20 継承
「いきなりだな……まぁ、ちょうど女店主とアイアンが酒の買い出しにいったからちょうどいい」
ミラーはグラスに入った葡萄酒を飲み、
「会いたければミーナという小娘を邪神の巫女にすればいいだろう。人の心を闇で埋め尽くすなど簡単なことだ」
「それを防ぐために邪神に会いたいんだ」
「……邪神に会いたいのは私も同じだと言っただろ」
ミラーは一気に葡萄酒を飲みほし、
「だが、坊主がそこまで言うんだ。何か算段でもあるんじゃないのか?」
「あぁ、お前は邪神の言葉とやらが聞けるんだよな?」
そして、俺は語った。
邪神が俺をメインプレイヤーと見込んだこと。
俺を視点として物語を面白くするのが邪神の目的だと。
ならば、ここで邪神に会えず、ミーナの軟禁状態が続き、時間だけが経過していくのは邪神にとって最も困る事態だと。
「なるほど、理には適っている。が、28点。落第だ、坊主」
「なんでだよ」
「お前は……いや、お前たちは邪神の目的について何も理解していない」
「は? 邪神の目的、さっき言っただろ、それは――」
「聞いたことないか? 邪神は退屈している。平和な世界を望まない」
「それは――」
エルフの長老から聞かされた話だ。
「お前の平和のために協力する理由がない。甘い。お前は全てにおいて甘い。そもそも、私に頼ることも甘い。私と坊主は本来敵同士だ」
ミラーは笑う。
「これだから、叔父さんは……頭まで叔父さんになったんじゃないのか? 坊主」
「なんでお前もそのネタを知ってるんだよ! それに、叔父さんって言うな。俺はまだ17だ」
「おいおい、年齢は関係ないだろ? カ〇オくんなんて小学生でもおじさんじゃないか」
「カツ〇くんはタ〇ちゃんにはお兄ちゃんと呼ばれている……って」
なんで、ミラーがこのネタを知っている?
サザ〇さんの常識はこちらにはないはずだ。
それに……こいつは邪神のことを「邪神様」と呼んでいなかったか?
「……お前、ミラーじゃないのか」
俺が警戒すると、ミラーは無邪気な笑みを浮かべ、
「ようやく及第点というところだね、タクト叔父さん」
ミラーの姿にノイズが走り、その姿が小さな子供へと変わる。
どこかの私立小学校みたいな学生服を着ている、お坊ちゃんのような男の子。
「はじめまして、神様だよ。それとも甥っ子のほうがいいかな」
「くっ、いきなり本丸かよ。急展開過ぎるだろ……みんなっ!」
俺は振り返ると、先ほどまでいたはずの皆の姿消えていた。
どこに行った、まさか、俺がこいつを話しているうちに
「あれも僕が作った幻影だよ、タクト叔父さん。ううん、幻影というのはおかしいかな、ここはルーシアさんの酒場でもなければ、魔王城の中でもない。電脳世界――と言ったらちょっと語弊があるかな。夢の中、というのが一番いいと思う。叔父さんの仲間は最初からここにはいなかった。僕が招待したのは、タクト叔父さん、あなただけだから」
瞬間移動に細工させてもらったんだ、と自慢げに彼は言った。
「つまり、これは夢ってことなのか? なら殴っても痛くは――」
俺が振りかぶったところで、手が固定された。
ぐっ、殴りたくても殴れない。
「いやぁ、夢でも痛いと認識したら痛いからね」
そう言われたところで、俺は自らの右腕を支点にして跳び、邪神の顔を蹴りつけた。
「じゃあ、死んだと思えば死ぬってわけか」
「そんなに僕を殺したいのかい?」
フッと邪神の姿が消え、俺の前に再び現れた。
「お前を倒さないととミーナを元に戻せないからな」
「お父さんの記憶を奪っても?」
邪神がそう言うと、俺が黙る。
「いや、ミーナの記憶は俺の記憶で――」
「お父さんはそんなことするわけないでしょ。大事な叔父さんの記憶を奪ってまで」
邪神は小さな頭を横に振り、
「ううん、最初からすべてが終われば自分の記憶継承をミーナさんに移すつもりだったんだ。
叔父さんもわかっていたんでしょ?」
あぁ、わかっていたさ。
記憶継承について兄貴は実験したと言っていた。
一般人に移すことができること、徐々に消すことができること。
きっと、死んだと言っていた兄貴の仲間の三人、彼らは実際には死んだのではなく記憶を失ったのだろう。
マリアもいつの日か言っていた。記憶継承なんてボーナス特典をもらわなければ幸せだっただろうって。
自ら死を選んだということは、つまりは自らの記憶を消したということなのだろう。
なら、兄貴の性格だ、それでミーナの記憶を元に戻せるという保証があるのなら、全てが終われば自分の記憶継承をミーナに移すだろう。
そんなのわかりきっていた。
俺の記憶継承をミーナに移すことができるのか? と言った時の兄貴の表情で、それは全てわかっていた。
「なんなら、僕の力でミーナお姉さんの記憶を元に戻してあげようか?」
そんなことを言ってきた。
まるで悪魔の囁きだ。
「……そんなことができるのか?」
「僕がミラーに瞬間移動の力を与えたように、ミーナお姉さんに記憶継承を与えたらいいだけだよ」
「それで、ミーナの身体を奪おうっていうのか、そんなこと――」
「しないよ。条件さえ満たせばミーナお姉ちゃんの身体を奪うことなんてしない」
邪神は言い切った。
まるで、本当にゲームを楽しんでいるかのように。
「……何が条件だ」
俺が尋ねると、邪神は無邪気に、本当におもちゃを貰った子供の用に笑い、
「何、僕にとってはこれはゲームだからね。クエストをクリアしたら報酬は与えるさ」
そう言った時、背中に何かが刺さった。
振り返ると、そこにあったのは――ダークソード。
上級闇魔法。意識を失わせる黒い刃。
「ぐっ……な、オリハルコンのジャージを着ているのに」
「答えは簡単だよ、ここは夢の中だからね。オリハルコンの効果なんてこの中ではまさに夢幻。儚いものさ」
俺は倒れる。
「大丈夫、本物と違い、効果はすぐに切れる。意識を失うこともない。呼吸もできる。ただ、動けない、喋ることができないだけだよ」
世界がゆっくりと暗転していく。
「これはタクト叔父さんへのクエストだからさ。正しい判断ができることを祈ってるよ」
そんな意味深な言葉とともに。とても悲しそうな声とともに。
※※※
「大丈夫ですか!」
声が聞こえた。世界に光が現れた。
そして、その声が――ずっと聞きたかったその声が、ミーナのものと気付いたとき、
「テイトさん! 大変です、テイトさん、急に男の人が倒れて――」
ミーナは叫びながら、俺の頭のそばに座って、首もとを触わる。
そして、彼女は俺のジャージを脱がそうとしてきた。
すでに黒い刃は消えている。
なのに、体は全く動かない。
「待ってください、すぐにお医者さんを呼んでもらいますから――」
ミーナはそう言い、俺のジャージのファスナーを下げ……それを見てしまった。
「これ……うっ……なに、これ」
彼女が見ていたのは竜のお守りだった。
ミーナが俺にくれた、竜のお守り。
彼女はその竜のお守りをじっと見つめ……
「い……いや……いやぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ミーナが悲鳴を上げ、直後彼女の身体から強い魔力が噴き出す。
くそっ、これが狙いかっ。
「どうしたっ!? タクト、なんでここに! サーシャちゃん達だけが飯屋に現れたってさっきルーシア義母さんから連絡があったんだが」
「……ぐっ、邪神だ……瞬間移動したら奴のところに飛ばされ……」
ようやく体に自由が戻り、俺は起き上がる。
「大丈夫だ、ミーナ! 俺は無事だ!」
そう叫ぶが、ミーナから溢れでる魔力は止まらない。むしろ先ほどよりも強くなっていく。
なんて力だ――立っているのがやっと。
「ミーナ! 落ち着けっ!」
叫ぶが、俺の声はミーナに届く気配がまるでない。
悲鳴を上げ続ける彼女に俺は一歩ずつ、まるで台風の風の中を進むように近づく。
「タクト、今の彼女は不安と恐怖で満ちている! 彼女を落ち着かせるんだ!」
「そんなのわかってるっ!」
そう叫び、俺はようやくミーナの元にたどり着き、彼女を抱きかかえた。
だが、魔力は止まるどころがさらに強くなり、火鼠の衣のジャージが引き裂かれていく。
「兄貴! 記憶継承だ! 俺の記憶継承をミーナにっ!」
「わかった! だが、俺の記憶継承ボーナスをミーナちゃんに渡す」
「違う、兄貴、聞いてくれ、邪神はこれは俺へのクエストだっていった。兄貴の記憶継承じゃダメなんだ。直感だが、そうしないといけない気がする」
「……わかった! タクト、そのままミーナちゃんを抱いているんだ!」
そして、兄貴は俺のほうに近付いていき、俺の背中をついた。
「ボーナス特典転移!」
直後、俺は――俺の意識は――
「……タクト……さん」
あぁ、ミーナにはじめて名前を呼ばれたな……そんな意識とともに闇へと吸い込まれていく。
その時を境に、俺は俺ではなくなった。
まだまだいろいろツッコミはありそうですが、第四章はこれで終わりです。
そして、物語はいよいよ最終章へと行きます。




