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1. 精霊ゼイ君の正体とは!?

 かつて中世暗黒期のヨーロッパで、魔王と呼ばれ、恐れられた存在がいた。だが、近世の曙光(しょこう)の中から一人の救世主が現れる。聖騎士イグナチオ・デ・ロヨラ。彼は、盟友フランシスコ・ザビエルと共に創設したイエズス会を率いて、魔王軍を殲滅(せんめつ)した。


 魔王はわずか二人となった眷属(けんぞく)とともにヨーロッパ大陸から逃れた。流れ流れて種子島(たねがしま)に漂着したのが1543年。そのわずか8年後、世界の果てのその島にもイエズス会の追手は迫った。魔王はその地で、ザビエル配下の四人の勇者によって討伐された。


 そして現代、霊魂となってさまよう魔王は、復活の依代(よりしろ)として、最高の適合率を持つ少年を見出した。その少年の名は、織田シンジ。東京都立狸穴(まみあな)高校に通う16歳だ。



~~~~~~~~

「ふあぁ~」


 大きなあくびを一つすると、目が覚めてきた。校舎屋上には僕一人。五時限目をサボって昼寝をしていたのだ。五月の柔らかな日差しを感じながら、体を起こして、鼻に詰めていたティッシュを外す。


 フンッ、スー、フンッ、スー。うん、鼻血は止まって、鼻息もよく通る。体のあちこちを触って、痛みがないことを確認。体は全て異常なし、と。


 購買部で買っておいたパンを取り出す。これから僕のランチタイムだ。このパンは、狸穴(まみあな)高校名物の「種子島パン」。僕はその香りを胸いっぱいにかいだ。


 うーん、この硝煙の香り! 力が湧いてくる! でもそう感じるのは僕だけらしい。


 近所のパン工房で作られたこのパンは、種子島産の天然パン酵母を使っているのがウリだ。大半の生徒にとってはごく普通のパンの香りがする。だけど、一部の生徒からは下水の匂いがすると凄い悪評だ。僕にとっては最高に香ばしいんだけどね。とにかく評価の極端な名物パンなのだ。


 僕はもぐもぐとパンを食べながら、「相棒」に話しかける。


「さっきは大分殴られたけど、ひと眠りしたら腫れも引いたし、アザもないから、次の授業には出られそうだよ」


 僕は中学、高校といじめられてきた。武術の稽古という名目で、無理やり練習台にさせられている。今日の昼休みも、いつものように、ぼこぼこにされた。


 相手は中学以来の同級生四人だ。男子二人、女子二人。運動も学業も優秀。生徒にも教師にも人気があって、「四天王」と呼ばれて、もてはやされている。そんな彼らが率先して僕をいじめるので、周りの生徒も影響されて僕を疎外するようになってしまった。


 それでも僕は学校を休むことなく、遅刻もせずに毎日登校している。僕の心が折れないでいられるのは、常に僕の体を見守り、気遣ってくれる、ある存在がいるからだ。ただしその態度は上から目線で、物騒な物言いをよくする。


『シンジよ。いつまで奴らの言いなりになっている? いい加減、あの四人を殺せ。(われ)が毒薬の調合は教えると言っただろう』


「そんな恐ろしいことできるわけないでしょ!」


『ふん、奴らを殺す覚悟がないならお前が退学しろ。何度殺されかけたか。お前の体、確かにケガの治りは早いがな、危機感がなさすぎる。三歩で忘れる鶏頭だ』


「ちょっ、ゼイ君は口が悪いし過激だよね。精霊ってもっとおおらかな存在でしょ、常識的にさ」


 僕が話している「精霊のゼイ君」とは、中学以来、僕の頭の中だけに語りかけてくる声のことだ。このことを誰にも話したことはない。妄想症扱いされるに決まってるからね。ぶつぶつと独り言をしている姿なんて、とても人には見せられない。


 ゼイ君の声は、昔見たアニメの精霊キャラの声、そのままだ。十歳くらいの少年の声。ゼイ君に実体はないので、声質は僕が脳内で補完している、という理屈だ……。いやいや、妄想じゃないってば!


『精霊がおおらかなんて常識は知らん。普通は意思疎通できないし危険なヤツも多いぞ』


「そりゃ、いろんな霊がいるだろうけどさ。けど、ゼイ君はパンの精霊じゃないか。パンの精霊が、そんな殺伐とした話をするのはやっぱりおかしいよ」


 このゼイ君、自分は「種子島パン」の精霊で、名前はゼイモトだと名乗っている。僕が「種子島パン」をよく食べるので、こうして意思疎通ができるようになったと言われた。僕はその言葉を信じて、今では「ゼイ君」と呼んでいる。


 精霊なので実体はない。その姿は見えないけれど、近くにいれば気配は感じる。遠出するエネルギー(?)はなくて、長い年月、狸穴町辺りを漂っていたそうだ。


『とにかくだ。肉体のない我は、お前に念話するしかできない。お前の体に何かあっても守る力はないのだ。十分に気をつけて欲しい』


「もうー、ゼイ君は口は悪いけど、心配性だなぁ。ツンデレ精霊ってヤツ? なんちゃって、はは。でも、心配してくれてありがとう」


『ふん、まあよい。誰か屋上に来たようだ。ここまでとしよう』


 ゼイ君の気配が薄くなった。消えたわけじゃない。省エネモードらしい。


「わかった、またね」


 精霊ゼイ君は僕の「体を」大切にしているけれど、「僕を」大切にしているわけじゃない。この時の僕は、その違いをまだ分かっていなかった。僕の本当の不幸はこれから始まる……


 なにしろ精霊ゼイモトの正体は悪霊だったんだから。

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