6 午前
「……………………」
「……………………」
俺とマリアは、一組のラブラブ夫婦をじっと眺めていた。
「じゃあ、行ってくるからね、アイリン」
「いってらっしゃい、ゴウ」
マリアの姉のアイリンとその夫のゴウ。
二人が抱き合っていた。
「なぁ、俺の記憶が確かなら、って記憶喪失の俺が言うのもなんなんだけどさ」
「えぇ、私も自分の記憶に自信がなくなってきたわ」
ここは魔領の王城。
なのに、なぜか一人の女性がゴウと抱き合っていた。
二人の会話を聞くに、マリアの姉、アイリンなのだろう。
「あ、マリアちゃんもこの国にいたの?」
「う、うん、お姉ちゃん、なんでこの国にいるの?」
「そりゃ、ゴウさんがいる国だからね、ゴウさん、この国で近衛隊長をやってるのよ」
確かに、ゴウの今の格好はいつものコックの格好ではなく、兵士の格好をしている。
そして、ゴウは両手を合わせて、俺達に目配らせをしてきた。
つまり、アイリンさんがいるときだけは、ゴウは近衛兵ということか。
「お姉ちゃん、義兄さんが帰らぬ人になった、みたいに言ってなかった?」
「ええ、この城で認められたみたいでね。私も仕事があるし、テイトさんの奥さんも忙しいみたいだから、月に1回しか会えないけど、でもこれもラブラブを保てる秘訣かしら」
月に1回、シファがアイリンさんを連れてきてるということか。親切な元魔王様だな。
アイリンはうっとりとした目でゴウに抱き着く。
本当にお熱いことで。
「でも、本当にこの国の人はみんないい人よね。ちょっと変わってるけど」
「ちょっと?」
「ええ、角とか翼とか仮装してるし」
あぁ、アイリンさんはどうやらここが魔族の国だと気付いていないようだ。
「お姉ちゃん……いいな、好きな人と一緒にいられて」
「マリアはああいうのが羨ましいのか?」
「まぁ、憧れるところはあるわね」
「なんなら、今だけ相手役やってやろうか?」
「結構よ」
マリアはツンとした態度で歩き去った。
冗談だって。
「いよいよ出航か」
準備は魔族達の力で急ピッチで進められた。
そして、今日の正午、俺とシファの二人で瞬間移動し、港へと移動する。
そこから全員で始祖の島に続く洞窟のある島に移動する予定だ。
残り2時間か。
「お、サーシャ!」
「ん? あぁ、タクト。どうしたの? こんなとこで」
「誰か通りかかるの待ってた」
「……私は餌にかかった魚かよ」
げんなりした口調でサーシャは頭をかきながら近づいてくる。
「なぁ、タクト……」
「どうした?」
「記憶、本当に何もないの?」
「…………うーん、そうだな。俺が覚えてることといったら……」
「何か覚えてるの!?」
「サーシャが大切な人だってことくらいかな」
俺が笑ってそう言うと、サーシャは半眼で俺を見てきた。
「あんた、記憶失ってジゴロになったんじゃない?」
「そうかな。残ったのはこの気持ちだけだからだと思うんだけど」
そう、俺にあるのは、邪神を倒さないといけないという使命感と、ミーナ、サーシャ、マリア、シルフィー、ナビがとても大切な存在であるということ。
それが俺を構成する全てだからなぁ。
「ま、そういうのは私じゃなくてミーナに……ううん、いいや。全部終わったらまた話せたらいいわね」
「おいおい、船で5時間かかる距離にあるんだからまだまだ話す時間はあるだろ?」
「うん、そうだね。じゃあ、私はもう行くから」
サーシャはそう言って、歩き去っていく。
なんだ、あいつ……。
マリア、サーシャと来たから、次はシルフィーかな。同じジャージ信者として話はしておかないとな。
そう思っていたら、足音が近付いてきた。
小さな足音――シルフィーか?
そう思ったら――骸骨将軍だった。
「惜しい、ジャージ違い!」
俺がそう言うと、だいぶ繕われた火鼠の皮衣ジャージを着た骸骨将軍はこちらを見たが、そのまま歩き去る。
「…………誰と間違えたのかは知りませんが、記憶を失ってもおっちょこちょいは変わりませんね。いっそ脳みそごと取り換えた方がよかったんじゃないですか?」
「おぉ、これが噂に聞くシルフィーの毒舌か……少し辛いんだが」
「おや、シルフィーの知るタクトお兄ちゃんはいじめられたら尻尾を振って喜んでいましたが」
「俺、そんなに変態だったのかっ!?」
「あと、シルフィーのお風呂を覗いて興奮していました」
「……なんだ、この、間違ってはいないんだけど、訂正しなければいけない感じは」
記憶を取り戻すのが怖くなることを言わないでほしい。
こいつ、記憶がないのをいいことに、好き勝手言ってるんだろうな。
「で、タクトお兄ちゃんはシルフィーに何かいいたいんですか?」
「…………そうだな、特にないな」
「特にない……ですか?」
「なんだろうな、俺はシルフィーの居場所でありたい……みたいなことを思っていたんだと思う」
「……保護者きどりですね」
「聞いた話だと、シルフィーはもうエルフの集落に戻るつもりはないんだろ? なら、俺達と一緒に――」
俺の口を、シルフィーの小さな手が塞いだ。
「それ以上はダメです」
「は?」
「それ以上はあなたの口からは聞きたくありません」
「……そうか」
「そうです。乙女心は複雑です」
「自分でいうなよ」
「オリハルコンのジャージをシルフィーに頂けるのでしたら、発言の継続を許可します」
「よし、帰れ!」
俺が言うと、シルフィーは歩いていき、振り向きざまに言った。
「オリハルコンのジャージ、くれませんか?」
「やらん」
「……正直、タクトお兄ちゃんには勿体ない一品だと思うのですが」
「くどい、そもそも、このオリハルコンのジャージはお前には大きいし、お前にはドラゴンの髭のジャージがあるじゃないか。ジャージの重ね着は禁忌だぞ」
「形見の品として大事にしますから」
「俺が死んでるみたいだぞ、その発言!」
「脳細胞は常に死に続けていますよね」
「ストレートにバカだと言ったほうがまだましだ!」
確かに、記憶を失ってるってのは脳にダメージがあるようなもんだけど、ひどいだろ、今の発言は。
「必ずいただきますからね」
執念のようなその発言に俺は身震いした。
邪神と戦う前に、シルフィーと戦うことになるんじゃないだろうか?
ここまで待っていたら、次はミーナだろうな。
「いえ、ナビです」
「……心を読んだのか?」
「ナビのことを忘れているようでしたので」
忘れるわけないだろ。魔王様。
俺はナビの頭を撫で、
「魔王の仕事はどうだ?」
「名称:シファがやってきた仕事です、大したことありません。正直時間が余って困ります」
「それは、シファに対して失礼だと思うが……」
「では、用件はないので失礼します」
「ちょ、待てよ! せめて何か――」
「ありません、ナビは忙しいのです。魔王として」
さっきは暇みたいなことを言ってなかったか?
「……まぁ、頑張れよ」
正直、ナビは裏で何かしている気がする。
それが何かわからない。
だが、彼女を疑うことは俺にはできない。
付き合いは一番短いはずなんだけどな。それでも大切な存在だという思いはある。
ったく、記憶を失う前の俺は、どれだけ浮気性の男だったんだよ。
ミーナという彼女がいるっていうのに。
まぁ、マリア達から聞いた話だと、浮気癖があるどころか、かなり鈍い男だったらしいが。
さて、待っていてもなんだから、こっちからミーナに会いに行くか。
だが、いくらミーナを探して回っても、見つかることはなかった。
一体、どこにいるんだ?
魔王城の廊下を曲がった――その時、
「お、ミーナ!」
「……タクトさん」
「おう、ミーナと話をしようと思って探してたんだが」
「あ、でも……もう時間ですよ?」
その時、正午を告げる鐘が鳴り響いた。
もしかして、これがミーナとの最後の会話になる……なんてことはないよな?
うん、ないに決まってる。
邪神を倒せば全てが終わるんだから。




