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Scandal Girl

作者から一言。

この作品にはスポーツ用語が多数出てきます。多くは勢いを重視して説明を省いてますが、作中で説明出来なかったものに関しては “ (※) ” を付けて章末の後書きで載せる様にしますので参考にどうぞ。





1.


チャイムも鳴り朝のホームルームまであとわずか。教室はいつも通りガヤガヤと賑わっている。


が、一瞬でその空気は変わった。


ガラガラガラっと音を立てスライドし開いた教室の扉。


黒板を横切って教室に現れたのは担任では無く、見知らぬ女生徒だった。


背は低いがピシッと整えた黒髪のショートヘア。制服もリボンからスカートの長さ、ソックスに至るまで全て校則通りに着こなしている姿は、さしずめ生徒会長か風紀委員といったところだろうか?

そして最大の特徴は左腕に装備している補助杖で、不器用にひょこひょこ歩く。

スカートから見え隠れする左膝には医療用のサポーターが巻かれその内にはテーピングらしき物も見える事から、


あぁ、彼女はよく分からないが足が不自由なんだな。


と、全員は少女に注目した。


一度壇上に上がった女生徒は辺りを見回し、ぺこりと浅く会釈。

皆もそれに釣られ会釈した。


「…」


そして生まれる無言の時間。


「…」


この人は、誰なのか?

どこのクラスなのか、学年は?

滲み出る雰囲気からして生徒会の新役員か?


それぞれの疑念が渦巻くと新たにまた教室はザワザワと、ザワつき始める。


少女は少しの間、壇上にとどまったが教室の一番隅、窓際の最後列の席を見つけるとそこに向かいまた不器用に歩き出した。


ー なぁ、誰だよ、あれ。

ー 転校生…?

ー 転校するには季節早すぎだろ。

ー 生徒会とか。

ー いや、見たことねぇし。居たら分かるべ、杖ついてんだから。

ー あれじゃね?ダブりとか。

ー 新学期から一ヶ月以上も経ってんのに?

ー じゃあ停学か?

ー 何やらかしたんよ。

ー タバコ…?

ー どう見ても優等生だろ。

ー あ、でもなんか前に噂あったよな?センコーとデキタ奴がいたって。

ー マジ?

ー あぁ、なんかあったよな。教師が生徒に手を出してバレたとか。

ー え、誰、その先生⁉︎

ー あ!でも私、どっかであの人見た事あるかも。

ー どっかって?

ー うーーーん……あっ、そうだ、ポスター。学校のポスターに載って無かった?ウチらが一年の時のやつに。

ー そうだっけ?

ー そうだよ、えっと名前はぁ……


噂の真相に迫ろうとしてた時だった。


「あの」


その輪のすぐ後ろから声が掛かるとグループは皆、背筋が一斉に伸びて固まった。


「!!!」


「あの…」


「あ!は、はは、はい。なんですか?」

声を掛けられた女生徒は緊張で口がどもってしまう。


「この席、空いてますよね。座ってもいいですか?」


「は、はいぃ。どどうぞどうぞ」


引きつり笑いで両手を差し出し目一杯のアクションではあったが、少女は眉一つ変えず小さく頭を下げ、そして席に座った。

それでもまだ彼女に対するヒソヒソ声は終わらない。


ー うぉー、焦ったぁ。

ー でも声はちょっと可愛いかった、ハスキーっぽいイメージだったからさ。

ー てか、マジ誰だ。


席に着いた少女は手持ちの文庫本で気を紛らわすつもりだったが、あまりにも耳を突つく雑音。その方向に首を向けた。


“!”


目が合った男子生徒はハッとして黙りながらバツが悪そうに目を逸らす。

明らかに不審な行動に、彼女はため息を漏らした。

その嫌悪感が伝わったのか、クラスに伝染するヒソヒソ声はようやく静まった。


“ ま、いいんだけどさ… ”


再び文庫本を開くあきらは心の中で呟いた。


私が彼らなら同じ事してたと思うし、そりゃみんな不審がるよ。どう見ても怪しいもん。五月の中頃に何の前触れ無しに朝、いきなり女生徒が教室に現れたらさ。


無表情ではあったが、あきらの耳には教室で囁かれてた全ての声が届いていた。


“ 復学 ”した初日なんてこんなもんか。なんか変な空気にしてみんなに申し訳ないな。

先に教室に来たのがやっぱまずかったかな…とりあえず外で先生を待って改めて入室するのが礼儀、だよね。


空気を悪くしてしまった事に反省したあきらは文庫本を机にしまい、一旦教室を出る事にする。


その時、女生徒が一人、近付いて話し掛けてきた。


「先輩…? あの、“ミハル先輩” ですか?」

「おっ⁉︎ …“わんこ”?」

「はいっ!“わんこ”です!お久しぶりです、先輩!」


それはかつて同じ汗を流したチームメイトであり、バスケ部の後輩だった。


“わんこ”とは部内での愛称で、“犬飼真琴いぬかいまこと”から由来される。

入部当時から晶を慕って犬の様に懐いてた為、また名字も犬飼なので皮肉を込めて“犬”と呼んでる内に女なので“犬子”、そして“わんこ”に変わった。

人見知りが激しくバスケ以外に感心を示さない当時の晶は、部内でも浮いた存在でコミュニケーションの輪から疎外されていた。

晶にも同世代に親友は居るがそれが出来るにはまだもう少し先であり、そういう意味では真琴わんこは晶の仲間、第一号と呼んでも過言ではない。


「わんこ、同じクラスだったんだ」

「あっ!今、めんどくさいって顔しましたね?」

「…うん」

「…」

真琴の笑顔は引きつった。


相変わらずの塩対応、全く変わらないな、この人は。

でも、懐かしいや…


引きつるも同時に口角は上がる。


「先輩。言っときますが私よりもっとめんどくさいのも、このクラスですよ」

「うん?」


すると真琴は小走りで中央の席へ。朝から机に覆い被さって寝てる生徒の背中を揺さぶる。


「ナベ、起きて。ナーベっ」

「うーん?わんこ…?何、時間?」

「いいからナベ、起きて」


「…」

ナベ…?

どっかで聞いたその名前、細目でその机を見る晶。丸くなって寝てる姿を見て考える。


「え⁉︎ ミハル先輩が⁉︎」

飛び起きて張った声が晶の耳をつんざいた。

そして脳裏に蘇った。


ー やっぱりアイツか!


晶は関わりたくない様で背中ごと窓に向いた。


「ああ!ホントだ、ミハル先輩。いやぁホンットに久しぶりっすね」


「…」

背中を向けて無視しているが明らかに真琴の時とは態度にトゲがある。


「ちょっとぉ。ミハル先輩、憶えてます?あたしですよ、鍋崎なべざきですよー」


彼女の声は耳障りなのか、


「…(うるせぇ…デブ)」


晶はボソっと悪態をついた。聞こえるか聞こえないかの掠り声ではあったが。


「えぇ⁉︎ デブってひどいっすよ」


「⁉︎…聞こえたのかよ。デブのくせに耳だけは人一倍だ」

「またデブって…わんこぉ、先輩に言ってよ」

「…うるさい、もはや公害」

「もう先輩ぃ、勘弁してください」

「先輩。ナベはこれでもダイエットしたんですよ。先輩に言われたあの日から毎日ランニング追加して自主練も頑張ってベンチ入りもしまして」

「ふーん」

白けた目で頬杖をつく晶。

「わんこぉ」

真琴に泣きつく彼女へ晶はまたボソっと言う。


「…腕」

「へ?」

「腕っ、出して」

「あ、は、はい」


ナベこと、鍋崎珠代なべざきたまよは言われるまま袖をめくり晶の前に腕を差し出す。

その腕を晶は何を言うでも無く見つめた後、ムニムニと揉み出した。

普段なら、あはは、もうやめてよぉ、くすぐったいってばぁ、とじゃれ合うが、晶が相手では異常なまでの緊張感が珠代を、そして真琴にも伝わってきた。


「…」

「…」


鍋崎珠代は真琴と同じバスケ部員である。

ただその立ち位置は真琴と対極になるのかもしれない。

晶を尊敬して彼女に近づくべく努力を重ねて二年生でレギュラーを獲得し今はキャプテンで信頼の厚い真琴。

それに対しおちゃらけ担当の珠代は大きな身体で体格に恵まれてるがその力を活かす事が出来ず、公式戦での試合経験も乏しく部内で燻っていた。明るくポジティブな性格が取り柄でどんなにきつい練習も声を出してムードメーカーにはなっていた。が、時には辛い練習を逃げてごまかしてしまうこともあり、晶にその現場を目撃される事も。


その際に言われた一言が


「だからお前は動けないただのデブなんだ」


である。


晶は寡黙な性格で部活ではバスケ以外に興味は無い。部活終わりにみんなで買い食いだったり、部員同士で仲良くなったりなど一切なく、とにかく自分の練習を邪魔される、集中を阻害される事を極度に嫌った。

その晶にとって珠代は一番嫌いなタイプであり、練習ついていけてない奴がふざけてるだけ、と思われていた。


そして何故か珠代は真琴と仲が良くいつも一緒に居る為、真琴が晶にアドバイスを求めに来ると珠代も一緒に来る。

珠代はそこまでアドバイスにはこだわってないのだが、来てしまった以上手持ち無沙汰で一応聞いてみる。が、当然だが晶はその態度が許せない。怒ったり説教したりでは無く無視することで嫌悪感を主張した。


お前に言ったとこで無駄だし、実践も試みないふざけた奴に話す数秒が勿体ない。この無駄な数秒過ごすならシュート一本打ちに行きたい。

と、晶は本心で思っていた程だ。


部員の皆は珠代を陰で庇った。

あの人、冗談通じないし、めんどくさい人だから、と。

ただ珠代自身は真琴を通し、晶のバスケに対する意識の高さに尊敬の念は抱いていた。


ある時真琴と珠代、いやバスケ部に衝撃が走る。


夏休み期間の練習の差中、晶は前触れなく「暫く練習には参加しません」と宣言をした。


最初は晶の言った意味が理解出来なかった。恐らくちょっと体調を崩した、ちょっと怪我をした、程度の事だと思っていた、なので少しすればまた復帰するだろうと。


予想通り晶は二週間程度で練習に参加した。

この日バスケ部は顧問は離れていたがキャプテン指導の元で紅白戦を実施していて、晶も参加。


そして紅白戦の最中、晶はコートで意識を無くして倒れた。


病院に搬送されてから、部員全員が晶が抱えていたのは “腎臓病” だったと知った。


重大な病気を隠して練習に強行参加して迷惑を掛けた晶は、バスケットボールを持つ事を諦め治療に専念した。


バスケ部にとって晶の損失は痛恨の極みとなった。

ただ彼女はプレーヤーとしては部の大きな財産だが、協調性には著しく欠けていたのもあって部員の多くから煙たがられていたのも否めない。


そういった部員達からはやっとめんどくさい奴が消えたと安堵する声も上がる中、珠代には何故か心に穴が空いて、そして今以上に身が入らなくなった。


晶は部活を辞めた訳では無いのでたまに練習を覗きに来ていて、真琴は晶が来る貴重な時間を真剣にアドバイスを貰うのに費やした。

珠代自身も晶が来てくれる事の貴重さに気付いていて、アドバイスを貰おうともっと積極的に聞きに行く。


そしてようやく貰えたのが、


デブだし下手なんだから痩せて基礎から始めろ


であった。


身も蓋もない一言。



当時の晶はサイボーグと陰口を叩かれていたくらい冷徹な一面を時折見せていて、特にバスケで練習に手を抜きふざけてる者、そこに技術が劣るのであれば容赦ない言葉を浴びせる。

しかも感情も表情も無いので当時の晶は本当に部内で恐れられていた。キャプテン候補でもあった為、この人が将来リーダーになった暁にはこの部は自衛隊の様になってしまうのではないか。とまで言われそれだけで部員も何人か減った程である。


ただ珠代はそんな部に残った。


そして晶から言われた自主練習も開始する。時にはサボる事もあったがそれでも彼女なりに少しづつ段階をこなしていったのである。



「…」


じっと黙って腕を揉んでいた晶。


「ふーん…」

「あ、あの、どうっすか。あたし」

「…別に」

「いやいやいや、別にって」

「…」

「いや、何かこう、頑張ったなとか筋肉付いたなとか褒めてくれないんすか」

「頑張るも何もスタート以前の問題でしょ?褒めりゃいいの?わーがんばった、デブだけどがんばった、顎の肉あるけどがんばった」

「またデブってぇ、わんこぉ」

「もうっ、先輩は相変わらずですね」

「…」


ただ真琴はなんとなく感じていた。

晶からトゲの様な嫌悪感が消え、表情も少し笑顔になってる様にも見えた。

この人なりの褒め言葉なんだな、と珠代の頭を撫でながら思っていた。


そんな彼女達のやり取りを見ていた周囲は何やらまたざわつき始める。


ー おい聞いたか?先輩ってやっぱりダブりじゃんか。

ー 見た目完全に優等生だけど。

ー 実はのび太君タイプ?ウケるわぁ。

ー あいつらバスケ部だろ?脳筋軍団か?

ー ってか、俺らもあの人を先輩って呼ぶのか?

ー タメ語はマズイんじゃね?

ー うわぁ気を遣うのかよ、やりづれぇ…


そんな声を背中で聞いていた真琴。

声の主は振り返らずとも分かっていた。

だから迷い無く晶を揶揄した男子生徒の元にツカツカと歩み寄った。


「…」

仁王立ちして彼らを睨みつける真琴。


「な、なんだよ、犬飼…」

「あのさ。さっきから聞こえてんだけど」

食い気味に更に顔を近付ける。

「だから何が…」

「コソコソ先輩の悪口言わないでくれる?あんた達すごくキモいんだけど」

「!」

「なんだテメェ、証拠でもあんのかよ」

「じゃ先輩の目を見て言えんの?」

「!」

奥の晶と目が合うと男子生徒は口ごもってしまった。


「…わんこ。いいから」

晶はなだめる為真琴の元に歩き出す。

だが男子生徒らは気が気でなく、近寄る晶に生唾を呑んだ。


気にするな、抑えて、と目で真琴に合図するも彼女は納得がいかない。


「良くないですよ!先輩の事何も知らないクセにバカにして!面と向かって一人じゃ何も言わずに徒党組んだ途端偉そうにしてる男子、嫌いなんですよ、あなた達みたいな!」


バンっと机を叩き怒りをあらわにした真琴。

そのあまりの迫力に思わず彼らは謝ってしまった。


「ごめん」

「謝るのは私じゃなくて…」


「わんこっ。その辺にして。ダブったのは事実なんだから」

「先輩は留年じゃなくて休学でしょ!」

「いいの。ほら、席に着く」

「うっ…」

真琴はまだ納得がいかず口を尖らせていた。


「あの、すいません。何か私で空気悪くして」

「あ、あぁいや…スンマセンでした、俺たちこそ…」


そんな男子生徒に対して晶は微笑みながら “気にしないで” と軽く首を振った。


「もうっ、なんで先輩が謝るんですか。悪いのは…」

「わんこ…怒るよ?」

「むぅ…」


未だ不満気の真琴へ晶は少し声を強める。


とはいえ、自分の為にあそこまで怒りを露わに出してくれた真琴を愛しくも思っていた。それは同時に去年まで一緒に学校を過ごした二人の親友の影に真琴が重なって見えた。


不思議…なんだか、わんこがあの二人に思えてきた。

きっと “ミワちゃん” や “サトちゃん” もこの場面ならおんなじ様に喰ってかかるかも。“おい、コラ。誰にナメた事言ってんだ!”ってミワちゃんなんかすごい剣幕で 笑。

ってゆうか、ひょっとしたらあの二人なら大学休んで今にでも教室の扉開けて飛び込んでくるかも、昔から過保護だから…


卒業してしまったが今でも毎日の様に連絡を取り合ってる親友。

そんな彼女達の顔が脳裏に浮かぶと教室の扉も開いた。


クラスの担任だった。


「ほらぁ、席着けぇ。時間だぞ」


瞬く間に鎮火する教室。


担任は晶の姿を確認すると切り出した。


「えっとね。ホームルーム始める前に …“三原みはる” 悪いけどちょっと立ってくれ」

「…はい」

再びざわつく教室。

いよいよこの女生徒の正体が判明するとあって担任の言葉に固唾を呑んでいた。


黒板に名前を書いた。


三原晶


「…(みはら?)」


「えぇ、今日からこのクラスで一緒になる三原晶みはるあきらさんだ ー」


“る?”

みは“ら”じゃないのかよ。

と一堂同じようなツッコミが浮かんだがそれを口には出さない。さっきの真琴の剣幕も同時に浮かんだからだ。

担任はそんな事情は知らないから当たり前の様に話しを進める。


「ー 彼女は去年、体調を崩して長期の入院をしていた為に休学をしていた。今日から復学だが、彼女はまだ万全ではないので何か困ってるようなら助けてあげること、いいな?」


ああ、それで補助杖なのか、とクラスはやっと納得し始めた。


「それと実は先日行った学力模試だが、三原にもクラスに復学する直前に受けて貰ったが総合成績はクラス一位、学年でも三位を取っている」


“おーっ!”と沸き立つ教室。


抜群の成績を聞いて何故か鼻が高くなる真琴と珠代。

それみたことか、先輩をナメるなと言わんばかりに先ほどの男子へ視線だけを流す。

次々にアップされる真実に先ほどの男子達は勿論、好奇な目を注いだ生徒は自分が何か恥ずかしい思いに刈られていた。


しかし当の晶は違っていた。

余計な事言わないでくれと目を伏せている。


おそらく、三原みはるは成績不振の落第では無くあくまで休学だと担任なりの心遣いではあったが、晶にとってかえっていらぬお世話に感じてしまった。


「ー では三原。せっかくなんで挨拶を」

「…三原みはるです。みは“ら”じゃなくて“る”です。でもどちらでも構いません」


少しクスクス声が沸いた。

クラスの心は、ここで説明されて“みはらさん”では流石に嫌味だなと考える。

引き続き晶は挨拶を続けた。


「先生からも話していただけましたが、足の怪我もあるのですが腎臓病を患って今も治療中です。カラダが弱いのでクラスの行事は参加出来ないし、協力出来る事も限られてしまいますがよろしくお願いします。それと敬語は必要ありませんので」


晶が頭を下げると拍手が起こる。


晶の正体が分かると本能的に助けて上げたいとクラスは思った。


真琴が尊敬するバスケ部の先輩=現役時代は凄かった。勉強の成績も良いのに病に倒れた悲運な美少女、いや、お姉様…と妙な図式が特に男性陣にはムクムク沸き立ち、彼女を助けてポイントを稼ぎたいとの欲望まで既に芽生え始めていた。


「ー はい、全員出席みたいだから、じゃあそのまま1限に入るからねぇ。教科書20ページ、今日は昨日の公式の応用から ー」


担任がそのままホームルームから1限を引き継ぐのは珍しいことではない。むしろ今日の様にクラスメイトに新メンバーが加わる時や、少し長い説明がある時はかえって好都合でもある。


授業はごく自然な流れで進められて晶もごくごく自然に授業の輪に溶け込む。


自分が想像したよりも早く馴染めそうで良かった。


だが復学初日はまだまだ終わらない。

彼女を取り巻くスキャンダルの渦は始まったばかりだ。



あっという間に1限終了のチャイムは鳴る。


「チャイム鳴ったから1限ここまで。明日小テストするから必ず今日の復習しとけよ」

教材を片付けながらいそいそと担任は言い放つ。厄介な小テストにブーイングの嵐だが、担任は教室を出る前にもう一言追加した。


「それと三原。放課後でいいから指導室に寄ってくれ」


普通なら復学初日、色々な手続きの残りの処理。だから急がないし時間の余る放課後にと考える。

大した言葉ではない。

ただこの時の晶の脳裏にはこの一言になんとなく目星が付いていた。


多分 “アレ” だよな。

ま、やましい事は無いし、聞かれれば話すけど……めんどくさい。


放課後まで待つのが非常に憂鬱だった。



〜…


2.


「ー あの、三原さん…」

「?」


2限終了時の事だった。

意を決した様な顔で晶の机に集まったのは例の男子生徒達である。


「あの、三原さん…さっきはマジすんませんでした」

「?」

「勝手に変な事を吹いて…」

すると晶の周りの席の生徒も立ち上がる。

「あたし達もその、ごめんなさい。三原さんの事知らなかったからつい…」


「あ、ああ、大丈夫、大丈夫です。こっちこそ変な空気にしてごめんなさい」

「あの、なんか困った事あったらいつでも言って下さい。幾らでも協力しますから」

「ありがとう。よろしくお願いします」


晶から自然な笑みがこぼれると男子達はやっと胸の仕えが取れた、嫌われてなかった、良かった、とガッツポーズをしながら仲間達の元に帰っていく。

それが合図となって今度は女生徒達が晶を取り囲む。朝の警戒態勢とは真逆の融和モード。


真琴と珠代は少し離れてその様子を見ていた。


「なんか不思議だね。先輩のあんな表情」

「現役知ってるウチらからすれば考えらんないよ。ミハル先輩だよ?あのサイボーグだったミハル先輩が人間っぽくみんなと話してるんだから」

「うん。私達が1年の時は近づくのも怖かった。部活で休憩時間も休み無しでずっとシュート打ってたし」

「あの人の言葉はトゲ刺さりまくりで余計な事言ったら殺されそうで」

「その割には随分攻めたじゃん、ナベ」

「あ、あれはわんこが居たから」

「?」

「正直おちゃらけなきゃ何言っていいのか分かんないし、わんこが居なかったら一対一サシでなんて絶対無理」

「…」

「もしわんこが同じクラスじゃ無かったら多分あたしは先輩を避けてたと思うよ。先輩だってあたしを無視してたはず」

「私はそうは思わないけど」

「え?」

「先輩はナベを嫌ってなんかないよ」

「ホント?でもさっきもかなり嫌そうな顔してたし」

「本当に嫌ってたらあんな事する?ナベの腕触ってトレーニングの成果調べたり」

「でもデブだって言われたし」

「先輩笑ってたよ」

「え」

「相変わらずストレートで平気でヒドイ事言うけど…なんか笑ってる様にあたしには見えた。認めてくれてるんだよ、ナベなりにがんばった努力を」

「…わんこ」

珠代が鑑賞に浸る中、真琴は晶の席の話しに耳が反応する。


「ん?なんかウチらの事言ってない?」

「え?マジ…?」

珠代も少し耳を澄ました。



「ー 犬飼さんやナベとは友達なんですか?随分仲良さそうなんで」

「ああ、まぁバスケ部入ってたんでわんことはそこで、もう1人のデ…」

「え?なになになになになになに?あたしが何ですって?」

「…」

信じられない速さと音量でカットに入った珠代を晶は睨みつけた。

「ナベと三原さんが知り合いなのかって」

「ふっ。愚問じゃ、知り合いも何もあたしは先輩から盃受けた一の舎弟じゃ」

「誰が舎弟だ、デブ!」

「笑」

「ヒドイじゃないっすか、ちゃんと痩せましたよ」

「…そのアゴ、腹!、お尻も!芸人か、お前は」

「何言ってんすか、これを見て下さいよ、この髪」

「?」

「先輩を尊敬して真似たこの“ミハルショート”、わんこも同じショートだしこれでウチらはミハル三姉妹でしょう」

「!」

「あ、言われてみれば確かに同じ。二人とも三原さんに寄せてたんだね」

「これでお分かりか、皆の衆。儂がどれだけミハル先輩を……」


なんとなく勢いで先輩の肩に手を回してみようかなぁ、と晶にちらっと目を寄せた時、


“!”


晶の肩がかなりフラストレーションを抱えてるのを本能的に感じた。

調子に乗るなよと威嚇されてる様にも思え、肩に行き掛かった腕を後頭部に戻してぽりぽり髪を掻いた。


集まった女生徒達もそれを薄々感じ取り緊張が走る。

やはり元先輩であり、年上の人間をイジるには早過ぎたのかも知れない。

ただ、晶の一言で固まった空気はどっと溶け出した。


「お前ホントめんどくさい、ザキナベ!」


「ザキナベって 笑」

「あ、確かに“ザキヤマ”っぽいよ、ナベは」

「三原さんナイス名付け親」

「誰がザキヤマだ!男じゃねぇし」

「笑」

「じゃ“バービー”」

「もっと嫌!」

「笑」

「ビーバー」

「最早人間じゃねぇだろ!」


気付くと笑顔の絶えないおしゃべりの輪になっていた。

どこにでもある女子の会話。

ああ良かった、三原さんは怖い人じゃ無かったと皆の緊張や誤解が解けると晶への好奇心で次から次へ質問攻め。


休学明けなのに学力模試の好成績や、入院してた時の話しなど、晶は来る質問には嫌な顔はせず話せる事は話した。


元々勉強は嫌いでは無く入院時や休学してる間もある程度はしていた事、朝読んでいた文庫本にも聞かれ、ライトノベルの恋愛物と知るとまた盛り上がる。三原さんはもっと有名な作家の文学本が好きなのだと思った、と言われれば、いや、ジヤニースの雑誌とかの方が好きなんですよと返す。じゃウチらと同じだ、ちなみに誰押しですか?など、返せば返すだけ話しの輪は咲いた。

そしてバスケ部の話し、珠代は待ってましたとばかりに晶の凄さを語るが、晶はお前はサボってばかりと嫌味を言ってまた笑いの場。


その流れの中である女生徒がふと口を滑らした。


「え?じゃ、あの話しはホントなの?顧問の先生と ー」


一瞬だけ場が凍り付いた。


それはバスケ部の珠代と真琴には禁句でもあった。


「ああ見た、あれでしょ、顧問の先生と噂に ー」

「!」

言い掛けたところに珠代の肘は女生徒の脇腹を小突く。

ー (ダメだって)

ー (ご、ゴメン)


「?」

晶はその行動をはっきり見ていた。


「顧問?…加藤先生の事?先生がどうしたの?」

「あ、あーいえいえ、そうではなくて」

「ナベ、バスケ部の顧問って他に居るの?」

「いや、顧問じゃ無くてぇ、コモ…コモぉ、コモ、り!そう、小森谷弁護士!あの最近テレビで有名な小森谷弁護士で」

「…ナベ」

「うっ」

「ちょっといい?」

「はい…」


晶は席を立つ。

そして一人教室を出る。

誰も声を掛ける事も止める事も出来なかった。


流石にふざけて誤魔化す空気ではないと悟った珠代。

晶の後を追うがその背中は非常に小さく縮んで見えた。

口を滑らしてしまった女生徒は申し訳なさそうに “マジでゴメン” とジェスチャー。珠代は “いいよいいよ気にしないで” とサインを返すも本気で凹む彼女の後ろ姿が不憫で仕方なかった。


真琴も気が気でなくこっそり後を追う。


そしてもう一人、晶が気になってしょうがない男子生徒がいた。


(鍋崎なんて声掛けてくれるだけマシだよ。俺なんてあの人の記憶にもないんだ)


晶の隣りの席で1限を過ごしたのだが彼女は全くその存在に触れずの今。

晶、珠代、真琴の輪に加わりたいが今がタイミングではないのは理解していて、後ろを追いたい気持ちを彼はグッと堪えていた。




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