19 名前
部屋を出ると、サーシャ、マリア、シルフィーの三人が俺を待っていた。
三人とも、先ほどの疲れた目ではない、次を目指す焔が瞳に満ちている。
「待たせた、ミーナには会えなかったが、事情は兄貴に全部聞いた」
「そうか、私達はミーナに会ったけど、やっぱり私達のことは完全に忘れてるようだったよ」
サーシャが嘆息混じりに告げる。だけれど、少し笑って、
「でも、あの子の優しさは変わってないし……包帯の巻き方が下手なのも昔のままだったよ」
ぐるぐるに巻かれて指が動かせない状態の自分の右手を見せた。
そうか、ミーナ、包帯を巻くのは苦手なのか。回復魔法で全部済ませていたから知らなかった。
「記憶は失っていても心は失わない。お姉ちゃんが言っていたのを思い出すわね」
「今、シルフィー達がこうしているのは過去があるから。そして、過去というのは記憶だけではなく、お母さんやお父さん、それに長老やミーナ、サーシャ、マリア。
周りから与えられたぬくもりは忘れたくても忘れられるものではありません」
忘れたいと思ったことはありませんが、とシルフィーは続けた。
シルフィー、良いことを言っているつもりだろうが、さらっと俺だけ仲間はずれにするのはやめてほしい。
「シルフィーは記憶を失っても、このジャージの温かさは絶対に忘れません」
「そうだな……それでも、俺はミーナの記憶を取り戻したい。そのために邪神をキーシステムぶっ潰す!」
宣言したところで、ふと、一人いないことに気付く。
「で、ナビは?」
「あれ? さっきまでいたんだけどなぁ……」
「……まぁ、あいつも今日は頑張ったからな、どこかで休んでるんだろう。それに、これから大変だろうしな」
ナビはさっき魔王になったからな。国王なんていえば、ただ玉座に座って、次のレベルまでの経験値を読み上げたり復活の呪文をおしえてくれるだけの存在じゃないからな。
魔王となれば、勇者に狙われる存在だし。
……勇者が魔王城に出てきたとき、無表情で抑揚のない声でしゃべるナビを見たらどう思うんだろう?
あの声のトーンで「はらわたを食らいつくしてやる」とか言っても盛り上がらないだろうなぁ。
いや、むしろ声のトーンが一定過ぎて、冷酷な魔王に見えるかも。
「まぁ、ナビはこの魔王城の中じゃ安全だろう」
「見つけたら妾が保護しておくから安心せい」
そう告げたのは、先ほど闘った対戦相手のシファだった。
「そういえば、あんたにもまだ聞きたいことが山のようにある。あんたの主様というのは」
「ん? なんじゃ、まだ言っておらなんだのか」
シファが瞳を閉じて息を吐きだす。兄貴は知っているのか?
「おい、タクト、少し待て!」
兄貴が部屋から出てきた。
突如、シファが兄貴に襲い掛か……いや、抱き着いた。
「テイトォォ、会いたかった」
「おい、シファ、分身で何度か会っただろ」
「でも、やっぱり生のテイトが一番じゃ。妾寂しかった」
え、なんかキャラ変わってません?
急に兄貴に甘えだすシファに俺達が呆れていると、
「あぁ、タクトには言ってなかったな。僕達、結婚してるんだ」
そう言って兄貴は左手を俺に見せた。金色の指輪が輝いている。
「そうじゃ、妾も……戦いの時に傷ついたらいけないから、アダマンタイト鋼の箱にしまってあったのじゃ」
シファも懐から小箱を取り出し、ふたをあけて金の指輪を取り出す。そして左手薬指にはめた。
「……え?」
「驚くのも無理はないよな、魔族と人間だから。本来規則でダメだったんだが、そのために人魔武道会でルーシア義母さんに勝って、シファを魔王にすることで結婚が許されたんだよ」
「結婚したとたん、早く孫の顔をみせろとうるさくてかなわん。まぁ、幸せの代償と思えばそのくらいどうということはないがの」
あぁ……そういうことか。
主様というのは、仕えるものという意味の主ではなく、ただ単純に夫という意味の主様だったのか。
「あれ、その指輪、お姉ちゃんがしてる指輪と同じだわ」
マリアが指輪を見て気付いたように呟く。
そういえば、アイリスさんがしていたのも同じ金の指輪だったな。
「ん? もしかして、君の姉って、アイリスのことかい?」
「姉を知ってるんですか?」
「知ってるも何も、アイリスの夫は僕の仲間だった男でね、僕たちの結婚式のときに暴れまわって調度品を壊しすぎたせいで、今は厨房で働いているよ」
「厨房……あ……」
マリアが何かを思い出したようにはっとなり、顔を青ざめさせる。サーシャ、シルフィーも何か心当たりがあるらしく、視線をずらしていた。
「まぁ、そういうわけじゃ。本当はテイトに魔王の座を譲ろうとしたんじゃが、それだとさすがに名前オチになるからと妙な理由で断られた」
「名前オチ?」
サーシャが首をかしげる。
それに俺は苦笑し、
「兄貴、まだ気にしてたのか」
「自分の名前だからね、一生ものだよ、これは」
「どういうこと?」
「あぁ、なるほどね」
マリアも気づいたようで、説明した。
「スメラギ・テイトって、漢字で書くと皇・帝人ってなるのね」
「皇帝人……まさに魔王に相応しい名前ですね、かっこいいです」
異世界とはいえ、漢字などが普通に使われているこの世界なら、兄貴の名前ネタはこちらでも通用するらしい。
シルフィーはかっこいいと言うが、本人からしたらふざけた名前と思うだろう。
ちなみに、俺の名前は「皇拓土」。土地を切り拓く者、という意味でつけられたらしい。
その土地に、異世界の土地が含まれるかどうかはわからないが、亡き両親の残した名前だ、大事にしようとは思っている。
が、兄貴はそうではないらしく、俺たちは意識的にお互いの名前を漢字では意識しないようになっていた。
重要書類ではない限り、俺の名前も自分の名前もカタカナで書くほど、名前を漢字で書くことを嫌っていたな。俺にまで強制してきたし。
おかげで、俺もその癖が残っている。
「と、とにかく、タクト……お前に言っておかなければいけないことがある」
話を切り替えようと、兄貴が咳払いをして続けた。
「なんだ?」
「もしも邪神と……キーシステムと話すことができたら伝えてほしい。俺達が求めていたゲームはこんなものじゃなかったはずだ、と」
「……それだけでいいのか?」
「それだけでわからないようならぶん殴ってやれ。叔父さんとしてな」
「叔父さん……嫌だな、それは」
兄貴が父親扱いされるのなら、確かに俺は叔父さん扱いなんだろうが。
「だが、本当に会えるのか? 僕は6年間、邪神の行方を捜し続けた。だが――」
「会えるに決まってるだろ? ルーシアさんが言ってたんだ。俺がメインプレイヤーに選ばれたんだと」
「ならば」と俺は付け加える。
「ここで邪神に会えないようなら、ゲームとしては面白くないと思わないか?」
「……そうか、キーシステムの裏をかくわけか……ずいぶん相手頼りの考えだが、悪くはない。それなら、僕は僕でできることをしよう」
「あとミーナのことは、今は任せた」
「任された。タクト、もしもお前が無事に帰ってきたら――いや、なんでもない。行ってこい」
兄貴の激励に、俺は頷き、魔法を唱える。
「瞬間移動!」
そう叫んだ直後、世界は変わり――俺達はルーシアさんの酒場にいた。
「そろそろ来る頃だと思っていたぞ、坊主」
「お前に聞きたいことがある、ミラー」
俺が来ることを見越していたかのように笑うミラーに、俺は言った。
「邪神に会いたい」
俺がそう言うと、ミラーは静かに笑った。
話が進んでいるようで全く進んでいない今回でした。
次回で第四章終わりです。




