9. 第一回世界征服会議
僕たちは、店の奥にある事務室の応接コーナーに移動した。僕、クラさん、ダモッタさんがソファに座り、クラさんの手から離れたゼイ君が、トコトコと歩いてテーブルの中央に陣取った。これから魔族の今後について話し合うのだ。
「皆よ、色々あったが、こうして再会できたこと、我は嬉しく思っているぞ。我はこの五百年、個々の力ではヒト族に勝る魔族が、なぜ滅亡したのかを考えていた。それは魔族を率いる我に、目的、展望、視野といったものが欠けていたからだと気がついた」
「ふーん、ビジョンが無かったのか。あれ? でも魔王軍を率いて人類征服するつもりだったんじゃないの?」
「いや。魔王軍はイエズス会との最終決戦の時に組織しただけだな」
「ええ? じゃあイエズス会と敵対する前は何してたのさ」
「冒険者」
「へ? そんな職業あったの?」
「冒険者ギルドに登録して、依頼をこなす者が冒険者だ。我が一族はピレネーの山奥でヒト族と交わらずに暮らしていた。当時、若造だった我は、その生活に飽き飽きして、一人、人里に降りて冒険者になったのだ」
「ハハ、まさか、違法奴隷のネコ耳少女を救ったり、盗賊団に捕らえられた王女を救出したり、オークに犯されそうになった女騎士を助けたり、悪徳領主に手籠めにされる寸前で村娘を奪い取ったり、邪神の生贄にされた美少女神官を救済しちゃったり?」
「おお、だいたいその通りだ。よく知っているな。そうやって助けたヒト族の少女たちとパーティを組んで冒険者稼業を重ねているうちに、我のレベルも上がって、一族でも最強となったのだ」
「ハーレムか! てか、この世界に獣人もオークも邪神もいるの!?」
「当時、獣人もオークもいたが、今は分からぬ。邪神とは悪霊のことだろうな」
「それで、国や教会の枠に縛られずに、女の子たちを連れて、気の向くままヨーロッパを冒険して回ってたわけ?」
「そうだな」
「パパすごーい。ハーレムパーティだったのね!」
クラさんが尊敬の眼差しで持国天人形を見ている。でも、娘が父親のハーレムを称賛するってどうなの、そうダモッタさんに小さく呟いたら説明してくれた。
「ほとんどの魔族は性に対して淡泊で、しかも子供ができ難い体質デス。だからハーレムを作れるほど精力のある者は尊敬されまスヨ。子供は一族全体の宝デス」
はあ、なるほどね。ん、魔族の体にされた僕はどうなんだ。エッチなことを想像してみるか……妄想中……妄想中……ピクリ。うん、たぶん大丈夫かな。ホッと息をついた僕を見てダモッタさんがまた話しかけた。
「ハハ、シンジ君はちゃんと性欲あるようでスネ。でも魔族として成長すると性欲が衰えるかもしれまセン」
むむ。ま、先の話だから今はいいか。
「んと、話を戻すと、ビジョンがないっていうのは、自分のパーティの事しか考えてなかったってこと?」
「うむ。我を悪魔呼ばわりする奴らはその都度ぶっ飛ばしていたが、一族全体のことは考えていなかった。今にして思えば、多種族協和の国是でイベリア辺りに国を作るか、ロヨラが台頭する前に教会組織を乗っ取っておくべきだった」
ああ、教会が免罪符とか発行しまくってた時期だっけ。あの当時だったらうまくやれば、分派させてイベリア魔族正教会とか作れたのかな?
「それで反省を踏まえて、どんなビジョンにするつもり?」
「うむ。我ら魔族を支配種族とする多種族協和の世界を作りたい」
「えー、結局、魔族による世界征服を目指すってことでしょ。戦争反対ー、軍靴の音を響かすなー」
「人類を征服したからといって、ヒト族を絶滅させたり奴隷のようにこき使うことはせんぞ。魔族は数も少ない。君臨すれども統治せず、の方針だ」
「そう言われてもなぁ」
「シンジ君、シンジ君」
隣に座っているダモッタさんが僕に耳打ちする。
「ワタシたち魔族は、序列意識がトテモ強いのデス。全種族の中で、魔族が一番上だと認めてもらえれば、あとは、ぶっちゃっけ現状のままでもいいのでスヨ」
「えーそんなんでいいの?」
「おいソコ、何をコソコソしておる。我は復活したばかりで世情に疎い。広い意味での世界征服であれば構わんのだが、何かいい案はあるか?」
クラさんがニコニコしながら、手を挙げた。
「ハイ。パパが世界大統領になったらいいと思います」
「オオゥ、それは良い案。確か今はポルトガル人が世界大統領デハ?」
ん、そんな役職あったかな? あぁ、国連の事務総長のことか。確か前の事務総長の頃から、そんな尊称(?)が使われてたっけ。
「ホウ? かつてはスペインと世界を二分したボルトガル。今は小国になったと聞いていたが、返り咲いたか」
「えーと、事務総長って確かに国連のトップだけど、大国を従わせるような大きな権力はないと思う……」
「構わん。我が就任してから権力基盤を強化すればよい。魔族を中心に常設国連軍を創設するのだ」
「火縄銃二万丁を国連軍に提供しマス!」
「それは要らん。売り払え」
「ハハァー」
~~~~~~~~
結局、長期的目標は、世界大統領になること。中期的目標は麻布区を魔族の自治区にすること、となった。その手段については決まってない。もちろん僕は殺し合いなんかするつもりはないよ。ただ、この目標自体には、反対していない。この二十一世紀の情報社会で、種族をずっと隠し続けるのは無理だからね、いつか公表しなきゃいけない。うまくいくかなあ。
「ところでシンジよ、目標に納得してもらったからには、魔族を増やすのに協力してもらうぞ?」
「え、え?」
まさか、え、エッチなことかな? チラリとクラさんを見る。あ、目が合ってしまった。ニコリと笑いかけられたぞ。ドキドキ。