14 騎士
剣と剣の衝突のたびに、火花が散り、金属の当たる音が聞こえ、会場に歓声が湧く。
五回戦。
人間側、魔族側、それぞれ中堅同士の対決が始まり、もう20分も経過していた。
「凄い、ゾード様相手に互角にやりやってるぜ、あの黒いやつ」
「そうだよな、ゾード様相手にあそこまで戦う人間が来るなんて」
「ゾード様、あの時があってからかなり迷宮でレベル上げしてただろ?」
「あぁ、噂によるとゾード様の剣レベルは……」
観客席からの声に耳を傾けると、ゾードという剣士はかなり魔族の間でも有名な剣士だとわかった。
あの時というのが何かはわからないが、「剣レベルは50」という単語が聞こえてきた。
レベル50ということは少なくとも伝説級の剣士だということはわかる。
その剣士相手に、黒騎士は全く見劣りしない戦い方をしていた。
舞台の全てを使い、ある種の芸術のように剣をかわす二人の剣士。
だが、その姿はひどく対照的。
魔族側の中堅、ゾードは鎧も何も着ていない。上半身裸の筋肉質の男。
褐色肌に赤い髪、パワータイプであるにも関わらず一撃も喰らわないという覚悟があるのだろうか。
その割には、胸に大きな古傷があるが。
一方、全身を鎧に纏う黒騎士。その姿を見たとき、俺たちは防御とパワー重視の剣士だと思っていた。
にもかかわらず、一撃も剣の攻撃を喰らっていないのは黒騎士も同じだった。
剣げ受け止めるか受け流すか、もしくはかわすかして一撃もかすらせてすらいない。
鎧を着ているにも関わらず、だ。
「一体、どういうつもりだ? 奴の戦い方は鎧を着ているそれじゃない。むしろ足枷にしかなっていないぞ」
ミラーが忌々し気に呟く。
俺もそれに同意見だ。
だが、なんだ? 俺はあいつの戦い方をどこかで見た気がするが。
「もっとも、それに気付いているのは私達だけじゃないようだがな」
「そうだな」
ミラーのつぶやきに、俺は相槌を打った。
ゾードが黒騎士を睨み付ける。最初こそ戦いを喜んでいる狂戦士のような表情だったが、今は違う。
攻め切れていないから、だけが原因じゃないだろう。
彼も気付いているのだ。
黒騎士が――全く本気を出していないことに。
「おい、てめぇ、いい加減にしろ! なんだその戦い方は!」
ゾードが怒り極まって怒鳴りつけた。
「俺はお前と本気で戦うのを本気で楽しみにしてたんだぞ!」
「――ん?」
ゾードの叫びに、俺は妙なことに気付く。
少なくとも、ゾードは黒騎士の正体を知っているのではないか?
「だいたいお前はあの時も――」
『ゾードっっっ!』
何かを言おうとしたのを、あの女魔族が制した。
その声には明らかに怒気が含まれている。
ゾードは忌々し気に舌打ちをし、
「シファ様よ、こいつを殺しても文句を言うんじゃないぞ」
「言わぬ」
ゾードが言うと、女魔族は面白そうに笑みを浮かべてそう言った。
シファという名前なのか。
横にいる老戦士とシファ、どちらかが大将なのだろうな。
「ミラー、黒騎士の正体、本当にお前は知らないんだな?」
「あぁ、知っていたらあんな鎧とうに脱がせている」
「アイアンは……まだのびてるか」
ここに一度来たことのあるアイアンならもしかしたら、とも思ったが。
一応、傷の治療だけは行っているし、心音も異常はないのでじきに目が覚めるだろう。
「――っ!」
不意にそれは起こった。
音が消えた。
観客席からも何も聞こえなくなる。
剣気。
研ぎ澄まされた刃のような闘気が黒騎士によって放たれた。
目にも見えないその闘気に、俺は身震いし、笑っていた。
その気はまるで日本刀だ。
風体こそ違えど、まるで侍のような静の構え。
熱く燃える剣がゾードだとすれば、全てを凍てつかせる黒騎士の刃。
一瞬だった、黒騎士が揺れたと思うと、ゾードの正面にまで迫り、剣だけを狙い定めて攻撃した。
まるで氷のように砕け散る刃を見て、ゾードは舞台に膝をつく。
「……まいった」
そのゾードの言葉がきっかけに、会場に音が戻った。
観客席から今までにない大きな歓声が響き渡った。
「勝者! 黒騎士!」
審判のターバンをした女魔族が叫び、さらに歓声に包まれる会場。
これで魔族側は残り二人。
「このまま奴一人で終わるんじゃないか?」
ミラーが呆れた声でつぶやく。
俺もそれを否定できない。
それほどまでに、黒騎士の強さは異様だった。
黒騎士はゾードに手を差し出し、ゾードもそれを受けた。
立ち上がるゾードとガッチリ握手を組み交わし、黒騎士は俺を一度見た。
そして――その姿がふっと消えた。
「なっ……」
俺は思わず声をあげる。
黒騎士の姿はどこにも見えなかった。
ゾードの罠かとも思ったが、ゾードもそれに驚いている様子だ。
「黒騎士選手!? 黒騎士選手!? 出てきてください! 失格になりますよ!」
審判がそう言っても、黒騎士がこの会場に戻ることはなかった。
※※※
黒騎士がいなくなった会場。
それを映し出した、鞄からこぼれ落ちたガラス球を見て、シルフィーは絶望していました。
黒騎士は消えたわけではないからです。
目の前に二人揃った黒騎士。
その黒騎士は一人残ったサーシャさんに敵対する様子を見せました。
「……くっ、なんだよ、これ」
サーシャさんももう戸惑いを隠せません。
マリアさんもすでに黒騎士に倒され、シルフィーの横で意識を失っています。
「勝ち目はないとこれでわかっただろ。二人を連れて帰るんだ」
黒騎士が言います。
彼は、先ほどからずっとシルフィーたちに退くように言ってきました。
「ふざけるなっ! ミーナがそこにいるんだろっ!」
「ふざけていない。実力の差は歴然、しかも二体一、敵わないのはわかるだろ」
「敵うか敵わないかの問題じゃない! 大事な妹を守れなくて何が姉ちゃんだ!」
サーシャはそう言い、黒騎士にとびかかろうとしました。
「ゴッドブレス!」
横になりながらも、シルフィーは最後のMPを絞り出し、黒騎士の上方から風の上級魔法をぶつけようとしました。
ですが、黒騎士はあろうことか風の塊めがけて飛び、剣で風の塊を切り裂くと、そのままサーシャさんの後頭部を剣で叩きつけました。
ただし、刃で切ったのはなく、刃を横にして叩きつけたようです。
黒騎士さんはサーシャさんの呼吸を確認し、彼女をそのまま床に眠らせました。
「……終わったな」
黒騎士が言います。
「あぁ、時間が来た」
そう言うと、黒騎士二人の姿が消えました。
何が起こったのかわかりません。
そして――黒騎士が守っていたはずの扉が開きました。
そこから出てきたのは――
「え? 皆さん大丈夫ですか? く、薬箱持ってきますね!」
そういって室内に入って行った彼女を呼び止める声をシルフィーは出すことができませんでした。
MPが尽きて意識をうしないかけていることもありますが、驚きがシルフィーの理性を上回ったのです。
なぜなら、扉から出てきたのがミーナさんだったから。
彼女は部屋に入ってこう叫びました。
「――さん! 扉が開いて前に女性が三人!」
シルフィーの聞き間違いでなければ、ミーナさんは中の人をこう呼んでいました。
「テイトさん!」とタクトお兄ちゃんのお兄さんの名前を呼んだのです。
混乱はシルフィーの意識をさらなる闇へと誘い、そして不覚にもそのまま眠りについてしまいました。
とうとう再会できたミーナと、サーシャ、マリア、シルフィーの四人。
これでもうタクトたちが戦う理由なくなった気がするが、戦いは続きます。




