11 暗中
あの日、あの時。
俺がミーナを助けようと、俺の中の記憶継承を失ったあの時。
気が付けば――俺は闇の中にいた。
なんだ? ここは――一体ここはどこなんだ?
それに、ジャージは上下着ているが、裸足だし、シャツやパンツを着ていない。
もしかして、俺は死んだのか?
「おい、誰かいないのかっ!」
だが、反応はない。
くそっ。
「ファイヤーボール!」
俺の放った炎の球は闇の中の光となって突き進み――どこまでも進んでいった。
そして見えなくなる。
本当になにもないのか?
俺は――死んだのか?
ミーナに記憶継承を移すこともできずに死んだのか?
結局、何もすることができずに……。
絶望しかけた……その時、
「マスター……流石ですね」
闇の中から、その少女は現れた。
裸の少女がこちらを見つめている。
「ナビ……」
ナビ……お前も死んだのか?
「いえ、ナビは死んでいません。マスターも現時点では魂の状態ですが死んでいません」
「魂になってる? でも死んでいない?」
「はい、それと、マスター……さすがに恥ずかしいので、2枚あるジャージのうち一枚を貸していただけたら助かります」
「あ、あぁ。悪い」
俺はそういうと、2枚着ていた上着のジャージを両方脱ぎ、ボロボロの火鼠の皮衣のジャージを纏い、オリハルコンのジャージをナビに着せてあげる。
サイズの違いで、オリハルコンのジャージがワンピースみたいなサイズになっていた。
「本当に……魂の世界には自らの身一つしか持ち込めないはずなのですが、ジャージを持ち込むとは流石はマスターです」
「まぁ、ジャージは俺の魂だからな……って、魂の世界? やっぱり死後の世界じゃないのか?」
「だから、まだ死んでいません。肉体から魂だけが追い出された状態です」
「それってやばいんじゃないか? ほら、死んだら腐敗とか死後硬直とか」
「それは問題ありません。マスターの肉体には、偽物のマスターが入り込んでいますから」
「なっ、偽物!? それって、もしかして邪神か」
「いえ、キーシステムではありません。この世界の本物の神です」
「本物の!?」
「詳しくは邪神の元に行ってから話しましょう」
「邪神の元って、ナビ……そんなことできるのか? いや、そもそもなんでナビはここにいるんだ?」
すると、ナビは少し悲しそうな表情をし、
「最初に説明したはずです。ナビはナビゲーションシステムとして設計されていると」
あぁ、聞いた。
だから、ナビと名付けたんだ。
その時は、初心者へのメッセージシステムだと思っていたが。
「ナビは本来、この魂の世界においてマスターをキーシステムの元へと案内するためにキーシステムによって設計されました。もっとも、それを思い出したのは名称:ミーナの魔力を吸った時ですが」
「それは俺と出会った次の日じゃねぇか! 記憶障害は2日目には治っていたのかよ」
「ナビも平穏な日常を楽しみたかったのです」
ナビが無表情のまま……でもどこか悲し気な表情で言う。
そうか、ナビも俺達と一緒に行動して楽しいと思っていてくれたのか。
「本音でいえば、美味しいものを食べて美味しいMPをいただいてゆっくりしたかったんですが」
「本当にお前は食道楽だな」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてねぇよ……はぁ、で、俺は邪神のところにいけばいいのか?」
「……行ってくださるのですか?」
ナビが平淡な口調で訊ねる。あぁ、意外そうな感じだな。
「まぁ、仲間だからな。それに、邪神のやつには俺も会って話したいと思ってた」
「ナビはいままでいろいろとマスターに黙ってキーシステムと連絡を取っていました」
「そうなのか。まぁ、それに関して話すのは邪神と会ってからだな」
「ナビはマスターに黙ってマスターのお金で買い食いをしていました」
「それに関しては今すぐ語ろうか、ナビよ」
いや、金に困ってるわけじゃないんだけどな。
むしろ、金には余裕あるし、頼まれたら渡してやったのに。
「マスターの事を勝手に調査して、マスターが実は13歳以下にしか興味を持てない人間であることも調べてしまいました」
「事実無根を言うな! 俺のストライクゾーンは10歳から25歳までだ」
「……若干ロリ好きであるということですね」
「しまった! 誘導尋問かっ!」
とまぁ、俺はナビの頭をぽんと叩いた。
今更だろ。俺はナビが今更敵だと言われても敵として見えねぇよ。
今では、無表情で抑揚のない声のナビでも、どんな感情をもっているかもわかるし、どんなボケをしたらどうツッコんでくれるかもだいたいわかる。
一番好きな女性はミーナだけど、一番バカな話をできるのはナビだと思っているよ。
「では、こちらへどうぞ」
「あぁ、わかった……」
俺達は闇の中を歩いていく。
歩いていると、ふと考える。
「俺達歩いているけどさ、床ってあるのか? なんか落ち着かないんだが」
「考えないでください。考えたら落ちますよ」
「落ちるのか!?」
「はい、落ち続けます。日本でいうところの阿鼻地獄のように2000年落ち続けるのではなく、それ以上に落ち続けます」
「2000年以上……大丈夫なのか?」
「ナビが近くにいる限りは大丈夫です。まぁ、おち続けてもマスターならファイヤーボールを下に撃って反動で上がることも可能でしょうが」
「上がる意味はないけどな」
上がって天国に行けるとしても今はその時じゃない。
蜘蛛の糸があっても掴まる時ではない。
蜘蛛の糸……蜘蛛の糸でジャージを作るのも悪くないな。
「マスター、ジャージのことを考えるのは結構ですが、そろそろ見えてきますよ」
「ん? もしかして、あれか?」
遠くに、点が見えた。
小さな点。
どれだけ遠いんだ?
「では、少し急ぎます――マスター、ナビの胸につかまってください」
「え……それは」
「間違えました、肩につかまってください」
「だよな。つかむほどの大きさがな――」
刹那、ナビが俺を置いて全力で移動を始めた。
あの速度、人間の限界を……いや、生物の限界を超えてるだろ。
。
「ナビ、待て、俺、まだここにいるから! 置いていくなっ!」
お前から離れたら落ちるんじゃないのかよ!
くそっ!
俺はなりふり構わず全力疾走し、ナビを追いかけた。
そして、走ること30分。
ようやくその点は小さな家の形になり――
「やぁ、待っていたよ。叔父さん」
家の前に子供の姿の邪神――いや、キーシステムが待っていた。
そして、その家はというと……
「ちょっと待ってね。なぜかどこからか火の球が飛んできて、家に直撃してさ……本当に困ったよ」
一部が瓦礫になっていた。
へぇ、魂の世界も事故とかあるんだなぁ。
目をそらしてそんなことを思った。




