4,PAST―過去―(4)inフレデリック(前編)
人造人間による計画が失敗に終わってから約一週間後、フレデリック=ユーグ・ウィンタースの計画は実行され、次々と大物政治家や国々の王は暗殺者型ヒューマノイドの手により誰にも現場を目撃されることなく、殺害されていった。
国々は混乱し世界の秩序が乱れ始めたのを機に、軍や国家を強迫しフレデリックが開始するコンピューター時代を認知させると、気に入らない存在は地下生活か死を選択させた。
そして次々とロボットなどを地上に徘徊させ、世間には政府壊滅によりコンピューター時代“フォースジェネレーション”へと変革した事を告げたのだった。
こうしてフレデリック=ユーグ・ウィンタースは齢26歳にして、この世の支配者となったのである。
その後、彼は自分の思い通りになった世界をコントロールする為に創造った、マザーコンピューターのある地下空間へとこの計画実行に当たって協力を要求した4人のメンバーを集めた。
「この度、計画の成功に改めて祝福致します。ウィンタースさん」
「何であれ、我々全員の一致がこの世を手に入れた。勿論、この計画の首謀者の君がこの時代の王になるけどね」
「では大臣役は誰にしましょうか」
などと、三人のメンバーは楽しげにフレデリックに言葉をかける。
そんな中で、メンバーの一人であるモラニスという30歳になる男が、周囲を見渡しながら言った。
「おや? ミルタがまだ来ていないようだぞウィンタース」
ミルタとは、計画メンバーでの唯一の女学者、瑠璃=カミーユ・ミルタのことだ。
フレデリックは彼の言葉に、静かに答える。
「ああ。私が彼女だけを呼ばなかったからな」
「やはり、女は労力不足だからか?」
「おやおや。それは彼女が哀れですよ。ミルタはウィンタースさんにぞっこんですからね」
メンバーは口々に、彼女を馬鹿にしながら笑う。
そんなメンバーに、フレデリックはふと笑った。
「君達には感謝するよ。この計画が成功したのもひとえに君達の協力があってこそだ。だが、この事を知る者が私にとって多すぎる。そこで人数を減らそうと思い、君達をここに呼んだのだ」
彼の静かな口調に、しばらく彼らは言葉の意味を考え込む。
そんな中、メンバー内の一人が短く叫んだかと思うと、ドウとその場に倒れこんだ。
突然の出来事に、彼らはますます理解出来ずに己の目を疑ったが、メンバーの一人が倒れた仲間に駆け寄ると呟いた。
「……死んでる」
言葉を口にしてすぐ、その彼の首が体から離れたかと思うと頭部を失った胴体は、前のめりに大量の血を噴き出しながら倒れた。
そしてその背後には、計画で使用した暗殺者型ヒューマノイド、No,X-Aが立っているではないか。
「どういうことだ! ウィンタース!!」
モラニスは、マザーコンピューターに背凭れて腕を組み目を閉ざしている、フレデリックに叫んだ。
「口封じだ。お前らには消えてもらう」
彼は無表情のまま、さらりと言葉を返す。
「ひぃ……! や、やめてくれぇ!!」
フレデリックの言葉に、ようやく状況を理解した別の残るメンバーが、声を上ずらせながら出口へと走り出したがすぐにナンバーエクサーの手により、命を断ち切られてしまった。
最後に残ったのは、モラニスのみになった。
「成る程。そうかい。もう我々は用済み、そしてウィンタース。お前だけが幸せになろうってわけかい」
「幸せ? あいにく私は幸せがどういう物なのか、知らんのだよ。ミスターモラニス」
モラニスの言葉に、そうフレデリックは言い返す。
「フン。これから死ぬ時にお前の理屈を聞いた所で無駄な努力だな。だがウィンタースよ。一つだけ、これはどうしても以前からお前に教えておきたい資料があってな。せめて死ぬ前に、お前にその事を報告させてもらえないか」
「……死ぬ前の命乞いか。いいだろう。聞こうじゃないか」
そう言ったフレデリックにモラニスは、ニタリと笑うと白衣のポケットからUSBを取り出した。
「そのデータはこの中に入っている。自分の目で確かめるんだな。臆病者」
言いながらモラニスは彼にそのUSBを手渡しながら、ボソリと口にする。
「そうだろう。自分の手を汚さずにNo,X-Aに俺らを殺させるんだからな。いや、卑怯者か。勇気がないんだが知らないが、自分を汚さずに汚い事をする辺り、お前も政治家と同じだな」
「負け惜しみにしか聞こえんが、成る程。よく私の性格を知っておられる。そういう屈辱を私のプライドが許せない事を知っての事のようだ。……私の父は常に誇り高い男だったよ。私に男の誇りを失うなと教えた父は、結局哀れな人生だったが最終的には本来のプライドを取り戻した。だから、その父を永遠の物にする為に誇りを持ってこの手を汚した。いや汚したのではなく、その行いこそも私のプライドだったのだ。だから今もまた、誇りを持ってこの私自らあなたを殺そう。私は政治家とは違う……! このプライドを維持する為に、プライドを持ってお前を殺す!! それこそが、この私のプライドだ!!」
フレデリックはそう喚くと同時に、白衣の胸ポケットに入れてあったボールペンで素早くモラニスの首の動脈へと真っ直ぐに、力一杯突き立てた。
「――ブッ!!」
短く呻く彼の首から、ボールペンを引き抜くと大量の鮮血が噴き出した。
モラニスは見開いた目でフレデリックを見つめながら、口から血を吐き出して大きく痙攣して倒れると、やがて呼吸を停止した。
無表情だったフレデリックは、しばらくの沈黙の後クッと口端を上げると、マザーコンピューターを前にして生まれて初めて高らかに笑った。
やがて、以前から気になる存在だった瑠璃=カミーユ・ミルタを妻にし、フレデリックは一人娘の父親となった。
だが彼は、その娘だけには自分の中にある欲望と冷酷さとは別の感情である、“優しさ”を捧げた。
そして、己の才能を受け継いだ娘をいずれ自分が所長として務めている、世界の中心でもある『ネオジェネレーション研究所』を治めさせ、今の自分の欲望で満ちた世界をその温和に満ちた優しさで、真の平和に正してもらう事を願ったのである。
そんな夫の言動が、妻には理解出来なかった。
それもその筈。
彼は己の中にある複雑な心境をを誰一人として、決して口にしようとしないのだから。
なのである日、娘の琴音が両親に“将来は父の後を継いで所長になる”と宣言してきた時、瑠璃はあまり賛成出来なかったのだ。
娘にまで父の真相を全く知りもしないまま、曰くつきの所長の座を治めさせたくはなかったのである。
だが、あくまで本当の考えを偽って理想の父親像で娘の将来に賛成しているフレデリックに、彼女の今までの疑問や不満全てが爆発する日も間近だった。
娘が研究所長宣言をした夜、琴音が寝付いてからリビングに戻ると、夫に尋ねてみた。
「……何を考えているの?」
妻の言葉に、フレデリックは無言を返す。
「娘の前では、本当の貴方を知っている人には信じられないくらいに善人ぶって、こうして琴音がいなくなれば本来の自分に戻る……。今度は一体何を考えているの? 娘を騙してまで何を企んでいるのよフレディー!」
瑠璃は辛そうな表情で訴える。
「……私はただ、琴音を傷付けたくないだけだ」
フレデリックは静かに答える。
「なら初めから本当の姿であれば、あの子は自然に傷付くことなく貴方の事を理解出来るようになってたじゃない」
「それでは意味がない」
「じゃあどういう事よ!」
瑠璃は目を見開いて、ソファーに身を委ねているフレデリックを見ると次第に、その表情は悲しさと切なさで歪む。
「私には一度だって笑顔さえ見せず無表情のまま……。私は貴方を心から愛しているのに、貴方にとって真実の考え方を語ってくれる程、愛してはいないという事なの? 私はあなた自身を愛したの。貴方のクールな所は勿論、例えどんなに残酷な事を貴方がしても、現実を認められた。だからそんな全てを愛せるのよ。ねぇフレディー。私のことを本当に愛しているのなら、貴方の本当の思いを私に話して。その愛を……証明して……」
彼に縋り付き彼女は言うと、フレデリックの胸で泣き崩れた。
「……」
フレデリックは無言のまま彼女を優しく慰めることすらせず見ようともしなかったが、心の中は瑠璃の発言に対する切なさに満ちていた。
なのでやがて彼は、自分の胸元で泣く愛する女をゆっくりと抱きしめると、その腕に力を入れる。
「証がなければ、認めてもらえないのか……? 瑠璃……」
彼は自分でも歯がゆいくらいに己の意地に苛立ちを覚えていた。
愛する女に、一度だって愛の言葉を囁いたことさえなかったが、彼女の名を口にする事が彼にとっては『愛している』と言う意味になっていたのだ。
フレデリックはそっと、瑠璃にキスをした。
そしてその夜、久し振りに彼女を抱いた。
『瑠璃』という名前こそが、フレデリックの何よりもの愛の言葉だった。




