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7 蛇肉

 南大陸、北の海岸。

 近くの人が住む村まで1200キロメートル。

 といっても、歩いていくことは不可能、切り立った崖や深い森、なにより凶暴な魔物のせいで誰も近づけない。

 とはいえ、それは人間の話。

 空を飛ぶ鳥や、空を飛ぶ魔族には関係のない話で、さらに瞬間移動を使えたらもっと関係ない。

 俺は前もってシファに瞬間移動でこの場所に連れてきてもらっていたので、今では瞬間移動を使って行くことができる。


 先日までは何もないただの崖。というよりは自殺の名所的な場所だったのに。


「これは凄いな……ガレオン船か」


 大きな船が、しかも三隻出来上がっていた。

 瞬間移動で今回の作戦に参加する人を全員連れてきた俺は少し休憩を貰った。

 今は船の中で作業をしているため、ここには誰もいない。


「……おぉ、テイトの弟か」


 巨大な男がいた。背中にランニングドラゴンの死体を背負っている。

 上半身裸の男。

 確か、名前は「甲殻のエゴール」。聞いた話では、前回の人魔武道会で次鋒を務め、ミラーと戦った男だ。


 腹の中から剣で貫かれて重症を負ったそうだが、俺が記憶を失ってから会った時はぴんぴんしていた。

 よほど頑丈なのか、ただ回復魔法の効きがよかったのか。

 ちなみに、彼はこの船の船長らしい。

 他にも、ヴァイン、ガザンが船の船長をつとめる。

 兄貴扮する黒騎士と戦ったというゾードは、戦いに敗れてからどこかに去ってしまった。

 今はどこにいるのか誰にもわからないそうだ。


「竜の肉は魔力が豊富でうまいからな、船の上で食べよう」


 僅か4時間の船旅なんだけどな。

 でも、確かに竜の肉はうまいから、御相伴に預かりたい。

 

「エゴールさん、よろしくお願いします」

「うむ、我が船の快適さ、特と味わうがよい」


 そりゃ味わいたいものだ。


「ところで、エゴールって彼女か奥さんかいるか?」

「うむ、我には愛する妻が一人、娘が一人いる」

「そうか……」

「何か相談があるのか?」

「いや、彼女の様子がおかしいというか、そっけないというか」


 もちろん、ミーナのことだ。

 彼女とはゆっくり話したいと心から思っている。

 記憶がない分、それ以上に思い出を作っていきたいとも思っている。

 記憶を取り戻すのをあきらめたわけではないが、それでも、まぁ、ないものは仕方ない。


「記憶がないことをミーナ殿には話してないのか?」

「ばれてたか?」

「あぁ、当たり前だ。我を愚弄するな」


 エゴールは魔族四天王の中でも一番こういう話に疎いと思っていたが。

 でも、奥さんと子供がいるんだもんな。俺より先輩というわけだ。


「話しておらぬのか?」


 エゴールが嘆息混じりに言う。


「確かにテイトの話だと、ミーナ殿を不安にさせないために黙っているということだったそうだが、彼女もバカではない。おそらく、主が記憶を無いことはとうに気付いているだろう。ならば、話して、問題を一緒に解決していったほうがいいのではないか?」


 彼のセリフが俺の胸に突き刺さる。

 そうだ、俺はミーナに全てを打ち明けなければいけない。

 それが俺の義務であり、責任でもある。

 だが――それができない。

 兄貴のせいじゃない。


「なぁ、俺はスメラギタクトなんだよな?」

「どういう意味だ?」


 エゴールが眉をひそめる。


「……いや、変なことを訊いた。忘れてくれ」

「わかった、忘れよう」


 エゴールはそう言って頷く。

 だが、俺はその言葉を忘れることはできない。

 記憶がない、でも心はそのままだ。

 それが俺が俺である証でもあった。


 サーシャのことを、マリアのことを、シルフィーのことを、ナビのことを、そしてミーナのことを大事に思う俺の心。

 それは俺が俺である証であった。


 だが、その心が、スメラギ・タクトの心である証はどこにもない。


 スメラギ・タクトは本当に俺のような男だったのか?

 俺は怖いんだ。


 ミーナと話し、全てを打ち明けたとき。

 彼女が俺を受け入れてくれるのか?

 拒絶されたらどうしよう? そう思ったら俺はミーナに話すことはできない。


 ミーナが俺を避けている、そう思ったが、もしかしたら俺がミーナを避けているのかもしれない。


 午前中、俺はほぼ全ての時間を魔王城の廊下で、土壇場まで待ち続けた。

 自分からミーナのところに行く勇気がなかったのだ。


「よし、困ったときのために、お前にいいことを教えてやろう」

「いいこと?」

「下手な考え休むに似たりだ。考えてる暇があったら動け! 出航準備はまだ終わってないんだぞ」


 俺は礼を言って、その通りだと思った。

 考えるのは全部終わってからでもいいじゃないか。


「なら、後ろを見ろ! ちょうどいい暇つぶしがやってきたぞ」

「後ろ?」


 俺は振り返る。

 そこには鬱蒼としげる森があるだけなのだが――


「……魔物だな」

「あぁ、人の匂いに惹かれてやってきたってところだろうな」


 そこにいたのは、多くの魔物。

 巨大な蛇がうじゃうじゃと現れた。正直気持ち悪い。


「蛇の肉は滋養にいい。ぜひ手に入れるぞ」

「食うのかよ……ったく!」


 俺はミスリルの杖のカードを取り出して具現化し、


「でも、まぁストレス解消にはちょうどいいな! サンダーストーム!」


 杖の先端から雷が生み出され、巨大蛇を飲み込んでいく。


「我に当たるだろうが!」

「なら離れててください! もういっちょ、サンダーストーム!」


 二度目のサンダーストームにより、多くの蛇が倒れ、カードへと姿を変えた。


【悪魔戦闘レベルがあがった。悪魔戦闘レベルがあがった。魔法(雷)レベルがあがった」


「お、エゴールさん、こいつ蛇の姿なのに悪魔なんだってさ」

「何を当たり前のことを言っている! そっちにいったぞ」

「おっと、サンダーストーム!」


 三度目のサンダーストームを放った後、ミスリルの杖をカード化、収納した。

 蛇が悪魔なのは常識なのか。

 そして、破邪の斧を取り出し、


「そりゃぁぁぁっ!」


 掛け声を出して蛇をぶつ切りにしていった。


【斧レベルがあがった】


 こいつら、弱いのに意外と経験値が高いな。

 数が多いからか?


「油断するなよ」

「エゴールさんもね」


 俺はそう言って、再び斧を振るった。

 もしも全てが終わったとき、祝勝会に並ぶのは蛇肉になるかもな。


「っと、ボスのようだな」


 木々をなぎ倒し、一際巨大な蛇――高さだけでも三メートルはあるんじゃないだろうか?――が現れた。

 全長に至っては把握できない。


「お、ラッキーだな。レアモンスターの蛇足だぞ」

「蛇足?」


 あ、本当だ、よく見ると蛇の胴体に足が生えている。

 足が生えているのだが、足が小さすぎて全く役に立っていない。


「強いのか?」

「強いぞ……」


「サンダーストーム」


 クールタイムが終わったので、とりあえず雷の上級魔法をぶちかます。


「……強いぞ、普通に戦えばな」


 カードへと変わっていく蛇足を、エゴールが呆れた様子で見ていた。


「お、蛇足のカードGET! あと、蛇皮も溜まったな……」

「鞄でも作ってもらってプレゼントしたらどうだ?」

「蛇皮の鞄って、実物を見た後だとあんまり気持ちのいいもんじゃないぞ」


 俺がげんなりした口調でいう。

 蛇の魔物もボスが倒されたために逃げて行った。


「よし、我の船に乗れ。出航の時間だ」

「……よし、とっとと終わらせて蛇肉パーティーでもしよう!」

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