闇の洗礼
「…ウジ…トウジ…トウジ君……」
「ガハッ、ハア、ハア、ハア、ハア」
「よかったぁ。息を吹き返したね。心臓止まってたよぉ」
気が付くと、織田シンジがオレの体に馬乗りになって胸に手を当てていたッス。心臓マッサージをしていた?
「ごめんねトウジ君。恐怖と絶望を与えることには同意したけど、まさか死んでしまうとは思わなくて。このまま心臓が動かなかったらどうしようかと思ったよ。あ、今の僕は魔王ゼイモトじゃなくてシンジだよ」
むむ、確かに雰囲気が違うッスね。今はシンジ先輩の人格なのか。ていうか「どうしようかと思った」じゃないッスよ! すぐそこに飯倉消防署があるんだから救急隊員呼べばいいでしょ!
んー、でもココ、魔王の秘密基地だしなぁ。ホントにこのまま蘇生しなかったら、まさか古川にポイ捨て? ……ウゥ、これ以上考えるのはよそう。
「魔王のゼイ君はその人形に憑依してるよ」
仰向けに寝ているオレが、先輩の視線に促されて右を向くと、目の前に人形が立っていたッス。人形なのに表情があって、ニヤニヤしているッス。不気味ッス。
「おおトウジよ、思い込みで死んでしまうとは情けない」
……人形に上から目線でダメ出しされたッス。
「トウジ君、触手の魔法は本物だけど、二撃必殺なんて魔法はないんだ。パンチを軽く二発当てただけだよ」
「じゃあオレ、ビビりすぎて死んだってことッスか? ええええ」
「まあまあ。心停止は僕もなったし、よくあることだよ。体の調子はどう? 恐怖感情がトウジ君の力を覚醒させたはずなんだ。僕も自覚したばかりなんだけど、魔力の流れを感じない?」
「魔力っすか? 気とか理力みたいな?」
魔力とか気なんて話は嘘くさいけど、魔法を見た後じゃ信じざるを得ないスね。んと……おお? なんか体の中に流れを感じるッスよ。シンジ先輩や魔王人形からも感じるッス。
「うんうん。魔力を感じたみたいだね。今、トウジ君は一時的に魔族の体になってるんだよ。魔法が使えるほどじゃないけどね」
そう言ってからシンジ先輩と魔王人形が、魔族について説明し始めたッス。オレは今、ほぼ魔族の体なんだけど、種子島パンを食べるのを止めれば、魔族因子が不活性化して、一月もすればちゃんと人間に戻れるらしいス。
そんで先輩が四天王から嫌悪されてたのはフェロモンのせいだったんスね。そういえば、シンジ先輩と四天王との「稽古試合」を見たことあるけど、四天王はずいぶんと手加減してるなと思ったんスよ。だってシンジ先輩は一方的に攻撃されてたけど、ダウンはしてなかったから。
あれ、もしかして本気で攻撃してたんスかね? それを耐えられるほどシンジ先輩はタフだってこと?
「ざっと説明してみたけど、ヒト族より魔族の方がメリット多いでしょ? どう、魔族になってみない? 完全に魔族化すると魔法も使えちゃうよ? そうなったらヒト族には戻れないけど」
シンジ先輩が気さくな調子で、人間やめちゃえ、と誘ってくるッス。魔法かぁ、使えたら最高ッスねえ。そして魔王人形も声をかけてきたッス。
「トウジよ。我が眷属となれ。共に世界を支配しようぞ」
ウホッ、いかにも魔王のセリフキターー!
「えと、オレに力をくれるかわりに下僕になれってことスか?」
「眷属とは、子や弟子のようなものだ。子は親に従い、親は子供を守り、導く。そのような関係だ。奴隷や下僕のように使い捨てにはせん」
眷属、か。オレは腰が軽いから、使いッ走りするのは全然構わないんスよ。でもせっかくなら、トウジでなきゃダメだ、て思わせたいし、そう思う人に仕えたいス。そんなオレの居場所、魔族になれば見つかるんスかね。
「トウジ君、仲間になって欲しいんだ。魔族はヒト族との色々な行き違いがあって歴史の中で抹殺された。でも今度はさ、僕たちなりのやり方で、この世界に魔族の居場所を作ろうよ」
「えと、世界に居場所を作ることと、世界を支配することは、ずいぶんニュアンスが違うと思うんスけど」
「はは、トウジ君は案外細かいなぁ。広い意味では同じだよ」
「うむ。具体的な道筋はこれからトウジも一緒に考えればよい」
ええー、魔族って大雑把過ぎないスかね? 長生きだから? 居場所は探すんじゃなくて作ればいいじゃん的な? まあ、その通りか。
「さあ、まずは麻布区から始めよう」
シンジ先輩が手を差し伸べてきたッス。ふう……よし覚悟を決めたッス。母さん、コイチロウ、アサヒよ、オレは人間をやめるぞー。そしてシンジ先輩の手を取った。
「「バティズモ・ド・ディアモ!」」
手を取った瞬間、シンジ先輩と魔王人形が魔法を唱和したッス。これが魔族の洗礼儀式なんスよ。そしてオレに魔族としての新たな名前を付けるんです。
「お前に真名を授けよう。その名は―」
「「ヒデマル!」」
「俺は……、ヒデマル」
覚悟を決めたオレはその名前を心底から受け入れたッス。そして、自分はヒデマルになったのだ、そう思った瞬間、身体中に力がみなぎってきたッス。
トウジ改めヒデマルとなったオレは、眷属化することで、身体が作り変えられ、完全に魔族となったッス。外見に変化はないけど、魂の次元で、主となったシンジ/魔王との繋がりを感じるッス。そして魔法が使えるようになったことを自覚したッス。
「すげえ、すげえッス。魔力の流れがさっきとは段違いッス! うおおおお、テェンタクロゥ・エスクーロオオゥ」
感極まったオレは右腕を天に向けて魔法を唱えたッス。手の先から、ぴゅろろろと、小指の太さほどの触手が30センチほどはい出てきてウネウネとしているッス。
「うっひょおおおお。魔法が使えるッス」
「シンジを魔族の幼児とすれば、お前は新生児そのもの。初期魔法は一応発動できるが威力は全くない。先は長いぞ」
「はいッス。俺、一生、魔王様とシンジ様についていくッス」
「僕に様付けは要らないよー」
「我にも魔王と呼ぶのは止めたほうがいいな。人に聞かれるとまずい。それから、我もシンジも、声に出してヒデマルと呼ぶことはしない。真名は秘密にしておくものだからな」
というわけで、オレは魔王様を主殿、シンジ先輩はそのままの呼称でいくことになったッス。よーし、麻布区の征服、頑張っちゃうぞー。
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木下トウジは、魔王の手先、ヒデマルとなってしまったが、その翌日、織田シンジの母、織田メグミ教授の心理カウンセリングはちゃんと受けた。そして継父と向き合ってみようと前向きな気持ちになったヒデマルだった。