2. シンジ・イズ・デッド
東京タワーから六本木に向かう外苑東通りは、飯倉台地の上を東西に走っている。この飯倉台地に面した町の一つが狸穴町だ。かつて種子島で討伐され、肉体を失った魔王は、霊魂となって、この町で長年の時を過ごしてきた。
そして現代、魔王は、ようやく、魔王復活の依代として、最高の適合率を持つ少年を見出した。だか、その少年、織田シンジの前にかつてない危機が迫る!
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こんにちは、パン精霊のゼイモトです。シンジに対する時とは口調が変わっていると思っているでしょうね? 私、不特定多数の方に語りかけるときには、ちゃんと丁寧な言葉を使いますよ。マナー、わきまえていますから。
そして私こと精霊ゼイモトの正体は、そう、魔王なのです(驚)。かつては魔族を率いてずいぶんと暴れまわったものでした。イエズス会に滅ぼされちゃいましたけど(涙)。
シンジに嘘はついていませんよ。ダモッタの作る「種子島パン」、その酵母菌一つ一つに私の魂が染み込んでいますから。魔王ですが、パン精霊でもあるのです。
ちなみに、このゼイモトという名前はポルトガル系の名前で、それとは別に「真名」、つまり「本当の名前」がありますが、それは秘密です。敵に知られると魂を縛られますからね。
おっと、五時限目終了のチャイムが鳴りましたね。授業が早めに終わったクラスの生徒たちが屋上に来たようです。
『誰か屋上に来たようだ。ここまでとしよう』
「わかった、またね」
シンジとの会話を打ち切って、背後霊モードになります。シンジの背後にぴたりと張り付いて、ほんの少しずつ、彼の魔力を吸い取らせてもらう態勢です。
階段室のドアが開いて現れたのは、一年生の木下トウジ。四天王の取り巻きの一人です。トウジは、小柄で細身ですが、よく通る大きな声で話すから、取り巻きの中でも一番目立ちますね。
彼はドアを開けるとこちらを見る間もなく、すぐに首を回して、後列の誰かに話しかけました。
「イヤイヤイヤァ、そこまでは匂わないっしょ。ハルコ先輩、さすがに大げさッス」
トウジが話しかけているのはまさにその四天王の一人、武田ハルコのようです。これはマズイ。見つかったらどうせ武術の練習台にされますからね、強制的に。
私が逃げろと念話するまでもなく、シンジは急いで階段室の裏側に移動して、身を隠しました。
「マジだって。織田シンジは、十メートル先からも臭いんだよ。タマゴの腐った匂いって感じ? すぐ近くにいるはずだよ。ね?」
武田ハルコの言い分に、他の三人の四天王が同意する声が聞こえてきます。四天王が四人そろってシンジを探してる?
屋上なんて隠れるところはないから、ここにいるのはすぐに推測できます。案の定、一同がトウジを先頭に、階段室を回り込んで来ました。
「えーマジッスかぁ?」
トウジが疑いの声を上げたとたん、シンジと目が合いました。
「うおっ、ホントにいた!」
「や、やあ。今から昼飯かい? 僕は食べたから、お、お先にー」
トウジが驚いているうちに、シンジは挨拶しながら五人の横をすり抜けて、階段を降り始めました。ですがその途端、四天王で一番ガタイのよい斉藤タツミが雄叫びを上げました。
「ウラアッ!」
その大声にシンジの体はびくりと硬直して、その拍子に足を踏み外してしまいます。
「うっぎゃああぁ」
―ゴンゴンゴン、ガンッ
シンジは悲鳴をあげながら階段を転がり落ちていきました。硬い衝撃音が響いてきす。後頭部を強く打ったシンジは、仰向けに倒れたまま動きません。鼻血がドロリと漏れています。
これはマズイ、たいへんマズイです。種子島で討伐されて以来四百と七十年、肉体を失って魂魄状態の私ですが、ようやくシンジという依代を見出したわけです。
あと二年、織田シンジが「種子島パン」を食べ続ければ、その身体は依代として完成したでしょう。その時こそ、私はシンジの魂を食らい、その体を乗っ取って完全復活するはずでした。それなのに……
シンジ・イズ・デッド! 脳幹が損傷して心肺停止状態になっているではありませんか!
もはや私に残された手段は一つしかありません。賭けになりますが……




