1,CHAOS―カオス―(1)
西暦2080年。
嘗ての世紀末の科学の研究は、その成果を世界中に轟かせた。
やがてそれは、ついに政府をも認知させ結果、『科学の世界』の現実は今に至っていた。
最早コンピューターが支配する時代と言っても過言ではなく、寧ろ未来の人間はコンピューターの指令者でありながら、それがなくては何も得られなくなっていた。
無能な人間は最早“死”同然であり、それらは毎日を機械に殺されることに怯えながら、地下洞窟でひっそりと生活していた。
おかげで、地上で生活する人類は40%しか満たなく、60%は全てがコンピューター系統だった。
学者やコンピューター操作者のみの人類しか地上に存在していないにも関わらず、人口が決して減少しないのはその60%がアンドロイドやロボットだからなのである。
琴音=カレン・ウィンタースは、そんな地上での何の苦労も知らずに育った、科学者の父を持つ一人娘であった。
この日、上流階級の人達を集め琴音の19歳の誕生日パーティーが、盛大に行われていた。
「カレン! ハッピーバースデー! 十代最後の年なんだから、いい加減恋人作りなさいよ」
「そうよ。ロボットを恋人にしても子孫繁栄出来ないわよ!」
友人二人に言われて、琴音と呼ばれたナチュラルブラウンの長髪をアップに束ねた少女は、グラスを片手に少し顔を俯かせる。
「うん……でも、今は研究の方が楽しいわ。それに、地上には高慢な男ばかりで嫌味でいけ好かないのよね。地下になら謙虚な男はいるかしら」
彼女の言葉に、友人二人はあからさまに顔を顰めた。
「地下ぁ~!? やめときなさいよそんな連中! あんな役立たずなんて生ける屍よ!」
「カレンのお人好しは、度が過ぎるわ。あんな汚くて下品で気も知れない愚かな連中まで気にかける必要が、どこにあるって言うのよ! しぶとく地下に潜り込んでまで生きているなんて、同じ人間と断然認めたくないわ! 口にするのもおぞましい!!」
これに琴音は険しい表情で顔を上げる。
「酷い言い方! いくら友人でもそこまで酷く平気で言えるなんて精神を疑うわね!」
琴音は怒りを露わにすると、さも不愉快そうにそっぽ向く。
「あ……ご、ごめんなさい。せっかくのバースデーを気分悪くさせちゃったわね……。本当、カレンったら優しすぎるんだから……参っちゃう」
友人の一人は琴音に責められて、困惑してしまった。
する残るもう一人の友人は、いかにも心外とばかりに口を開いた。
「でも、おそらく地下の連中を思いやっているのは、カレンだけだと思うわ。結局私達って頭脳の高さを鼻にかけてる人間なんですもの。ほら、あいつだってその一人よ。そうでなきゃこの地上では生きていけないわよ」
強気な口調で吐き捨てながら、向こうから大きな花束を抱えて近付いて来る黒髪をショートにした気取った男に視線をやると、彼女一人その場に残してさっさと困惑していた友人を連れて他へと行ってしまった。
その男は嫌な微笑を見せながら、琴音の元まで辿り着くと、バサッと手にしていた大きな花束を彼女に渡して言った。
「やぁ琴音。19歳おめでとう。もう大人とは然程変わりない年齢というわけだ。いい加減、私の愛に応えてくれてもいいんじゃないか?」
「しつこいわね。ハイエナのようよ。みっともない真似はよしてくれる?」
「相変わらず意地っ張りだな。本当は私を気にしていることくらい、分かっているのだよ。私に魅入られた女性は最後には皆、ギブアップしてしまう」
「……知ってる? そういうのを、性欲異常って言うのよっっ!!」
琴音は吐き捨てるとバシッと花束をその男、邑瀬要の顔に力一杯叩きつけると身を翻して、ホールから出て行ってしまった。
そんな二人の騒ぎに周囲が何事かと注目する中、要はニヤリと薄笑いを浮かべてそんな彼女の背中を見送っていた……。
――「琴音。待ってくれないか」
琴音は、父親のフレデリック=ユーグ・ウィンタースに呼び止められて、立ち止まった。
「お父様……っっ!!」
琴音は苦痛の表情で振り返ると、喚いた。
「お願いどうにかして! あの男っ、気が狂いそうよ!!」
「カナメ・ムラセのことか? どうしてだね。あいつは優秀な学者じゃないか。階級だってSクラスだし、たまに私の片腕にもなってくれて助かっているのだよ。私もムラセが琴音の良き仕事のパートナーになってくれたらどんなに……」
「冗談じゃないわよ!! あんなエロトマニア!!」
娘の言葉に、フレデリックは愉快そうに答える。
「さっきもホールでそう喚いていたな」
「現にそうだもの! 私、知ってるわ! あいつ何人もの女性と寝てはハーレムを作って快楽を覚えていることくらい!!」
「今日は随分お前の気分を害してしまったようだな」
フレデリックの言葉に、琴音は落ち込み気味で小さく呟く。
「ええ……友人とも口論しちゃったわ……。生まれて初めての最悪のバースデーよ」
「バースデープレゼントと言うのも何だが、琴音にある物を見せてやろう」
落ち込む娘を励ますように、一度軽くポンと肩を叩くとゆっくりと歩き始める。
「ある物?」
オウム返しする琴音にフレデリックは再びゆっくり振り返ると、頷く。
「人造人間だよ。失敗作のな」
「――人造人間!? それはタブーの科学の筈よ!!」
琴音は思わず驚きを隠せずに、そう喚いた。
娘の反応に、ある程度予測していたのか彼はこれといって焦ることなく、静かに口を開いた。
「……そのタブー令を決定したのが、この私だよ」
彼はその低い声で言い放つと、再びゆっくりと歩き始めた。
人造人間を最初に生み出したのが、お父様!?
史上最悪な研究、最も残酷、残虐で生の領域を度外視してその聖域を侵したということで、今尚業界だけしか知られていない有名な大事件。
そのリーダーがお父様だったなんて……!!
琴音は、一気に激しい電撃を浴びたような衝撃を覚え、しばらくその場を動くことが出来なかった。