第2話 闇の本神殿
〜セルベリン王国・王城〜
執務室でいつも通りに、執務に励んでいたこの国の国王マクシミリアン・トマール・ゼノ・セルベリンの元へある報せが届く。
コンコンと執務室の扉が、ノックされたので入室の許可を出す。
「何だ?宰相お主が直々に来るとは珍しいな?何かあったのか?」
まだ、40代前半と脂の乗った、金髪碧眼で油で髪を後ろに撫で付けた国王は宰相に問い掛ける。
宰相マコル・トニコス・フォン・サーチスは老境に差し掛かり白髪になったが、まだまだ現役でありその茶色の瞳の眼光は鋭い。
宰相を何代にも渡り輩出して来た、名門サーチス侯爵家の出身である。
「はい陛下。朗報で御座います」
宰相の顔には珍しく喜色を浮かべていた。
「ほう。朗報か。昨今の我が国を取り巻く情勢は、悪くなる一方だったからな。如何に大国とは言えど、我が国の使徒は一人しか居ないばかりか、奴もそろそろ引退を考える年齢に差し掛かって居るからな。そんな中でお主が朗報と言うのだ?余程の事なのだろう?
もしや前々から打診していた同盟が成立しそうなのか?」
国王マクシミリアンは、この国の置かれて居る状況を頭に思い描き、その中の最上の選択肢を上げる。
「いえ、陛下。違います。これが事実でしたら同盟よりも良い事で御座いますよ」
同盟よりもいいか。
宰相の言葉を頭の中で考えてみるが、答えは見つからない。
「わからんな。で?朗報とは何だ?勿体ぶらずに早く報告せんか」
若干期待しながらマコル宰相に問い掛ける。
「はい。実はですね。新たな使徒が誕生したと早馬で報告が届いて居ります」
一瞬、宰相が何を言ったのか理解出来なかったが、次第に理解するに連れて自然と口角が上がる。
「それはまことか!?それが事実なら朗報以外の何物でも無いわ!アッハッハ」
マクシミリアンは久し振りに心の底から笑う。
そこに宰相が冷や水を浴びせる様に、言葉を紡ぐ。
「陛下。落ち着いて下さい。見っともないですよ。それにまだ第一報ですよ。先ずはこれが事実かどうか確かめるのが先でしょう?」
「五月蝿いな。わかっとる。で、誰からの報告だったのだ?」
「はい。アポストロス男爵からの報告です。彼の息子に聖痕が浮かび上がったそうです」
アポストロス男爵か。
口の中で言葉を転がして記憶を辿る。
マクシミリアンはこの国の国王とは言えど、無数に居る貴族の全てを憶えているわけでは無い、
伯爵家以上なら大多数は覚えているが、それ以下の爵位となると自信は無い。
だが、閃く物があった。
「そうだ。そう言えばアポストロス男爵と言えば、闇の神殿の聖女を数年前に妻に娶った青髪黒眼の男だったか?」
宰相は手元の資料を確認しながら、マクシミリアンの問い掛けに答える。
「ええ、そうですね、その様に資料にも記載されて居ます。それでこの事はまだ秘密裏に進めた方が良いでしょうね」
「もちろんだ。取り敢えず裏取りが先だな。
諜報部隊を動かして情報の収集と、漏洩を防ぐ様に行動しろ。それと念の為に秘密裏にこのアポストロス男爵の息子と、その家族を裏から秘密裏に守れ」
「畏まりました。直ぐに取り掛かります」
宰相マコルはまるで見本のように、綺麗な臣下の礼をしてから退出して行く。
「それにしても、新たな使徒か」
使徒の扱いや、これからの世界情勢などの展望を考えながら、マクシミリアンは執務を再開する。
若干何時もよりペンを走らせる速度が、早い様に見えるのは気の所為では無いだろう。
■
父アルフシュタインが、王城と闇の神殿本殿に早馬を送った後に、正式な書簡を届けてから数日後………。
アレンが、母メリアーゼの腕の中で本を読んで居る時に、王都からの来訪者が現れた。
扉がノックされて入って来た執事は「奥様。アレン様お寛ぎのところ失礼します。旦那様がお二人をお呼びで御座います」と告げる。
「わかったわ。アレン行きましょうか」
「はい」
二人は手を繋いで父アルフシュタインが待つ部屋へ向かう。
「貴方。お呼びだと聞いたのだけど?」
部屋の中でアルフシュタインは、書簡に目を通して居た。
「ん?ああ。実は闇の神殿本殿から招待状が来て居てな。是非ともアレンを連れて来て欲しいとの事だ。まあ、気持ちはわからないでも無いな。久し振りに闇の神殿から使徒が誕生したのだからな」
聖痕の色により、どの八大神から加護を得たのか判断出来る。
そしてアレンの聖痕は黒色なので、闇の女神ネフューラからの加護であると判別出来る。
「それと、王城からも先程使者が来て、直ぐに王都に来る様に呼び出しを受けた。なので急いで旅の準備をして出発するよ」
「わかったわ。ではアレン。旅の準備を一緒にしましょうか」
「うん。わかった」
早速旅の準備を始める。
アルフシュタインは重要な書類だけを、急ぎ終わらせて残った諸々の雑務の処理は、残った側近達に任せて旅の準備に入る。
■
翌日
急ぎ準備を整えた一行は、最低限の護衛だけを付けて王都に出発した。
その一行を離れた位置から、国王直属の秘密部隊が護衛に付く。
王都からの使者には、王都へ行く途中の各領主の関所を無条件で、早く通過する為の許可証を得ているのでスムーズに進めた。
道中アルフシュタインは先に王城へ行くか、それとも闇の神殿本殿に先に行くかで悩んだ。
だが、正式に使徒に任命されてからの方が、何かと都合が良いだろうと結論付けて、闇の神殿本殿に先に寄る事にした。
数日かけて王都へ到着した一行は、旅の汚れを落とさずに急いで闇の神殿本殿へ向かった。
普段なら無礼だが、この場合は速さが重要になるので問題にはならない。
先触れを先に向かわせて居たので、スムーズに闇の神殿の本神殿に到着出来た。
てっきり神殿長である枢機卿が、出迎えてくれると思って居たが、まさか闇の神殿のトップである、総大司教が態々出迎えてくれるとは思っても居なかった。
普段総大司教は、八大神殿と呼ばれる場所に居る。
もう69歳とこの世界では、かなり高齢の部類に入り、髪も白髪になったが、青い瞳は何処か子供の様にキラキラと輝いて居る。
「これは!総大司教様!態々お出迎え下さり光栄です」
恭しくアルフシュタインは頭を下げる。
対照的にメリアーゼは「あっ!お爺ちゃんが態々来てくれたんだ」と気さくな感じで総大司教に話し掛ける。
メリアーゼは元聖女であり、総大司教のエルマンテ・パウロ・フィーディラとは親しかったのである。
「これこれ、メリアーゼ。この場では総大司教と呼びなさい」と軽く嗜める。
「コホン。失礼しました。総大司教様。変わらず御元気そうで安心しましたわ」と先程の態度が嘘のように淑女然とした態度になる。
「うむうむ。してその子が新たな使徒殿かな?」
満足そうにエルマンテは頷いた後、アレンに視線を移す。
「はい。私の息子のアレンです。ほらアレン御挨拶しなさい」
「はい。御紹介に預かりました。アレン・リヒト・フォン・アポストロスです」
何時もの口調から、真面目な感じに切り替える。
普段よりも、凛とした佇まいで貴族の礼をした、アレンに父のアルフシュタインと母のメリアーゼは少し驚いて居た。
「これはこれは御丁寧にありがとう。私は闇の神殿の総大司教エルマンテ・パウロ・フィーディラと申します。よろしくね」
「さて、此処で立ち話もなんです。神殿の中へ入りましょう」
エルマンテに促されて、彼の後に続いて神殿の中へ入って行く。