17 再会
まさかのナビによる魔王宣言に、観客(と俺)の絶叫の後、会場は静まり返った。
そりゃ静まりもする。
俺だってなんて言ったらいいのかわからない。
もしかして、さっき無理させすぎて脳の回路がパンクしたんじゃないか?
「あぁ……さっきの無し……」
俺がそう言おうとしたところで、
「ははは」
誰かが静かに笑った。
それが引き金となり、笑い声は広がり、最終的には会場中が大爆笑の渦に包まれた。
「へ?」
なんだ? これは?
「思い出すなぁ、前の人魔武道会でも、同じ宣言をしたバカがいたんだよ」
懐かしむようにそう言ったのは、アイアンだった。
目を覚ましたのか。
「同じ宣言?」
「あぁ、前回の人魔武道会で優勝した大将の女魔族が言ったんだ。自分が魔王になるとな」
「いや、事情がだいぶ違うんじゃないか?」
「違わないさ。なにせ、あそこにいるシファは、人間側の大将として戦ったんだからよ」
「は?」
「まぁ、詳しくはあいつに直接聞くんだな」
アイアンはシファのほうではなく、塔の上のほうを見上げて言った。
そして、アイアンはミラーの肩に手を組んで、
「俺は飯屋に行ってるよ……ミラーの旦那も一緒にいこうぜ」
「そうしよう。感動の再会は私には興味ないからな」
ミラーも俺を見て、ふっと笑って去った。
あいつは結局何をしたかったんだ?
人形なのに飯は食えるのか? ナビも食べることはできるから、食べられるのかな。
舞台を見ると、ナビがシファの治療を行っていた。
リカバリーではなくリザレクションによる体力回復だ。
「ナビ、どういうつもりだ? 魔王になるなんて計画にはなかっただろ?」
「必要だと判断しました。名称:ミーナを救出した後、魔族に再度誘拐されるのを防ぐことができますし、魔族の有する情報を手に入れることもできます」
「……そうか、でもそれなら俺が魔王になったほうがよかったんじゃないか?」
「マスターはこの世界の人間になると決めたわけではありません」
ナビが俺の目を見て言った。
「魔王の役職がマスターを縛ることになるのは、ナビとしては好ましくありません」
ナビはそう言って、相変わらず無表情のまま「自律人形が好みで動くのはおかしいでしょうか?」と尋ねた。
ナビの、銀色のボブカットの髪の頭に手を置き、「ありがとうな」と呟いた。
そして、俺もシファの治療の手伝いをする。
ナビがリザレクションをかけたので、俺はリカバリーの魔法を唱えた。
ドレスの焦げ跡は残らないが、やけどの痕などが消えていく。
「ん……治療してくれたこと感謝するぞ、新しい魔王様よ」
シファは偉そうに、だがナビを魔王と認めるように言った。
「幸い、話は聞こえておった。それで、妾を治療したということは、ミーナという小娘の元に案内すればよいのか?」
「ええ、最初の命令です。名称:ミーナのところに案内しなさい」
「わかった。勝敗がどうであれ、お主たちを小娘のところに連れていく予定じゃったからな」
シファは不敵な笑いで言った。「お主の連れの2人の人間と、1人のハーフエルフも無事じゃぞ」と全てを見透かしたように言ってきたときは流石に驚いた。
人形を使っていたことに気付かれていたのか。
「……どういうことだ? 俺をミーナのところに連れていく予定だったとは」
「何、ついてまいれ。説明するに相応しい者が待っておる」
相応しい者?
それが誰かわからないまま、俺とナビはシファとともに会場を後にした。
観客はもう大半が帰路についていたので、会場の外は混雑していたが、魔王城に向かう魔族は少なく、人混みに困ることはなかった。
大きな門へ向かうと、門番らしい男二人が、
【私達は人間の女性の色香に惑わされて、あっけなくやられました】
という看板を首からぶらさげて、水の入ったバケツを持って立たされていた。
サーシャ達にやられたバツをうけているようだ。
「そういえば、アイアンが、あんたが人間側の代表として戦って、魔王になったって言ってたけど、どういうことだ?」
「ん? アイアン? 誰じゃ、その者は」
シファは本当にわからない様子で尋ね返した。
おい、少なくとも今回も出場してるんだからそこは覚えておいてやれよ。
「あぁ、思い出した、そういえばいたのぉ。あの見習い冒険者か、今日も来ておったのか?」
「来てたんじゃなくて、出てたんだよ。人間側の先鋒で」
「……先鋒?」
本当に記憶に残っていないようだ。
考えても思い出せないと開き直り、シファは自分がなぜ魔王になったのかを語りだした。
「魔族の制度の中に、妾が納得できない制度があっての。それを無くすために魔王になりたいといったら、人間の冒険者4人が協力してくれたのじゃ」
「わがまましたいだけか。そんなんで魔王をクビになった先代魔王はたまったもんじゃないな」
「ええ、本当に困ったわよ」
その声は柱の陰から現れた。
「ルーシアさん!」
飯屋のおかみさん。俺達にいろいろな情報と魔法人形を提供してくれた魔族。
どうして彼女がここに?
「私を倒して私の座を奪ったシファちゃんが、こうも簡単に人間に負けるなんて、お母さんは情けないわ」
「母上よ、シファちゃんというのはやめてもらえぬか?」
「いいでしょ? 娘はいつまでたっても娘なのだから」
そして、ルーシアは俺のほうをむき、
「よく頑張ったね。流石は私が見込んだ人間達だよ」
「ちょっと待ってくれ、ルーシアさんは元魔王でシファの母親なのか?」
「こんな大きな子を持つ母親には見えないってよく言われるよ」
そんなことは言っていない。
驚いた、まさかルーシアさんが元魔王だったなんて。
ただものじゃないとは思っていたが。
ルーシアは、負けたシファをからかいにきただけなんだろう。
俺が、アイアンとミラーが飯屋に向かったと言うと「忙しいねぇ」と言って帰って行った。
そして、俺たちはシファの案内のもと、階段を上っていく。
途中で、骸骨将軍とすれ違った。
ここでこき使われていたのか。あとで返してもらわないとな。
「みんな! 無事だったのか!」
階段を上り切ったところでいたのは、サーシャ、シルフィー、マリアだった。
包帯などで治療されているが、大怪我をしたという様子はない。
「タクト……勝ったんだね、おめでとう」
「ああ、それで、ミーナは?」
「ミーナは中だよ」
サーシャは複雑そうな表情で言った。
マリア、シルフィーも同じだ。
「タクトくん、行って来なさい」
「シルフィーたちは先ほどお話をしましたから」
後ろをむくと、シファも行く気はないようだ。
そして、俺はここまで来て緊張してきた。
ミーナに告白して、受け入れてもらったときに、離れ離れになったんだった。
その時の恥ずかしさも込みあがってくる。
俺は部屋の扉に手をかけた。
息を飲む。
数週間離れ離れになっていただけなのに、もう何か月も、下手したら何年も彼女に会っていなかったような気になる。
遅いと怒られないだろうか?
俺のことを嫌いになっていないだろうか?
不安がこみあげてくるが、俺は意を決して扉を開けた。
そして、中にいたのは――
「なんでお前が居るんだよ、黒騎士!」
いたのは大会の途中で去って行った黒騎士だった。
いなくなったと思ったらなんでこんなところにいるんだよ。
「お前はないだろ、タクト」
黒騎士がしゃべった。初めて聞くその声。
鎧の中に声がこもっていて、誰の者か判別なんてできるわけない。
なのに、その声はとても懐かしい。
その声が誰かはすぐにわかってしまった。
「な……なんで」
「大きくなったな……と言いたいが、6年前のままだな、タクト」
黒騎士が兜を外す。
その兜の中から現れたのは――戦闘とは無縁そうなひょろっとした眼鏡の男。
だいぶと老け込んだ気がするが、見間違えるはずがない。
「兄貴、なんで兄貴がここにいるんだよ」
そこにいたのは俺の兄貴、スメラギテイト、その人だった。