければ、自動的に射撃される。

 だが連射が出来ない為、1分程の充電が必要となる。

 充電方法は体温を利用する“体温熱源充電”で、体温が高いほど充電速度が速く、おかげで真冬などの寒い日で体が冷えている時は1分以上の時間を要する欠点を持つ武器である。

 護衛用にはなるが、戦には不向きの銃だ。

 それでも、一応役には立つ。


 フレデリックの命を受け、二人を捕らえようとするロボットやアンドロイドから逃れられている。

 これまでに2体のロボットと、4体のアンドロイドを倒している。

 主にボーイの成した事であり、人殺しを嫌がる彼ではあったがこういう時には暗殺者プログラムにある、巧みな戦法が役に立っていた。

 

 今も2体のアンドロイドが二人を追いかけてきていて、二人を見失った辺りでうろついていた。

 その時、壊れた建物の二階にある僅かな壁に身を潜めていたボーイが、柱に足を絡ませて摑まり逆さの状態で気配なく、一体のアンドロイドの頭上に手の平を向けると、一気に高エネルギーレーザーを射ち込んだ。

 先を歩いていたもう一体のアンドロイドが慌てて振り返った時には、ボーイのもう片方のレーザーガンから額中央に向けて射撃されていた。

 

 頭上からまともに攻撃を受けた方は、足元までレーザーが貫通していた為すぐに倒れたが、額のみ撃ち抜かれたアンドロイドはそう簡単には倒れない。

 よろめきながらも、フレデリックから受けた“無傷のまま捕獲”という命令を忠実に守る為、一切反撃せずボーイの方へと手を伸ばしながら近付いてくる。

 そのアンドロイドの額からはドクドクと赤黒い液体が流れ落ちる。

 その光景を目の前にしたボーイは、それがだんだん迫って来るのに恐怖を覚え、足から力が抜けてしまった。

 おかげで逆さまになり足だけで柱にしがみついていた彼は、そのまま地面に落下してしまった。


「もう! ボーイったらぁ!!」


 今まで物陰に隠れて様子を見ていた琴音は、飛び出すとそのアンドロイドにとどめの一発をお見舞いする。

 さすがにロボット工学を専門に持つだけはある。

 どの部分がロボットやアンドロイドの致命所か、しっかりわきまえている。

 これにアンドロイドは完全に停止してしまった。


「大丈夫!? ボーイ」


 琴音は慌てて、落っこちているボーイに駆け寄る。


「血……血を流しながらこっちに来るんだもん……っ! 僕、怖くてもう死にそうだよ!」


「まぁ確かにリアルだけど、アンドロイドなんだから仕方ないわ。人工血液を使用しているからね」


 よろめきながら顔を青くして立ち上がるボーイを支えながら、琴音は言った。


「まるで本物の人間殺しちゃった気分……」


「もう! しっかりしなさいボーイ! 男の子でしょう!? それに何度も言うように、この子達を一見簡単そうに壊してるみたいだけど、せっかく私達、人間の手でこの世に誕生させてあげたんですもの。考えなしで壊せるわけないでしょう!? 私だって心が痛むわよ! だってこの子達全然悪くないんだから! それでも私とあなたは捕まるわけにはいかない……。だからこうするしか、方法はないの」


 琴音はボーイを説得させながら、ふと子供の頃を思い出した。

 どうして役目を果たしたロボットやアンドロイドを壊してしまうのかと、父親の研究所内にあるラボで、泣きながら言ったことがあった。


――『可哀想だわ! お願い、壊さないで! 壊さないでお父様!!』


 すると、フレデリックは優しく琴音に言い聞かせた。


『違うよ琴音。この子達はいっぱいいっぱい働いた。だからしばらくの間、ゆっくりと眠らせてあげるんだよ。だってこの子達は、働いてばかりで休む時間がとても短いだろう? そっちの方が可哀想だと思わないかい? だから今までの分ゆっくり休ませてあげて、その間に我々がこの子達の故障(ケガ)している部分に手をつけなきゃならない。だから少しずつ壊さなきゃいけないが、次にこの子達が目覚める時にはとても元気になっているんだよ。私はこの子達のお医者さんなんだ』――。


「ええ……そうよ。私達はお医者さんなのよ……この子達の悪い所を直してあげるの……その為にはまず、ゆっくりと休ませてあげるの……お父様……っ!!」


 琴音は身動きしなくなった二体のアンドロイドを目の前に、力なく座り込むと涙を流した。


「この子達が悪くした所は、お父様が命令したプログラムよ……! お父様がこの子達をダメにしたの……っ。お父様が……!! 一体いつまでこんな事を続けるのかしらお父様……! どうして、どうしてこんなに酷い事が出来るの……!? あんなに優しかった筈なのに……!!」


 泣きじゃくる琴音に、ボーイは彼女の肩にそっと手を置いてなぐさめる。


「きっと何か理由があるはずだよ。だってあんなに賢い人だもの。理由なくこんな馬鹿げた事はしないよ」


「だとしたら、どうして私に何も話してくれなかったのかしら……」



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