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ACT5:死神と鋼の翼

 航宙歴:578年、ネメシス殲滅作戦中の出来事だった。

「いてててて…、俺とした事がドジったな。サーティーン聞こえるか?13!」

 ヒカルの呼び掛けも空しく、耳のインカムからはノイズ音しか聞こえてこない。ヒカルは小さく舌打ちすると、壊れた通信機コミュニケーターを外して、ジャケットのポケットへ仕舞い込んだ。

彼が今居るのは、地上から20mの高み…、森林地帯の木の上である。人造擬体バイオロイドに追われた難民達を航宙艦に移送する際、ヒカル達の乗ったヘリが地上から撃ち落とされたのだ。間一髪、無事に脱出は出来たものの、彼の腹部には深々とヘリの破片が突き刺さっていた。

 ヒカルは慎重に手足の先を動かしてみる、…どうやら骨折はしていない。いずれにせよ、このままでいる訳にはいかなかったので、辺りを警戒するのももどかしく、ヒカルは脇腹に突き立った破片を引き抜いて、下へと投げ捨てた。

破片を抜いた途端、血が溢れ出したので、彼はポケットから安全ピンと糸と針を取り出して、傷口を仮に縫い合わせていく。もちろん、手術用の糸と針ではない。ましてや麻酔も無いのだから、常人ならこんな行為は不可能だ。

 荒治療で傷を縫い合わせると、その上からスカーフを巻き付けて、更に傷を固定する。血がこれ以上流れない事を確認してから、彼はゆっくりと木から降りて行った。

「さぁて、救援を呼べない以上、俺が生きてる事を証明しないと、誰も迎えに来ないだろうな…」

 ヒカルは風で方角を読むと、森を南へ向かって歩き出した…。


 航宙艦のブリッジに、緊急通信が入った。

「報告します!帰還兵を乗せたヘリが1機、敵に撃墜されました!!」

 部隊の指揮をとる艦長が、鋭い声を上げる。

「何!?どこの所属部隊だ?」

「はっ、傭兵部隊であります」

「傭兵?フン、どうせ生存は見込めないのだろう?放っておけ。-それより、難民達の救助が先だ。全員を救助次第、帰還する!」

「了解です!」





「隊長!隊長はいませんか!?」

 救助された難民の中を、ケインとクラースが手分けして捜してみたが、ヒカルの姿はどこにも見えない。前線へ出ていた他の部隊へ捜しに行っていたマーク達も、ヒカルの消息を掴んでいなかった。

ケイン達は一旦合流すると、メインデッキに居る艦長の元へ聞き取りに行ったリュオンの帰りを待つ。みんな不安の色が濃く、重苦しい時間が過ぎていく…。5分、10分の時間が、オルデン傭兵部隊の面々には、長いものに感じられた。そんなところへ、リュオンが戻って来た。

「13!どうだった―……何が遭ったんだよ、リュオン?」

 チェイサーは青褪めた彼の顔を見て、非常事態が発生している事に気付いた。チェイサーの言葉を受けて、ケインがリュオンに詰め寄る。

「リュオン、隊長は?艦長は何て言ってたんだよ?!」

「帰還兵を乗せたヘリが1機、撃墜されたそうです。生存者の見込みがない為、捜索より難民救助を優先したそうです…」

「帰還兵を乗せたヘリって、まさかそれに隊長が?」

「管制官の話では、オルデン以外の傭兵部隊を乗せたヘリのようですが、飛び立った現地の場所から見て、間違いなくサージェントが乗られたヘリだと思われます」

「そんな…、嘘だろ…」

 絶句するケインの代わりに、副隊長のクラースが訊いた。

「生存者の見込みがないって、…墜落した場所の特定は出来てるんだろう、リュオン?」

「森林地帯に墜落したようです、レイドリック伍長」

 リュオンの言葉を受けて、クラースは傍らのベンに問う。

「森林地帯……どう思う、ベン?」

「どの程度の高さで撃墜されたんだ?」

「地上から、約105フィートの高さのようです。サージェント・ウルフ」

「30mか…。死なないな、あの人なら」

 ベンの答えを聞いて、クラースが的確に判断を下す。

「死んでなくとも、怪我は免れないだろう?すぐに救助の申請を出すぞ、リュオン!」

「レイドリック伍長、了解です!」

 早速、クラースとケインとリュオンの3人は、艦内の端末を使い、U・F・G地球連邦陸軍の公式文書を作成した。その文書を持って、すぐさまメインブリッジへと向かう。

メインブリッジの中央、ファーストシートに艦長が座っていたので、彼の前へ進み出た。

「何だね、君達は?」

「地球連邦陸軍、ルナ・ステーション基地所属、オルデン傭兵部隊の者です」

 クラースの台詞に、ブリッジ内のクルー達に緊張が走る。

(オルデン傭兵部隊だって?!)

(連邦の【死神】か!?)

(ウチの艦長、何ももめ事を起こさなけりゃいいが…)

「その傭兵部隊の君達が、私に何の用だね?」

「先ほどお伺いしました、ヘリの捜索要請です。あれに自分達の上官が乗っています。特殊訓練を受けていますので、生存の可能性が高いのです。すぐに捜索艇を出して下さい!」

 クラースから手渡された文書の画面に目を通し、艦長は冷たくあしらった。

「気の毒だが作戦の変更は出来ん、本艦はこれよりワープ航行に入る。生存者を捜索するのであれば、地球ホームへ帰還後、違うふねを捜せばいい」

 艦長の言葉に、不断は冷静なクラースが気色ばむ。

「そんな!これは陸軍の正式文書ですよ!?ちゃんとガードナー大佐のサインも入っている。一・スターフリートの貴方に、断る権限はないはずだ!!」

「フン、傭兵の分際で何を偉そうに言っている。今回の難民救助は連邦の最優先事項だ、私は直接ゲン・ホンダ提督の司令で、今回の任務に当たっている!ホンダ提督とガードナー大佐、どちらの命令が優先されるか、一目瞭然だ」

 艦長の言葉に、ケインが切れた。

「こんの野郎…ふざんじゃねぇ!目の前に怪我人が居てるっていうのに、助けないだと?!」

「やめろ!ケイン!!」

「はっ放せ、クラース!」

 今にも殴り掛かろうと飛び出しそうになるケインを、後ろからクラースが羽交い絞めにして止めた。そんなケインを侮蔑の眼差しで見上げ、艦長は吐き捨てるように言う。

「ハッ!第一、優秀な我らスターフリートが、たかが傭兵を助けるとでも思っているのかね?」

「たかが傭兵だとぉ~っっ!!」

「もういい、戻るぞケイン!リュオンも手伝え!」

 クラースとリュオンに両腕を掴まれ、引きずられるようにして、ケインはブリッジを出て行く。

「いいか、この艦がバイオロイドに襲われても、絶対助けたりしないからな~っ!!」

 ケインの叫び声だけが、空しく木霊するのであった。


 丸3日、森の中を歩いたヒカルは、4日目の朝日が昇る頃、高台から眼下に広がる巨大テクノポリス:テーベを見下ろしていた。サバイバルはお手の物のヒカルは、寝るのと食事には困らなかったものの、傷の治りが遅い事に頭を悩ませていた。体を動かすと、痛みが全身に走るのである。痛みに顔を歪めながら、淡々と作戦を練っていく。

 現在この惑星は、ほぼ人造擬体バイオロイドの手中に落ちていた。その為、軍は一旦生き残った上流階級の人間を、すべて他へ移住させ、星が人造擬体だけになった所へ総攻撃を仕掛けるという、たいそう時間の懸かる作戦を、現在進行中なのである。

ヒカルは、どうやら1人残された事を理由に、自分1人だけで人造擬体を殲滅しようと考えたようだ。一気に丘の斜面を駆け下りて、大都市への侵入を開始する。

 彼は幼少の頃より、人造擬体相手に戦っているから、人造擬体が何を好み、何を考えるのかが、手に取るように解る事が出来た。それは連邦の誇る最新鋭のコンピューターより正確で、計算も早かった。

 地下の下水処理施設から都市内部へ侵入すると、ヒカルは早速、電源の供給ストップを図った。人工知能を有しているとはいえ、所詮はコンピューターの考える事だ。人造擬体は何もかもを、機械に任せ過ぎる傾向がある。都市全体が急に停電になれば、簡単に攻略していく事が可能だ。

更に、本来性別など存在していない人造擬体の性格が、高飛車な女のそれに近い事を、リュオンに言われるまでもなく、ヒカルは本能で知っていた。この大都市で奴らが生活する場所に、彼は高級5つ星ホテルと予想を付けていた。

 マンホールを慎重に押し上げて、ヒカルが裏通りに姿を現した。都市部に電力を供給するすべての配線に、時限発火装置をセットするのに夜まで懸かってしまったが、今の彼にはその方が都合はいい。

愛銃を構えると、遠隔スイッチのボタンを押し、辺りが闇に包まれたのと同時に、ホテルのロビーへと駆け込んで行った。ヒカルの予想はビンゴだ。電気が消えた事で、すぐには対応出来ないでいる人造擬体達を、次々と仕留めていく。

 こうしてテーベを奪還するのに、僅か48時間しか必要としない彼の存在は、人造擬体にとって、脅威以外の何者でもない…。





 ヒカルが行方不明になってから7日後、オルデン傭兵部隊の面々は地球本部に帰還した。定期艦シャトル降り場を後にすると、クラースの提案で連邦宇宙局本部へと向かった。自分達の元・上官であった、テッドを訪ねる事にしたのだ。

テッドは現在、スターフリートのⅮ・アーダン提督の推薦で、スターフリートの養成に努めている。彼の尽力で、何とか捜索に向かってくれる艦を、探す事が出来ればいいのだが…。

 本部へ到着すると、受付にテッドの呼び出しを頼んだ。テッドの異動先の正式名称が解らなかったからだ。ロビーで10分ほど待たされて、テッドが通路の先からみんなに、にこやかに手を上げた。

「よう!揃いも揃って、どうした?」

「テッド隊長~!助けて下さいっっ」

「ケイン…、相変わらず要領を得ない奴だな。久しぶりに会って、挨拶がそれかい」

 テッドにしがみ付くケインを押しのけて、クラースが挨拶した。

「お久しぶりです、テッド隊長。実は貴方に相談があって参上しました」

「おお、クラース。お前も大変だな、こいつの相手は。…ところで、今日はヒカルは居ないのか?お前らが全員揃ってるってぇのに、あいつが居ないとは」

「そのカトー隊長の事で来たんだって!クラース、挨拶なんていいから、早くテッド隊長に話せよ!」

 チェイサーの慌てぶりからただ事ではないと判断したテッドは、みんなを自分の持ち場へと案内する事にした。

「…訳ありだな?ここじゃ何だ、俺の仕事部屋に案内するぜ」

 こう言った場合、理路整然と語れるリュオンに説明させるのが一番である。ヒカルの乗ったヘリが撃墜されたが、彼なら99%生存しているであろう事。艦長に捜索を断られた為、すぐにでも捜索に出てくれる艦を探している事を、順を追って説明していく。リュオンの話を聞いて、テッドは腕を組んで考え込んでしまった。それを見て、ベンが訊く。

「自分達に、スターフリートにツテなんてありませんからな。だから貴方を訪ねて来たのです。何とかなりませんか?」

「…スターフリートって連中は気位が高くてな、プライドだけでものを言ってきやがる。ましてや、傭兵なんて隸てい度に思っていやがるからな。大佐の名前を出して断られたんなら、難しいかもな」

「そんな…!!」

 何かを言おうとするリュオンを、テッドは手で制する。

「おっと!話は最後まで聞きなって、リュオン。俺の教え子がいつもつるんでる男が変わり者でな、悪い噂が絶えない奴だが、頭はかなり切れる。この男に、一度当たってみるといい」

 ニヤリと笑うテッドに、クラースが言う。

「時間があまりありません、すぐに紹介して頂けますか?」

「今すぐにか?……ヒース、ヒースは居るか?」

 テッドは手元のボタンを押して、内線で呼び掛ける。ほどなくして、若い男の声で返事があった。

Pi!『何すか、隊長?』

「ちょっと話がある。すぐに俺の部屋まで来い」

『…俺、何も悪い事なんてしてないっすよ!?』

「いいから早く来い!」

『はい!すぐに行きます!!』

「…ったく、あの馬鹿は」

 マイクのスイッチを切りながら、テッドは1人ごちる。全力で走って来たのだろう、青年は本当に、すぐに姿を現した。

「隊長!入ります」

「おう、入れ」

 年齢は22歳くらいの、軽い感じの男だ。青年がドアを閉めるのと同時に、テッドは早速、話を彼に振った。

「お前、いつも酒場でつるんでる野郎が居るだろ?」

「キャプテン・シスの事っすか?」

「そうそう、そんな名前だったな、提督の弟は。そいつに今すぐ繋ぎを取って欲しいんだがな」

「今からですか?そりゃあ無理っすよ、せめて夜まで待って下さいよ。…あのぅ、こちらの方々は?」

 ヒースは部屋の中に居るクラース達へ視線を向けた。

「提督の弟に会いたいって連中さ。人命が懸ってるから、出来るだけ急いで貰いたいんだが、しようがねぇな。夜まで待てば連絡が付くんだな?」

「いつものバーに現れますよ」

 ヒースの言葉を受けて、テッドはクラースに言う。

「-という訳だ。お前ら、夜までここで待ったらどうだ?」

「…仕方ないでしょう、そうさせて貰います」

「ついでに、俺の教え子の演習相手をしてくれると有難いんだがな?」


 夜になるまでチーム・アゾートの演習相手をし、一行はヒースの提案で酒場街へと足を運んだ。繁華街の片隅にある、古めかしい雰囲気が漂う店である。店内は時間帯が早いせいか人影はまばらで、ヒースはすぐに目的の人物を見つけたようだ。迷う事なく、真っ直ぐカウンター席の男に近付いて行く。

「うわぁ、酒くせ~、もう出来上がってんじゃないか!もっと早くても良かったな。おい、キャプテン!貴方に客っすよ」

「ん?」

 歳は、チェイサーやリュオンと同じくらいか、切れ長の瞳が印象的な男だ。一体、いつからここで飲んでいるのか訊きたくなるほど、酒が入っている。男は顔を上げクラース達を一瞥すると、グラスを手に挑戦的な目を向けた。

「何だぁ?こんな所に、軍の制服なんかで来やがって。それも地球陸軍の方が、一体俺に何の用があるのかな?」

 クラースはいつもの如く、平然と応えた。

「テッド隊長から、貴方なら艦を出してくれると聞いた。お願いだ、我々の力になって頂きたい」

「テッド隊長?」

 おうむ返しをするシグルドに、ヒースが真剣に話し掛ける。

「ウチのボスの事だって。…なぁキャプテン・シス、深刻そうだから真面目に話を聞いてくれよ」

「フン、俺に話を持って来る事自体、可笑しいだろうよ!…いいぜ、話してみなよ」

 部隊を代表して、クラースが話し出す。

「今、スターフリートと陸軍・傭兵部隊合同で、ある星のバイオロイド殲滅作戦が施行されている事は、ご存知ですか?」

「ああ、ネメシス掃討作戦の事だろ?知ってるぜ」

「それなら話が早い。ウチの隊長が惑星に取り残されている。すぐにでも救助の艦を出さないと大変なんだ。貴方に、それをお願いしたい」

「……ちょっと待った!あんたらを乗せてた艦の艦長は何をしてたんだ?そいつに救助艇を出させるのが筋だろう?」

 思いっきり嫌そうに訊き返す酔っ払いに、ケインはムキになって答える。

「陸軍の公式文書を提出してお願いしたよ!あの野郎、『傭兵なんか助けるか』って言いやがったんだ。ふざけやがって!!」

「マクガーレン伍長、正しくは『傭兵の分際で何を言っている。今回の難民救助は連邦の最優先事項だ』です」

 すかさずリュオンが突っ込みを入れた。

「どっちでも同じだよ!救助の艦は出せないって断られたんだからな!」

 話を聞いていたシグルドは、カウンターにグラスを置いた。

「傭兵の分際で…か。一体どこの阿呆だ、そんな事を言う奴は。俺達が安全に宇宙を航行出来るのも、全部最前線で戦う傭兵部隊のお陰だろう。…よし命令違反、大いに大歓迎だぜ!俺が救助の艦を出してやるよ」

「本当か!?」

「上の連中に一泡吹かせる、いい機会だからな。…ところで、迎えに行くのはいいが、生きてるんだろうな?あんた達の隊長さんは」

 シグルドの至極真っ当な問いに、ベンとチェイサーが頷く。

「ほぼ間違いなく生きてますな、断言出来る」

「でも、乗っていたヘリが撃墜されているから、怪我をしてると思う」

「…おいおい、普通死ぬだろ、それは?」

 思わず拍子抜けのシグルドに、カラカラと笑いながらケインが言う。

「あの人なら死なないって。何せ【死神】だからな」

「死神だって?!」

 ケインの何気ない一言に、目の前の酔っ払いが大きく反応した。彼は真顔になると、ケインに訊く。

「死神って…、あんた達、オルデン傭兵部隊なのか?」

「ああ、そうさ」

「その行方不明の隊長の名前、ヒカル・カトーっていうんじゃあ…?」

「ウチの隊長だよ。何だ、あんた知り合いなのか?」

 ケインの返事に、シグルドは椅子から立ち上がる。

「俺の恩人だよ!酒なんて飲んでる場合じゃないぜ。怪我をしてるなら医療スタッフも必要だな?ヒース!ロディを連れて来い!!」

 急に仕事モードへチェンジしたシグルドに、戸惑いながらヒースが訊く。

「え?どこに居るか知らないぜ?」

「隣の店で女をナンパしてるさ。すぐに来いって伝えろ!俺は先にドッグへ戻る」

 ヒースが走って店を出るのを確認して、シグルドは一同を振り返った。

「行こうか、俺の艦に案内するぜ」

 

「本当、人使いの荒い男だな、お前」

「どうせ暇してたんだろ?久しぶりに俺が仕事をする気になったんだ、水を差すなよ」

「仕事って、…ちゃんと正式に手続きを踏んだのか?」

「後で何とでも調整するさ」

 途中から合流した医師:ロディと艦長:シグルドとのやり取りを聞いて、自分達はとんでもない人物に捜索を依頼してしまったのでは?と、真剣に考えるクラースやベンをよそに、ケインはすっかりチーム・アゾート中隊と意気投合しているようで、大いに盛り上がっている。

 どうやらキャプテン・シス率いる航宙艦:ミランダⅡのクルー達は、艦長の仕事放棄のせいで、みんな休暇中だったようで、クルーが全員集合しないままでの出航を余儀なくされた。

管制・通信モニター席にリュオンが座り、ブリッジ内の他の空いた席に、オルデンのメンバーが就いている。シグルドはファーストシートから、クルーに指示を出す。

Pi!「動力室、ミスリルダイヤの出力は?」

ZZ!『80%を超えました。いつでも出航可能です、キャプテン』

「カウント20から開始してくれ」

『了解しました、キャプテン・シス』

「リュオン…だったかな?管制塔に通信を開いてくれ」

「了解です」

「…こちら航宙艦:ミランダⅡ、艦長のシグルド・マフィーだ。連邦地球陸軍より捜索艦の要請を受けたので、これより出航する。ゲートを開けてくれ」

Pi!『航宙艦:ミランダⅡ、こちら管制室。…確認した、出航を許可する』

「ミランダⅡ、起動」

「システム、オール・グリーン。発進します」

 円環ザ・リング宇宙港スペースポートから、静かに艦が出航した。中型の航宙艦とはいえ、さすがは光速移動艦、5分と懸らずに地球の衛星軌道上を離れて行く。宇宙空間に出て航行が安定したので、シグルドは席を立つとオルデンのメンバーへ声を掛けた。

「オルデン傭兵部隊の諸君、聞いてくれ。このミランダⅡは、ミスリルダイヤ搭載艦とは言っても、中距離移動型の艦だ。目的のネメシス星系に到着するのに、少し時間が懸るぜ?」

手前の席に座っていたクラースが訊く。

「少しって、どのくらいです?」

「超・光速航宙艦の0.6倍だ。地球まで戻って来るのに何日懸った?」

「7日だ」

「じゃあ、11日くらいと見ていてくれ」

「11日……」

 思わず黙り込むクラースへ、シグルドは平然と言う。

「カトー軍曹なら、それくらい平気だろ?」

「だといいんだがね」

 心配げに答えるベンに、シグルドは真面目な顔で返す。

「それより。あの人の事だから、暇だからって上の作戦を無視して、1人でバイオロイドを掃討してないか、それの方が心配だぜ、俺は」

(す…鋭い!)

(あ…あり得る、それは充分にあり得る)

 シグルドの突っ込みに、心の中で叫ぶケインとクラースの2人であった…。





 惑星第一の都市:テーベの奪取に成功したヒカルは、最小限の電力を復旧させて、電磁波のバリアで人造擬体が都市に入れないよう細工をしてから、拝借した高速移動車を駆使して、近隣の都市を次々と奪取して行く。

惑星に取り残されて8日目には、惑星のイーストエリアをほぼ掌握していた。次のサウスエリアへ向かう為には、船か飛行機が必要になる。ヒカルはテーベの空港で壊れていない飛行機を拝借して、サウスエリアへと移動を開始した。

 サウスエリアへ渡るのに丸2日を費やし、テーベの時と同じ要領で都市部の奪取を開始した。この頃には傷も完全に塞がり(後でちゃんと抜糸の手術を受けないとならないが)、痛みは感じなくなっていた。その為、テーベと連絡が取れなくなった事で警戒を強める人造擬体相手でも、苦戦を強いられる事はなかった。

サウスエリアはイーストエリアとは異なり、都市が隣接して存在するので、都市部全体を奪取するのに6日しか懸らなかった。ここまで強いと神がかり的である。

手持ちの装備がすっかり底を尽いてしまったので、都市の中で揃えられる物は揃えていく。

「対・バイオロイド仕様の手榴弾が切れたのは痛いな。せっかく迎えの艦が来るまでに、惑星全土を掌握しようと思ってたのに…」

 正に、鬼のような男であった…。


 ヒカルが惑星に取り残されてから17日目、難民艇に乗る事が出来なかった最下層の人々と、総出で対・人造擬体のバリケードを築きつつ、ヒカルは連邦センタービルのメインコンピューターの復旧に全力を挙げていた。こいつを起動させない事には、迎えの艦に自分達の無事が伝えられないからである。幸い、惑星に残った最下層の多くは、大手工業に勤めていた技術者達だったので、ヒカルにとっては好都合となった。

 18日目。たくさんの人々の努力の甲斐あって、メインコンピューターの通信システムだけ、とりあえず復旧したので、ヒカルは早速、通信を試みた。

Pi!「メーデー、メーデー。こちらU・F・G地球連邦陸軍:傭兵部隊所属、カトーです。近くを航行のスターフリート、応答願います」

 残念ながら返事は無い。ヒカルは辺りを見渡して、声を掛ける。

「この中に通信士は居るか?」

 すると、1人の女性が手を上げてくれた。

「あの…私、衛星電話の通信の仕事をしてました」

「じゃあ、貴女にお願いしよう。…チャンネルは、すでに連邦のSOS信号にセットされているから、3分おきにスターフリートに応答を求めてくれないか」

「解かりました」

「応答があれば、俺を呼んでくれ」

「はい」

「兵隊さ~ん!ちょっとこっちに来てくれませんか?」

「今行く!」

 他の作業をしていた住民に呼ばれ、ヒカルは一旦通信室を離れて行く。名乗り出た女性は、ヒカルに指示された通り、3分間隔で通信を試みるのだった。


 突如、入ってきた通信コードに、リュオンの顔色が変わる。

「…キャプテン・マフィー!惑星より、微弱な通信信号を傍受しました」

「発信元は?」

「サウスエリアからです、…SOS信号です!」

「解かった、回線を開いてくれ」

「了解です」

 シグルドの指示で、リュオンは回線を開いた。か細い女性の声が、必死に呼び掛けている。

ガガッ!『あのっ、近くを航行中の艦艇がおられたら、応答お願い致します』

Pi!「こちらはU・F・G所属、航宙艦:ミランダⅡ艦長のシグルド・マフィーだ。そちらのSOS信号を傍受した。誰か軍の人間はいますか?」

『えっっ?!繋がったわ、ちょ…ちょっと待って頂けます?-兵士さん!通信が繋がりましたよ!兵士さん!!』

「十中八九、隊長だろうな…」

 女性の声に、ケインがニヤリと笑う。ほどなくして応答が返ってくる。

ガガッ!『…こちら地球連邦陸軍:傭兵部隊所属、カトーです。スターフリートの方ですか?』

 ヒカルの声に、オルデン傭兵部隊のメンバーは、大きくガッツポーズをしてみせた。

Pi!「U・F・G所属、航宙艦:ミランダⅡ、艦長のシグルド・マフィーです。貴方の捜索要請を受け迎えに来ましたので、現在位置をお願いします」

『サウスエリアの連邦センタービルから通信しています。サウスエリアおよびイーストエリアは、バイオロイドから解放済みですので、惑星の東半球から大気圏突入をお願いします』

「了解した、一番近くの空港に入港させる」

 通信を終えて、シグルドはクルーに指示を出す。

「聞いた通りだ、惑星東側より進路を取って降りるぞ」

「進路設定、完了です」

「お…お宅の隊長、何者だよ?たった18日かそこらで、惑星の東半球を落としただって?それも1人で!?…絶対にあり得ねぇ!!」

 ヒースはクラースに向かって、ついついぼやいてしまう。クラース自身、ヒカルの対・人造擬体戦術に関しては、一緒にチームを組んでいても、まるで映画の世界のようで、現実だと納得すのに相当の時間を必要としたほどだ。彼の戦う姿を一度も見た事がない人間には、到底信じられない話だろう。【死神】の伝説が、また1つ増えた瞬間であった。


 ヒカルの無事を確認して、ガードナー大佐は大いに安堵すると同時に、頭を抱え込んでしまった。今回の【ネメシス掃討作戦】は、スターフリートが全指揮をとる一大作戦であった。それをスターフリートの命令も無く、勝手に人造擬体と戦闘を開始してしまったのだ。軍のお偉方が何も言わなければいいのだが…。

ガードナー大佐の心配をよそに、U・F・Gは直ちに全軍へ出撃命令を下した。ヒカルが惑星の半分を解放した事で、今が攻め時と判断したらしい。そしてオルデン傭兵部隊には、怪我人も居るので帰還命令が出されていた。

「これは…。また見事にライフラインだけを破壊したものですな、我らが隊長殿は」

 ベンが爆破された地下の配線施設を見渡して、感心の声を上げた。ミランダⅡの搭乗員は、軍が到着するまでの間、惑星に残り復興支援の手伝いをする事になったのだ。

ベンに続き、【配線コードの魔術師】の異名を持つマークも、唸るような声を出す。

「これだけ見事に壊されちゃあ、完全に復旧するまで、相当時間が懸かるだろうね…」

「こらー!マークもベンもサボってないで、早く手伝えよっっ!」

 2人の背中に、チェイサーの怒りの声が飛ぶ。

「解かったよ、チェイサー」

 やれやれと、マークが深いため息を吐いた。


 一方、ヒカルはと言うと、ミランダⅡ艦内の医務室で、医師の診断を受けていた。医師とは、あの教え子の1人、ロディ・ハーマインである。ヒカルの左脇腹の状態を見て、今にも発狂せんばかりの勢いでヒカルに言う。

「なっっ!何をやったんですか、これは?!」

「いや、ヘリが墜落して飛び出す時に爆風に巻き込まれて、ヘリの機体が刺さってな。とりあえず、すぐに動きゃなきゃならないから、手持ちの糸と安全ピンで傷を塞いだんだよ。そのまま固定したから、変に塞がってるだろ?」

「あ…貴方って人は。よく細胞が壊死しなかったものですよ!こんな無茶は二度としないで下さいよ?まったく、傷口が壊死しなかったのは、奇跡みたいなものですからね!」

「肝に銘じておくよ」

「約束ですよ!?…じゃあ、今から抜糸しますから、ベッドへ横になって下さい」

 言われるがまま、ヒカルはベッドで横になる。頼もしく見える教え子に、ヒカルは思わずはにかんだ。

「医療スタッフがすっかり板に付いたじゃないか、ロディ」

「カトー教官。本来、俺は外科担当じゃなくて、内科医ですよ?それをシスの奴が、無理やり連れて来たんですからね」

「おいおい。お前さんに任せて、俺は大丈夫なのか?」

「貴方が変な事言うからですよ」

「褒めたつもりなんだが」

 30分ほどで、抜糸の手術は終了した。ヒカルの傷が完全に塞がっていたのと、軍の特殊繊維を使用した糸だった為、傷からすぐに抜けたのである。包帯をテキパキと巻きながら、ロディは念を押すようにヒカルに言う。

「まだ少し血が出ますから、くれぐれも安静にしてて下さいよ?」

「解かってるって」

 医務室を出て、ヒカルは艦長の姿を捜しながら、艦内を一通り見て回る事にした。薄暗い通路やデッキ、掃除もマメにしないのか、汚れの目立つ壁。…とても連邦に所属する航宙艦とは思えない荒れ方だ。

最後に訪れたメインブリッジ内に、リュオンの姿を見つけた。ヒカルは呆れながらブリッジへ入って行く。

「何だぁ、この艦は?これじゃ海賊艦と変わらないぞ」

「サージェント・カトー、ご無事で何よりです」

「13!艦長は何処だ?一言、言ってやらないと」

 訊かれてリュオンは、困惑気味にヒカルの背後を指し示す。

「あの…、そちらにいらっしゃいますが?」

 振り返るヒカルの後ろで、憮然としたシグルドが立っていた。乱雑に伸ばした髪を後ろで束ね、襟元を外し小汚く制服を着ていたので解からなかったのだ。4年前の彼とは、別人のような変わりぶりだ。

「…見事な変貌ぶりだな、シス?お陰で気付かなかったよ」

「あ…あんたなぁ…」

「お前さん、その歳でグレて、恥ずかしくない?」

「久しぶりの再会の挨拶がソレですか!?…ったく、怪我をしてるって言うから急いで来たのに、全然元気そうじゃないか。心配して損しましたよ」

「サージェント・カトー、キャプテン・マフィーとお知り合いなのですか?」

「まあな」

 リュオンに訊かれ、つくづくとシグルドの今の姿と、過去の姿を重ねてしまう。たった4年で、一体何があったのだろうか…。

「…シス、お前さんに言いたい事がある。ちょっと顔を貸せ」

「いいね。俺もあんたに、前から訊いてみたい事がありますから」

 ヒカルとシグルドは不敵に見つめ合うと、並んでブリッジを出て行った。入れ違うようにして、医務官のロディが中に入って来た。

「今、こっちに教官が来なかったか?」

「ドクター・ハーマイン、〝教官”とは、誰の事でしょうか?」

「悪いリュオン、カトー軍曹だ。あの人がシスに会う前に、話しておきたい事があるんだが…」

「あの2人なら話があるとかで、ついさっき出て行った所だぜ、ロディ」

 ヒースの返答に、ロディは頭を抱えて、その場でうずくまった。その様子に、ヒースが側に行って声を掛ける。

「何?どしたの?」

「カトー教官が今の荒れたシスの姿を見たら…あの人の事だ、きっとシスに説教するだろうな」

「キャプテンに説教は不味いでしょ?」

「こうしちゃおれん!あの2人を捜さないとっ」

 立ち上がるロディに、リュオンが声を掛ける。

「ドクター、私も参ります」

「面白そうだから、俺も着いて行こっと」

 ロディにリュオン、それにヒースの3人は、ヒカルとシグルドの2人を捜しに、メインブリッジを出て行くのであった。


 その頃。当の2人は人目を避けて、ラウンジデッキの近くに居た。何だか気まずい雰囲気が漂っている。ヒカルは半眼になると、シグルドの様子を見ながら語り掛けた。

「お前…、勤務中なのに酒を飲んでいるのか?」

「夕べの深酒が抜けてないだけですよ」

「ほぅ……。クルーの命を握る艦長殿の言葉とは思えないな。有事に備え、いつでも動けるよう、体調管理を怠らないのは上官の基本だろ。俺はお前さんに、そう授業で教えたつもりだが?」

 言われたシグルドは、ヒカルに鋭い視線を向ける。

「お言葉ですがね、…今の俺はスターフリート大佐、貴方は陸軍:軍曹だ。今じゃあ俺の方が上官ですよ?いつまでも教官と候補生じゃない、俺に説教はよしてくれ!!」

「ハッ!お前と一緒にこの艦に乗るクルー達は可哀想だね。自分達の指揮官が、これじゃあなぁ」

「何だと?」

「今のお前は、上官としちゃ最悪だって言ったんだよ!」

 ヒカルの言葉に、シグルドは本気でキレた。

「言ったな…、俺のどこが最悪だって?!いつまでも教官振るなよ?今もあの頃と同じだって思っていたら、大間違いだぜ!!」

 怒鳴ってシグルドはヒカルに掴み掛ろうと、前に出した腕を取られて、そのままの状態から一気に背負い投げで、床へ叩きつけられていた。シグルドを見下ろして、ヒカルが不敵に笑う。

「あの頃と、何が違うって?…って言うかお前さん、あの頃より動きが鈍いな。全然身体、鍛えてないんだろう?」

「な…におぉ…!」

 シグルドは俊敏な速さで起き上がり、ヒカルへ殴り掛かろうとするが、やはり敵わない。再び投げ飛ばされて、今度は壁に叩きつけられていた。

「…おりゃあぁ!俺を相手に喧嘩しようってか?いいだろう、掛かってきな!!」

 ヒカルが構えを取って本気モードになった所へ、制止の声が掛かった。叫んだのは、ロディだった。

「そこまでだ!!それ以上は医務官の俺が許さん!!…まったくあんた達は、一体何をやってるんだ!?教官もキャプテンも、ご自分の立場を考えて行動して下さい!」

 普段、温厚なロディの凄い剣幕に、2人の喧嘩はピタリと止まる。続いてロディはヒカルの前に立つと、彼の上着を捲り上げた。

「なっ…、何するんだ?!」

「カトー教官……、あれほど安静にしてて下さいって言ったのに!血が出てるじゃないですか!」

「ああ、すまん。悪かったよ、ロディ」

 ロディは背後のリュオンに言う。

「リュオン君。悪いけど、この人を医務室へ連れて行って、ガーゼを張り替えてあげて」

「了解です、ドクター。行きますよ、サージェント・カトー」

 リュオンは強引に、ヒカルの腕を取る。

「わ…解かったから引っ張んなって!」

 医務室へ向かう2人の背中を見ながら、ロディが深い溜息を吐く。ヒースは興奮した様子で、ヒカル達の背中を見送った。

「つ…つえぇ!俺、キャプテンが負ける所、初めて見たぜ!」

 ロディは皮肉を込めて、未だ横たわったままのシグルドを見下ろす。

「で、あんたはいつまで床に寝てる気だい?」

「う…煩いなぁ」

「怪我人に負けてやんの、格好わる~」

「放っとけ!!」

「どうせカトー教官に説教でも喰らったんだろ?…今のあんたの姿を見たら、そらぁ説教もしたくなるぞ?」

「………余計なお世話だよ」

「シス……」

 立ち上がり服の埃を掃って、シグルドは小さく呟いて立ち去って行く。その姿を心配そうに見送るロディであった。


 医務室では、また違う意味でのバトルが起きていた。ヒカルの鋭い声が、室内に木霊する。

「それくらい自分でやるから!いいから、向こうに行けよっ」

「ご自身だと消毒とかなさらないでしょう?お見せ下さい、サージェント」

「大体、少し血がにじんだ程度で大袈裟なんだよ。放っておきゃ治るんだから」

「何が大袈裟なもんですか!まったく、もう!!」

「あ?ロディ、居たのか?」

「居たのかじゃないですよ!子供じゃないんだから、消毒くらいしなさい。はい!腹を出す!」

 リュオンから消毒液とガーゼを受け取り、ロディがヒカルの前に立つので、渋々言う通りにするヒカルであった。大人しくしていたら、ものの1分と懸らずに治療は終わった。ヒカルの顔に指を差すと、ロディは医師として凄みを利かせる。

「今度暴れたりしたら、ただじゃおきませんよ?いいですね!?」

「…解かった。解かったから、そう睨むなよ」

 ヒカルの顔を見て溜息を吐くロディに、リュオンが声を掛ける。

「ところでドクター・ハーマイン、サージェント・カトーにお話があったのでは?」

「………」

 暗い顔でうつむくロディに、逆にヒカルの方から声を掛けた。

「何だ?いつものお前さんらしくないな。…ひょっとして、シスの事か?」

「…いつもながら察しがいいですね」

「解かった、聞こう。-13、悪いが席を外してくれ」

「はい」

 リュオンが医務室から出て行くのを確認すると、ヒカルがロディに訊く。

「あいつ、この4年で一体何が遭った?」

「仕事が原因じゃないんです。…カトー教官、この話をした事はシスには内緒にしてて下さい」

「解かった、約束する」

 ベッドに腰掛けるヒカルの前に椅子を置くと、ロディは座りながら語り出す。

「…今から1年ほど前です。シスの奴、ひょんな事からアクレイダス星に住む女性と知り合いましてね、結婚まで考えていたんですが-」

「が?」

「交通事故で彼女が亡くなってしまった。…あれ以来、シスの奴、人が変わってしまって。今じゃあ半分アルコール依存症ですよ。…本気で人を好きになったの、彼女が最初だったから、辛いんでしょう。俺としても、今の状態がいいとは思ってませんから、何とかしなきゃって考えてますが、見守るのが精一杯で…」

 ロディの話に、ヒカルは真っ直ぐに教え子の瞳を見る。

「…そっか、そんな事が遭ったのか。…しかし、今の奴の状態を、果たして天国の彼女は喜ぶだろうか。…早急に何とかしないと、シス自身も、死んだ彼女も浮かばれないぞ?」

「それが難しいんですよ…」

「…一度、あいつとゆっくり話してみるか」

 ヒカルの言葉に、ロディは目を丸くする。

「カトー教官が?!あっ…あのっ、決して単刀直入にものを言うのは勘弁ですよ?」

「あのなぁ!…俺にだって、そのくらいのデリカシーはあるさ。上手くいくかは解からんが、腹を割って話をするよ」

「カトー教官…」

「そんな心配そうな顔するなよ。なるようになるよ、…あいつ自身が一番解ってる事さ」





 それから4日後。連邦から応援部隊が惑星に到着したので、引き継ぎなどの手続きを済ますと、オルデン傭兵部隊を乗せたシグルド達のミランダⅡは、一路、地球の衛星:月へと帰還して行く。

月基地までの道中、特にするべき仕事も無いので、みんな思い思いに時間を過ごしていた。大抵の者が、リフレクションルームでゲームや運動を楽しむか、ラウンジバーに集って酒を楽しんでいる。本来、航宙艦のラウンジバーには、ノン・アルコールの酒しかないのが通例だったが、ミランダⅡの場合、艦長が艦長だからか、本物の酒が常備されていた。

 ヒカルは、シグルドの姿を求めてバーへ顔を出すが、そこにシグルドの姿は無かった。すっかり出来上がっているケインとヒースの隣に行って、彼らに声を掛けた。

「よぅ!楽しんでるか?」

「あ、たいちょ~」

「ヒース、キャプテンは来てないのか?」

「ん~?そう言や来てませんねぇ。自分の部屋で飲んでんじゃないっすかぁ?」

 彼の言葉を受けて、ヒカルはカウンターの自動機械バーテンに命令する。

「そうか。艦長がいつも飲んでる酒を、ボトルごとくれ」

『はい、軍曹』

「有難う」

 ボトルを受け取り踵を返すヒカルに、ケインが不満げな声を上げる。

「え~!行っちゃうんですか?たいちょ~、一緒にここで飲めばいいのに」

「またな」

 ラウンジデッキを後に、ヒカルは艦長室に向かった。ドアのブザーを鳴らすと、すぐに返事が来る。

Pi!『開いてるよ』

「俺だ。入るぞ、シス」

 広い室内は真っ暗で、静まり返っている。非常灯の仄青い灯りに照らされて、シグルドの姿が見えた。彼はソファーで横になっていた。その足元に空のボトルが、数本転がっている。ヒカルは苦笑い混じりに、室内へと入って行った。

「バーに居ないと思ったら、ここで1人で飲んでいたのか、アル中さん?」

「何だよ、また説教でもしに来たのか?」

「するかよ、そんな面倒な事」

 シグルドはヒカルが手にする、酒のボトルに気が付く。

「へぇ…、貴方でも酒を飲むんだな?」

「…たまには付き合え」

 テーブルの上にボトルを置いて、ヒカルは適当に棚からグラスを2つ取ると、氷を入れてシグルドの向かいのソファーへ座る。グラスに酒を注いで、1つをシグルドへ渡した。

しばらく黙ったまま静かに酒を飲んでいると、不意にシグルドがヒカルに訊いた。

「…なぁ。教官には、生きてて何もかもが嫌になったりする時ってあるのか?」

「俺だって人間だ、たまには…な」

「意外だな。貴方って、根っからの仕事人間だと思ってたぜ」

「お前さんらと出会った頃が、そうだったよ…」

士官学校アカデミーの教官時代か?」

「ああ」

 ヒカルは懐かしむように、遠くに目を向けた。その横顔を見つめて、シグルドが訊く。

「1つ、訊いてもいいか?貴方はなぜ連邦の軍人に、それも傭兵部隊なんかに居るんだ?傭兵部隊に居たって、出世なんて望めないぜ?」

「俺の居場所だからだよ」

 そう呟いて、ヒカルは空のグラスに酒を注ぐ。

「……お前さんに、ある男の昔話をしてやるよ。…その男は、一面麦畑に覆われた田舎の惑星に生まれ、父親の居ない母子家庭で祖父と3人で暮らしていた。祖父の仕事は麦の生産農家で、質素で慎ましかったが、それなりに平和に過ごしていた」

 ヒカルの手の中で、氷がカランと音を立てた。

「…男が4歳の頃だ。全宇宙でバイオロイドによる反乱が起き、男の故郷の惑星は死の灰が舞う、人の住めない惑星へと変えられてしまってな。孤児となった男は連邦に保護され、連邦の施設に引き取られたそうだ」

「それって火星の話か?いや、違うな。あそこは確か、生存者が0だったはず…」

 シグルドの問い掛けに、ヒカルは返事をしなかった。黙ったままグラスを口に運んで、話の続きをする。

「…男は1人じゃなかった。兄のように慕った少年と、自分の命以上に護りたかった少女と、3人で施設で育った。少女の方は、保護された時点で長くは生きられないと、医師から宣告を受けていた。男と兄の2人は、軍により対・バイオロイドのスペシャリストに育て上げられ、前線で戦う事になる」

 話がここに至って、シグルドはようやく気付く。

「まさか…、その男って―!?俺と同い年で在籍10年以上だなんて、他星系人かとも思ったが、やっぱり地球系ヒューマンだったんだ。…どおりで貴方の経歴を見るのに、レベル6以上のIDが必要な訳だよ。けど、地球連邦も何を考えている?未成年の子供を前線へ送るなんて!人道的だとか、そんなレベルの話じゃないぜ?!連邦法を完全に無視してんじゃないか!」

「…連邦はお前さんが思ってるほど、慈善団体じゃないって事さ」

「俺もボランティアがしたくて、スターフリートになった訳じゃないが…。さっき言ってた士官学校時代、貴方が自暴自棄だったって話は?」

「ああ、…そうだな。ちょうど同時期に、仲間の2人と死に別れて…な。半分抜け殻みたいな状態じゃ、戦地に居られないだろ?それで、上の連中はリハビリの場として、俺を士官学校の教官にしたんだろうな…」

(そう言や、いつもやる気が無さげで、ダルそうにしてたよな?この人)

 昔のヒカルの様子を思い出して、シグルドは小さく笑う。

(そんな教官の不真面目な所に、妙に反抗してたんだよな、俺…)

 シグルドの顔を見て、ヒカルが怪訝に訊く。

「…何1人で、得心いったって顔してんだよ?」

「いや、あの頃の貴方の事を思い出して、ようやく自分で納得したから」

「まぁ、昔話はこのぐらいでと。俺は、お前さんらに感謝してるよ。俺の居場所を、思い出させてくれたんだからな」

「教官……」

「俺にはするべき事も、生きる目的も1つしかない。…だが、お前さんは違うはずだ。俺が前に友人から言われた言葉を、お前さんに贈るよ。シス!今の状況で居心地が悪ければ、上を目指せ!偉くなって連邦の中を、お前さんが変えるんだ。シス、お前になら出来る。この俺が保証してやるよ」

「………」

 思いつめたようなシグルドの顔を見て、ヒカルは表情を和らげる。

「…飲み過ぎたかな?今のは酔っ払いの戯言だ、気にするな」

「気にするなってなぁ…」

「いやぁ、久々に長話をしたぜ。こりゃあやっぱ酔ってんな、俺」

 ニシシ…と、白い歯を見せてヒカルは笑う。ただでさえ童顔なのに、こんな顔をすると10代の若者にしか見えない。

 すっかり空になったグラスを手に、シグルドがソファーを立った時だ。ドアのブザーが1回鳴って、ロディが室内に入って来た。グラスに氷を入れるシグルドと、ソファーで座っているヒカルと交互に見ながら、自分もヒカルの隣へ腰掛けた。

「ラウンジに居ないと思ったら、2人共ここで飲んでたのか。…って、カトー教官!貴方、怪我人なんだから、酒飲んじゃ駄目でしょう?!」

「傷なら、もう塞がってるだろ。ただの抜糸痕くらい、大目にみろよ」

「そうだぜロディ。折角、いい気分で飲んでるんだから、水を差すなよ」

 シグルドは言いながら、ロディにも氷の入ったグラスを手渡す。

「2人共、飲み過ぎだぞ。明日のシフトに影響が出ても知らないぜ?」






 月の傭兵部隊基地に戻ったヒカルは、大佐から小言を喰らったものの、惑星の人造擬体殲滅に大きく貢献した事で、命令無視による規定違反を特に罰される事が無かったので、オルデン傭兵部隊のメンバーも一安心だった。

 ヒカルの告白が、功を奏したかどうかは定かではないが、シグルドも真面目に仕事をこなし、後に【鋼の翼】の異名を持つ、名実ともに連邦一のスターフリートへと成長していく。だが、それはシグルドがU・F・G最新、超・光速航宙艦:エルフィンⅤの艦長に就任してからの話である。

それには、まだ数年の時間が必要だった…。


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