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産廃水滸伝 ~産廃Gメン伝説~ 1 産廃ゴールドラッシュ  作者: 石渡正佳
ファイル1 産廃ゴールドラッシュ
6/22

狂犬病

 高岩町は森井町とは谷津を一つ隔てた東側にあった。東西に走る市道が一本、そこから北に向かう谷津に沿った林道が一本あるだけの小さな部落だった。県道から市道に入ったとたん道幅が不自然に広げられていた。ダンプが強引にすれ違っているうちに道幅が広がってしまったのだ。仮舗装は完全に壊れたまま放置されていた。直したところで一晩で壊されてしまうので市の建設課が補修を諦めてしまっているのだ。深さ五十センチはあろうかという巨大な水溜りがゴルフ場のバンカーのように連続しているので四駆のXトレールでも車体を傾けなければ走行できなかった。産廃を持ち込んでいる連中が泥道を石灰で固めては壊すの繰り返しで路面が真っ白になっていて、肺に悪そうなきめの細かい埃がもうもうと立ち昇った。路肩には古木材と鉄条網で封鎖された旧い捨て場の入り口がいくつも見えた。市道をそのまま直進し林道が交差するT字路を過ぎると、古トタンをぶっつけた高塀が百メートルほど続いた。塀の切れ目に開けっ放しの門扉があり、左手にプレハブの事務所があった。そこが柿屋だった。

 長嶋は勝手知ったる様子で場内に車を乗り入れた。車を降りるなり伊刈は場内をざっと見渡した。一見すると平場だったが、谷津が入り組んだこの一体に元々平らな土地はありえない。長年の間に残土と産廃で埋め立てたのだ。真ん中に直径二十メートルほどの穴が掘られていた。一度残土で埋め立てたところをまた掘り返して捨て場にしているのだ。そんなことをずっと繰り返してきたので、一つ一つの穴は小さくても全部合算すれば違法な規模の処分場だった。だがこれまではお目こぼしになってきたようだ。

 「今日はどんなご用件で」柿木が事務所から飛び出してきた。愛想笑いのうまい小太りの男だった。

 「奥の様子を見に来たんだ」長嶋は敷地の外へと視線を向けた。

 「ああなるほど奥ですか」柿木はしたり顔に頷いた。

 柿屋に隣接して産廃を十メートルほどの高さに積み上げた土手が林の奥へ向かう林道に沿って続いていた。里見が検挙された捨て場だった。土手の裏からゴツゴツとユンボのアームが動く音が聞こえてきた。昼間から活動中の捨て場があるようだった。

 「誰がやってんだ」

 「よくは知りませんけど地元のもんじゃないですよ。とんでもない連中ですよ。昼間っから堂々だもの」

 「夜ならいいってものじゃないだろう」

 「うちがやってるのかって疑われちゃうし迷惑千番ですよ」

 「土手の向こうみたいだね」伊刈が言った。

 「あのあたりには風見環境が閉鎖したばかりの処分場があります。誰かが承継したんじゃないでしょうか」喜多が説明した。

 「とにかく行ってみよう」

 「親父また寄るよ」長嶋が柿木に挨拶した。

 「もうお帰りで。空茶でもお出ししようかと思っていましたのに」柿木は脂ぎった分厚い手をすり合わせながら愛想を言った。

 パトロールチームが新しい現場に向かうのを見送りながら柿木は携帯を手に取った。柿屋は情報センターだった。パトロールチームの動きは三十分もしないうちに犬咬中の穴屋という穴屋に知れ渡るに違いなかった。それが彼の信望なのである。

 林道の間口はダンプ一台がやっと通れる程度だったが、奥へ進むにつれて道幅が両脇の杉林にどんどん広げられ、これ以上の越境はごめんとばかり山林の地主が鉄条網を張り巡らせていた。跳ね上げられた泥が柵の柱や杉の幹に積もって蟻塚のようになっていた。それだけを見てもダンプの往来の激しさがわかった。木立ちを透かして里見が積み上げた土手が見えた。さらに進むと杉林が切り開かれた広場に出た。

 「この先が風見環境の閉鎖跡です」喜多が言った。

 風見環境は県に準じて市が定めた要綱どおりに周辺の道路と同じ高さまで産廃を埋め立て、一メートルの最終覆土をして四月に閉鎖届けを出したばかりだった。それから一か月としないうちに何者かが跡地で産廃の搬入を再開していた。道路と水平になった現場に産廃を持ち込むのだから上に積み上げるしかない。このまま放置すれば隣の里見工業の捨て場と同じになるのは目に見えていた。

 Xトレールが停車したのを見とがめて稼動中のユンボから二十歳そこそこの若い男が飛び降りた。

 「なんだおまえら誰に断って人の土地に入ってんだよ」狂犬病のような剣幕だった。こういうハイリスクな相手を前にしたときの反応には三通りある。一歩前に出る者、その場で固まる者、一歩退く者だ。ファイトオアエスケープと言うが、敵を前にしたら戦うか逃げるかどっちか即断すべきだ。長嶋が一歩前に出た。

 「市の環境事務所だ。何をしてるか説明してもらえるか」長嶋はあえて警察官の身分を明かさなかった。

 「あん、環境事務所だあ。なんか文句あんのかよ。ちゃんと許可もらってやってんだから勝手に入るんじゃねえよ」若い男が毒ついた。地元のヤクザなら長嶋の顔は知っている。たとえ知らなくても警察官だとわからないようでは無知なチンピラだ。

 「どこから許可を貰ったんだ」

 「役所に決まってんだろう」

 「どこの役所だ」

 「知らねえよ。産廃なんだから県庁かどっかだろう」

 「ここは市の管轄です。市は許可はしてないですよ」喜多が言った。

 「許可があるってから買ったんだ。文句あるなら売ったやつに言えよ」

 「買ったって言うなら売った人の名前教えてもらえるかな」長嶋が言った。

 「おまえらが許可したんならおまえらが知ってんだろうよ。すぐにダンプが入ってくるぞ。ひき殺されても知らねえぞ」

 「写真撮らせてもらいますよ」喜多がカメラを構えた。

 「撮るなら百万円払いな」どこまでも可愛げのないやつだった。

 「道路から撮るなら許可は要らないと思います」

 「なら勝手にしろ。俺は撮るなよ」

 伊刈は少し離れた場所から不法投棄された産廃を手に取って調べていた。ファイトでもエスケープでもないフェイントだった。

 「何勝手なことやってんだよ」伊刈を見とがめて男がつかつかと歩み寄った。「人の土地に勝手に入るなっつってんのが聞こえねえのかよ。俺のゴミに触んなよ」

 「あの車は仲間かな?」男の啖呵には取り合わず、伊刈は森の奥に停まったトヨタランドクルーザーに目を向けた。

 「知らねえな、俺の車じゃねえし」

 「こっちを見てるね」

 「んあ?」男はランクルを振り返った。「ふかしてんじゃねえよ。フィルム貼られててなんにも見えねえじゃねえかよ」

 ランクルのガラスには真っ黒な遮光フィルムがぐるりと貼られていて車内の様子はわからなかったが、なんとなくこっちを監視しているような気がしたのは嘘ではなかった。

 「ランクルには文句言わないのか」伊刈が男を煽るように言った。

 「別に気にしねえよ」男はいらつきながら答えた。その時、男のジーンズのポケットで携帯が鳴り出した。「かまわねえから入れろ」男は携帯に向かってどなった。相手はダンプの運転手のようだった。

 待機していたダンプが二台進入してきた。深ダンプ、深枠、深箱などと呼ばれる改造車で、容量は三十三立方メートル、土砂運搬用の平ダンプの五倍あった。道路法の車両制限令ぎりぎりの高さ三・八メートルに平ダンプの荷台を嵩上げすると、計ったようにどのダンプも同じ容量になるのだ。それ以上高くすると土砂禁(土砂等運搬禁止車両)でも車検が通らないだけではなく、トンネルや橋桁を潜れずダンプをだめにしてしまう恐れがある。違法行為をやるのに規格が揃っている。それがいかにも日本的で滑稽だった。ダンプ運転手は産廃Gメン(自治体の不法投棄監視員)に鉢合わせしてびっくりした顔をした。ユンボの男が早く棄てろという合図に、ビッ、ビッとクラクションを鳴らした。ダンプはジャンプ台(鉄板敷きの仮設路)をバックして穴に近付き積荷をダンプアウトした。荷台に満載された産廃が地響きを立ててすべり落ち土煙が上がった。棄てられた産廃はすぐにユンボのバケットで掻き上げ、次のダンプアウトのために穴を空にした。

 「危険ですから今日は引き上げましょう」ダンプのナンバーを控えながら長嶋が言った。

 「ランクルはどうしますか」伊刈が尋ねた。

 「そうですねえ」長嶋がランクルに向かって歩き始めたとたん眠ったように動かなかったボディが震えチームに向かって突進してきた。

 「前方車両です、退避してください」長嶋の警告に全員が山林の中に飛びのいた。ランクルは土埃を上げながらチームの目の前を走り去った。

 「なにわでしたね」長嶋がナンバーを控えながら冷静に言った。

 「ってことは、ここやってるのは西の組織ですね。いきがってたあの男、狂犬じゃなく首輪を着けられた飼い犬なのかもしれませんね」伊刈の言葉に全員が現場を見直した。

 「きっととんでもないことになりますね」喜多がぼそりと一人ごちた。

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