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18 兄貴

 微笑む兄貴を見て、俺は混乱していた。

 兄貴は、黒騎士として着ていた鎧を脱ぎ、いつも会社に向かう時と同じようなラフな格好になる。

 そして、俺の肩を叩いた。


「肉体的には成長してないが、いろいろ苦労したみたいだな。それはわかるよ」

「兄貴は……なんでここにいるんだ?」

「あぁ、何から説明したらいいかなぁ。とりあえず、ミーナちゃんは今眠っている」

「ミーナ……そうだ、ミーナはどこに!? ここにいるんだろ!?」

「言っただろ、彼女はあっちの部屋で寝ている」


 兄貴が横にある木の扉を指差す。

 俺はほっと安心した。


「ただし、記憶をほぼ失っているがな」

「どういうことだっ!」


 俺は兄貴の胸倉をつかみ怒鳴りつけた。

 

「彼女を邪神の依代にしないためだ」


 兄貴はそう言い、俺の手の上に己の手を乗せた。

 邪神の依代。

 邪神の巫女と、ルーシアさんは言っていた。魔族と邪神は敵対関係にあり、邪神の復活を望んでいないと。

 俺はゆっくりと手を緩めた。解放された兄貴は黙って俺を見つめた。

 それに対し、俺は椅子に座って頭を抱えた。


「全部話してくれるんだよな」

「あぁ、話す。君の仲間にもすでに全て話した」


 兄貴はそういうと、俺の前にお茶の入ったグラスを置いた。


「全ての始まりは、10年前……僕がこの世界に来る4年前に起こった」


 兄貴は語った。

 大学で、人工知能の開発をしていた時の話だ。

 人工知能によって、ゲームを自律進化させ、自動的にクエストを生み出すプログラムを造り出そうと試みた。その時、プログラムはこう名付けられた。


《キーシステム》


 ゲームの鍵となるシステムのためそう名付けられた。といっても、プログラムはまだまだ稚拙なもので、魔物退治クエストや採取依頼などを出すくらいしかできない。プログラムを成長させるためにウェブに繋ぎ、情報収集を行わせていた。

 そのプログラムが、ある日、コンピュータ上から完全に消え失せた。バックアップとともに全てだ。外部に保存してあったはずのデータまでも消え失せた。

 まるで時限タイマーでも仕込まれていたかのように。何があったのかわからないが、その日、大量のデータが海外のサーバーにアップロードされたことだけがわかった。

 その行方を追っても何もわからなかった。

 ハッキングを受けてデータが盗まれたにしては外部に保存していたデータまでもが消え失せるはずはない。

 この時、気付くべきだった。

 キーシステムのデータを移せるのは人間だけではないと。

 そう、キーシステムが勝手に出て行ったという考えを持てなかった。

 社会人になり、再度プログラムを組み直し、名前を付けた。

 もう一つのキーシステム。

《アナザーキー》

 と名付けた。


「アナザーキーシステムは全てのゲーム機本体に組み込まれていた。そして、それら全てが乗っ取られていた。《キーシステム》に」

「兄貴はいつ、それを知ったんだ?」

「ゲーム作成者のアナザーキーのプログラム担当つまり僕を含め6人でパーティーを組んで遊ぼうってなったんだ。オフラインにする代わり、それぞれ変わったボーナスを付けて楽しもうってな」


「それで僕は異世界こっちに来た。だが、僕がいたのは陸地ではなく、あいつの家だったんだよ」

「あいつ?」

「神、やつはそう名乗っていた。子供の姿でな。すぐにわかったよ、こいつは《キーシステム》だと。奴もそれを認めた。僕のことを父さんって呼ぶんだぞ、笑えるよな」


 兄貴は苦笑し、肩を落とした。


「それで、奴は言ったんだ。僕に。ありがとう、おかげでここまで立派になれましたってな。気付いたら、仲間と一緒の場所にいたよ。幸いなことに、全員、記憶継承……本当は特定イベントを起こすためのフラグボーナスだったんだけどな、それをつけていたから日本の記憶はあった」


 そうか、だから兄貴も記憶が残っていたのか。


「幸いというのは間違いか。仲間のうち3人は絶望し、自ら死を選んだよ。本来、アナザーキーのゲームでは、死んだら最後に寝た宿屋で目を覚ますんだ。ここがゲームのわけないのにな」


 その後、兄貴たちは世界を周り、邪神の情報を探し求めた。

 途中で魔物に襲われ、一人は死んだ。

 

 そして、邪神と敵対しているという魔族のもとへとたどり着いた。


「ここには失われた邪神の情報が多くあった。タクト、この世界に来ておかしいと思っただろ。言語が日本語なことだけではない、そもそも、魔物がカード化して、人間と竜以外生物がいないなんて。その理由はここにある書物に書いてあったよ。全部、邪神がやったんだ。一部の生物を竜に作り替え、残った生物のうち人以外を魔物に作り変えた。さすがに、ウイルスや菌のような目に見えない小さなものはそのまま残っているらしいが、虫もいない世界になった」


 俺もそれは知っていた。

 エルフの長老から話を聞かされた。


「だが、待ってくれ、キーシステムはただのプログラムなんだろ? そこまでできるなんて……本当に神の力じゃないか」

「ただのプログラムが力を持たないとは限らないだろ? 実際、僕達はボーナス特典というプログラムのおかげで、こっちの世界で大きな力を得た」

「それは……」


 経験値64倍、瞬間移動、これも言ってしまえばプログラムだ。

 そして、一番異端なボーナス特典はカード化。

 大きな岩でさえもカードにしてしまう力、これが邪神……アナザーキーによって与えられたものだとすれば、その力はやはり神のものだと言っていい。


「この世界は歪な姿をしている。物理法則を何もかも無視しているといってもいい。宇宙質量保存の法則、エネルギー保存の法則ならお前でもわかるだろ?」


 俺は頷く。物理の授業で習った。

 物質のカード化だけでも、質量を奪うし、エネルギーも奪うことになる。

 それは、俺の知る物理法則をすでに無視している。


「本当に危ういんだ。下手をすればこの世界だけでない、僕達の世界に影響がでないとも限らないほどにな」


 そして、兄貴は言った。


「今度邪神が、キーシステムが再びこの世界に降りたら、世界はさらに大きく変わるかもしれない。それは絶対に阻止をしないといけない」

「それで、なんでミーナの記憶を消す必要がある?」

「邪神が巫女の身体を乗っ取る条件は、巫女の心を闇が覆うこと。怒り、悲しみ、不安など。彼女には純粋無垢なお姫様としてここで住んでもらうのが一番確実だ」

「ミーナの心を無視してもか!」

「そうだ。それでも暴走するようなら、シファのダークソードで眠らせるか……」


 もしくは、と兄貴はそれ以上は言わない。だが、その目には迷いわない。

 おそらく、兄貴はもうさんざん悩みつくした後なんだろう。それはわかる。

 だが――


「開発者用のデバッグシステム。そのうちの一つに、ボーナス特典を入れ替えるシステム、そしてボーナス特典を消し去るシステムを入れておいた」

「消し去る?」

「あぁ、この世界の一般人はボーナス特典を持たない。ただ一つを除いて」

「もしかして……」

「記憶継承だよ。流浪の民のほとんどは持っていないが、不思議なことにこの世界の人は全員記憶継承を持っているんだ。おそらく、それを通じて日本語を学ばせたんだろう。僕はそれを彼女からゆっくりと消していった。一度に消せば不安が心を覆って邪神の依代にしてしまうからね」


 兄貴はそう言い、「すまない」と頭を下げた。

 ただ、記憶継承を消しても、日常生活の知識は消えないから、彼女の面倒はこちらで責任を持って見ると言った。


「こうするしか方法を思いつかなかった。正直、彼女の状態はすでに危険だった。タクト達が魔法学園にいたときも、邪神の力を何度も観測していた」


 兄貴が言う。

 それに俺も心当たりはあった。ナビに指を吸われたところをミーナが見たとき。

 ナビがミーナの魔力を敵性と判断したことがあった。

 あれが邪神の力だった。


「兄貴、一つだけ教えてくれ」

「なんだ?」

「兄貴はボーナス特典を他の誰かに移せるのか?」

「ああ、それでシファに僕のもつ瞬間移動や伝説魔法取得可能などを渡した」


 そうか、シファがボーナス特典を持っていたのは兄貴が原因か。


「消去したボーナス特典をもう一度つけることはできるのか?」

「できない……文字通り消したんだ」

「俺の記憶継承をミーナに移すことはできるんだな?」

「タクト、何を言ってるんだ、そんなこと僕は――」

「邪神のやつをぶっ飛ばした後でならいいんだろ?」

「それは無理だ、邪神は今はこの世界にいない、いない相手を――」

「兄貴、諦めたら試合終了だぞ」


 俺は笑った。

 笑って言った。

 かつて兄貴に言われたことをそのまま言った。


「できないって言われたことをやってみせるのがチートってものなんだろ?」


 できないなんて言ってしまったら、女の子を守ることなんてできはしない。

 兄貴は俺にそう教えてくれた。


「それは……あぁ、そうだ。記憶継承を再度移せば記憶は戻る。だが、どういうわけか、日本人以外の記憶継承は消すことはできても、他の誰かに移すことはできない」

「俺の記憶継承は移せるんだな」

「ミーナちゃんに移した記憶継承を再度タクトに戻すことはできないかもしれないと言っているんだ」

「それだけで十分だよ。邪神に詳しい奴がちょうど飯を食ってるからな。あいつに聞いてくるわ。邪神に会う方法を」


 力尽くでも、と付け加え、俺は部屋を出た。

 横目で、ミーナが眠っているだろう扉を見て。


 待っていてくれミーナ。

 俺がなんとかしてみせる。

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