8. アイ・アム・ユア・ファーザー
ダモッタさんは店先で両膝をついたまま、人形姿のゼイ君からお説教されている。通りがかりの人が見れば、十六歳の少年が人形を振り回して、大の大人を正座させて怒鳴っている、そんな構図だ。かなりヤバいね。幸い、今のところ目撃者はいないけど。
「お前は魔法の修練もせずに何をやっていたのだ!」
「ちょっ、ゼイ君、動かないでよ。腕がつかないじゃないか」
さっきからゼイ君(チボルテック持国天)に腕をはめ込もうとしているのに、クネクネ動くから、やり難くてしょうがない。このチボルテックシリーズは、少し力を込めれば、関節部分から取り外しができる。僕はさっき腕をもぎ取ったけれども、壊したわけじゃないのだ……。よし、両腕ともはめ込めた。
「う、うむ。ちゃんと腕が動くな。ありがとう。それでダモッタよ、どうなのだ!」
「ハイ、パン作りをしつツモ、主に鉄砲鍛冶の研鑽を重ねていまシタ。ワタシ、今では世界最高の火縄銃職人だと自負していマス!」
ドヤ顔をするダモッタさん。僕は彼の火縄銃を手に取らせてもらって、よく見たことがある。確かに素人の僕が見ても、素晴らしい一品だと感じた。「美術品としての価値」は間違いなくある。人間国宝の職人歴はせいぜい八十年だけど、彼は五百年近く、鉄砲鍛冶をやっているからね。
「世界一の火縄銃、か。だがの、この時代の日本で、そんなものを作る意味がどこにある?」
ダモッタさんは種子島時代に、ゼイ君から鉄砲鍛冶のやり方を教わって、「この近代兵器作りを極めろ」と命じられた。それ以来、愚直に火縄銃を作り続けていたそうだ。でも、火縄銃はもう近代兵器じゃないよね。そもそもゼイ君の意図は、携帯用の対人兵器の研究開発だったわけで……。
「デ、デモ、キリスト教徒との最終戦争に備えて、二万丁の火縄銃を作り置きしてまスヨ?」
「とっとと売り払え!」
「ハ、ハハァー」
旧式銃を五百年も作り続けてきたダモッタさん、土下座。これほど「残当」という言葉がぴったりの状況、初めて見たよ。
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お説教が一段落したので、ゼイ君を胸ポケットに収めて、やっとお店に入る。建物の外観は古びているけれど、店内は食料を扱っているので、さすがに清潔感はある。無可動火縄銃が三丁ほど壁に飾ってある以外は、基本的にはパン屋さんだ。オシャレな内装でもないし、パンも数種類しかないので、インスタ映えは全くしないけれど。
そしてこの店には、ダモッタさんともう一人、店員さんがいる。小学生の頃から、この店に通っていたのは、もちろん種子島パンが目当てだったけど、もう一つ理由があった。店員のお姉さんに会いたかったのだ。名前は、八板クラさん。ダモッタさんの遠縁で、二人は夫婦でも恋人でもなく、叔父と姪のような関係と聞いている(真相を知った今、この説明自体は一応、事実のようだ)。
名前はちょっと古臭い(?)かもだけど、見た目は二十台の半ばくらい。西洋人とのハーフっぽい顔立ちとスタイルで栗色の髪。くりくりっとした大きな瞳に、ぽってりとした厚い唇。
胸をたわわ~ん、たわわ~んとさせながら、いつも明るい笑顔で迎えてくれて、「シンジ君~待ってたよぉ」て言いながら、ハグしてくれる。小学生の頃から僕は内心ドキドキ。これじゃあ好きにならない方がおかしいよね? 僕の初恋の人だ。
店の奥にはパン工房と事務所がある。ダモッタさんが工房にいるクラさんに声をかけた。
「クラ! ゼイモト様だ。とうとう復活されタゾ」
「ええっ? ああああ、パパ!」
店の奥からクラさんが駆け寄ってきて、僕を見るなり抱きついた。違いますよー、僕はパパじゃないですよー、まだ童貞ですよー。
「ん? あれ、こっち?」
ボクの胸ポケットにいるゼイ君に気づいたようだ。僕は胸ポケットからゼイ君を取り出してクラさんに手渡した。
「クラよ! やっと言葉を交わせるな。嬉しいぞ」
そう、クラさんの父親はゼイ君だったのだ! 種子島に漂着したゼイ君は、日本人女性を娶って、やがて娘のクラさんが生まれた。魔族は子供がなかなかできない体質だけど、ヒト族相手とはいえ、ゼイ君の初めての子供だ。「クラ」とはイベリア辺りの言葉で癒という意味らしい。彼女は、魔族とヒト族のハーフになるけど、魔族因子を活性化することで、完全に魔族になっている。若々しくて、二十台にしか見えない。
クラさんの真実を知ったところで思い返してみると、クラさんは、いつもニコニコしながら僕にボディタッチしていたけれど、あれって、父親の依代として順調に育っているか確認してたんだろうね。食用牛に愛情かけて育てるような。食肉的な意味じゃなくて、性愛的な意味で愛されたかったよ……。さよなら僕の初恋。
まあ、僕のことは置いといて、二人にとっては感動の再会だ。ゼイ君が種子島でザビエルたちに討伐された時には、クラさんは三歳だった。一番かわいい盛りで父子が引き裂かれたわけで、五百年の時を経ての再会だ。よかったね二人とも!
「ウーン、パパの匂いがする!」
クラさんがゼイ君人形に頬ずりしている……。ハハ、その匂いは僕の唾液の匂いじゃないかな。形代にするためにたっぷり舐めたからね……。