今日は決闘日和
武田ハルコには武術の経験がある。彼女の叔父が古武術の道場を営んでいて、近所のハルコは子供の頃から遊び半分で通っていた。そこに女の子がいなかったので幼馴染の今川セナも誘った。斎藤タツミ、上杉ケンイチも道場仲間だ。
ハルコたち四天王は、弱い者をいじめて愉しむ性向はない。だが、織田シンジが近くにいると、抑えきれない暴力衝動が湧きあがる。中学以来、嫌がるシンジにヘッドギアをかぶせて、武術訓練の名目で暴力をふるってきた。さらにシンジの心と体が頑丈過ぎて、自分たちが加害者だという自覚がない。それはシンジにとってだけでなく、四天王にも不幸なことだ。いつまでもこのような歪な関係が許されるはずがない。
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こんにちは、名付け親のゼイモトです。私は、二十一世紀の人権感覚など欠片も持ち合わせていませんが、むやみに人を殺すような男じゃありません。ただね、勇者だけは例外です。奴らは遺伝子レベルで魔族に敵愾心を抱いてますから、共存は無理ですね。
私としてはどんな手を使っても、勇者たちを抹殺したいのですが、シンジにくぎを刺されましてね。今回のハルコ相手の決闘、毒も刃物も火縄銃も使わないと約束させられました。でも、うっかり心停止させたら、それはしょうがないよね、という言質は取りました。よし、がんばろう(奮起)
さて、もうすぐ決闘の時間です。爽やかな五月晴れで今日は決闘日和。暴力沙汰ですから、今回は私が体の主導権を握っています。
「体育用具室をあさって見つけてきたッス」
木下トウジ改めヒデマルが竹刀を渡してくれます。彼には竹刀を手に入れるよう頼んでいました。竹刀というのは大怪我をしないように開発された練習用具らしいから、これならシンジも文句はないでしょう。
「うむ、ありがとう。では隠れていてくれ」
「了解ッス」
『ちょっとちょっと、竹刀は万一の時のために、トウジ君に持たせておくつもりじゃなかったの?』
今は体の制御権を私に渡して、見学状態のシンジが念話してきました。
「いや我が使う。素手の格闘術など知らんからな。かつては剣と魔法で戦ってきたわけだし」
『ええー、自分だけ武器を持っていたら卑怯じゃないか!』
「別に不意打ちするわけじゃないぞ? ハルコが不服に思うなら帰ればいい」
『あ、それもそうか』
あら、私の詭弁に納得しちゃいましたよ(苦笑)。卑怯に決まってるじゃないですか! 竹刀を見てハルコが帰ると言うなら、決闘拒否の負い目をネチネチと抱かせてやるし、かかってくるならこちらが圧倒的有利、そんな心理的な罠ですよ。
とはいえ、今初めて竹刀を手にしたので、少し不安はあります。昨晩、動画サイトで剣道試合を視聴して持ち方は覚えましたが、私の慣れている西洋剣よりだいぶ軽くて、使い勝手が違いますね。これでは「うっかり」殺してしまうのは難しいかなあ。
お、ハルコがやって来ました。彼女は均整が取れた体躯で胸も大きく、顔立ちも整っています。ですが、美少女というには目つきが鋭すぎますね。さて、まずは彼女に確認することがあります。
「武田ハルコよ、約束通り一人で来るとはいい度胸だな。一つ聞きたいが、お前はキリスト教徒か?」
「は、偉そうに。うちは仏教だよ。先祖が隠れキリシタンだと聞いたことがあるけどな。それがどうしたんだよ?」
ふむ、やはり私を種子島で討伐したあの時の勇者は、日本に留まって子供を残したようですね。そして長い歴史の中でイエズス会との関係も切れて、勇者の伝承は失われたのでしょう。これなら後顧の憂いなく勇者に対応できます。バテレン追放令を発した豊臣秀吉に拍手です(随喜)。
「うむ。昔キリスト教徒と揉めたことがあってな。それだけだ」
「あそ。それより、その竹刀はどういうつもりだよ」
私のフェロモンを吸い込んだのでしょう、武田ハルコが不愉快そうに顔をしかめています。
「我はもともと剣が得意だから用意した。そちらは素手のようだが、決闘は後日に改めるか?」
「チッ」
ハルコが舌打ちしてためらっています。クク、かかったな! 彼女が後日にしたいと頼むなら、二、三ヶ月は先の日を指定しますよ。その間に魔族としてのレベルを上げて、満を持してボコってやりましょう(昂然)。
「ふん。アタシがシンジ相手に引くわけないだろ」
あれ? 決断が速いですね。やる気ですか。
「ホウ。いいのか? 吐いた唾は飲めぬぞ。我は遠慮なく竹刀を使わせてもらう」
「は? 負け犬のアンタが竹刀を使ったところで勝てるワケないでしょ」
そう言って両拳を軽く握って、腰を落としたハルコの眼差しがギラリと光りました。すると、ハルコの体内魔力が急激に活性化していきます。ぬぁにぃ!? まさかブレイブモードですと!?
勇者の固有スキル「ブレイブ」。このスキルの発動中は、集中力と瞬発力が爆発的に高まります。ブレイブ中の彼女は、間合いのある武器でさえ、軽くかわすでしょう。
彼女は勇者の自覚もないまま、無意識にスキルを発動したようです。これは想定外ですよ(汗汗汗)。