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7 救出

『ラジオ体操だいいちぃぃぃ』


 ラジオの音に体が条件的に反射してしまう。


「タクト、卑怯はいけないことだと思うか?」


 兄貴が俺に尋ねた。

 思い出した、ラジオ体操をしていたんだ。

 まだ小学三年生の俺に、高校生の兄貴が偉そうに語ってきたんだ。

 普段からパソコンに向かってばかりの兄貴だが、最低限の運動としてとりいれたのがこの朝のラジオ体操で、俺も強制的につきあわされていた。


「そりゃ、卑怯はいけないことだよ。ズルだもん」

「そうか? じゃあ、お前はものすごい強い男に大好きな女の子が襲われても黙ってみているしかないな」

「どうしてそうなるんだよ。戦えばいいじゃん」

「戦って勝てないっていう前提条件があるんだよ」


 バカだな、と兄貴が付け加える。


「まともに戦って勝てないならお前はどうする?」

「…………それがずるなの?」

「そうさ、お前が勝てないなら大人を呼ぶのもいいし、武器を用意してもいい、なんなら相手の弱みを見つけて脅迫してもいい」


 むちゃくちゃな兄貴だと思う。


「いいか? 手段がどうであれ、結果は大切だ。手段をいくら美化したところで結果がともなわなければ、それは意味のないことだ」

「それ、受験に失敗したときに自分に言えるの?」

「バカだな、俺は大学になんていかずに就職するさ」


「だからな」と兄貴は俺に言った。

 最強のズルっていうのを教えてやる、最強のズルっていうのはな――


「諦めないことだ」

「諦めない?」

「そうさ、いいか? 諦めるっていうのは結果を放棄するってことだ。だから諦めるな。もしもお前がどうしても諦めないといけないようなことがあったら、俺は絶対にこう言ってやる」


「諦めるな! ってな」

「諦めない」

「ま、そう願えばどんなズルい方法でも思いつくさ。いいか?

 諦めたらそこで試合は終了ですよ」

「それ、バスケの話じゃん」


 俺はため息をついて笑ってあげた。


「できないって言われたことをやってみせるのがチートってものなのさ。だから、起きてください」


 あれ? 兄貴、なんか声がとてもかわいらしく……あれ? 兄貴? 

 気が付いたら兄貴がいなくなっていて、代わりに、あれ? 


『起きてください! スメラギさん! 起きてください!』




「起きてください、スメラギさん」

「ん……ミー……ナ」


 目が覚めると、薄暗い部屋でミーナが俺の身体をゆすっていた。


「痛いよ、ミーナ」


 盾で守ったとはいえ、斧の衝撃をまともに受けたんだ。あばらの何本かいったかもしれない。

 上体をおさえながら起こすと、そこには消し炭が三つ、そして焦げた壁があった。


「俺がやったのか?」

「わかりません、気付けばこうなってました」

「……リカバリー」


 俺は自分の胸に回復魔法を使おうとする。

 だが、魔法は発動しない。

 MPが足りないのだ。


「ミーナ、悪い、立たせてくれ。あと、少し部屋の中を歩かしてくれ」


 俺はミーナの肩をかりて立ち上がる。


「俺は歩けば精神力が回復する技能を持っているんだ」


 隠さずに説明した。

 ミーナは何も言わずに頷いて、部屋の中を歩く。

 三十歩くらい歩いたところで、


「リカバリー」


 そう唱えると、胸の痛みがうそのようになくなった。


【魔法(治癒)レベルがあがった】


 魔法レベルが上がった。


「ミーナ、悪いがここで待っていてくれ、サーシャを探さないと」

「私も行きます」

「頼む、盗賊はもういないとは思うが、万が一のことも考えられる」

「足手まとい……ですか?」


 俺は黙って頷いた。今の俺に彼女を守ってやれる力は戻っていないと思った。


「じゃあ、お願いします」

「他に盗賊がいないのを確認したらすぐに戻るよ」


 そう言い、俺は通路を戻っていく。途中、燃えずに残っていた百獣の牙を拾った。その後、すぐに見つけたのは三つの遺体だ。ワンウルフがやったものだろう。ワンウルフの姿はどこにも見えない。

 虚空へと消えたのだろう。

 通路を戻っていっても盗賊の気配はない。隠れているのかもしれないが、やはりあれで全員だったと信じたい。

 休憩所まで戻ったところで、盗賊の遺体とは別に、俺は動くものを見つけた。褐色の肌の長い髪の女の子だ。


「サーシャ!」


 猿ぐつわを噛ませられ、縄で縛られたサーシャがベッドの上で悶えていた。


「待ってろ、今助ける」


 百獣の牙で縄を切り、猿ぐつわをほどく。


「もう大丈夫だ、サー……」


 名前を呼ぼうとしたとき、俺の口をふさがれた。

 彼女の唇で。

 やわらかい。昨日はまったく気づかなかったが、女の子の唇ってこんなにやわらかいんだ。それに、胸がおしあてられて、彼女のふくよかなふくらみが俺の胸板に当たってきた。やわらかい、気持ちいい。

 キスも昨日してもらったそれとは違う、濃厚なものだ。彼女の舌が口の中に入ってきて、俺の舌にからみついてくる。


(なんだ、これ、助けてもらったお礼……なわけないよな)


 正面をみると、彼女の目が正面にあり、視点がまったく定まっていない。

 俺はサーシャを突き飛ばした。


「きゃっ」


 ベッドに倒れこむ。


「サーシャ、どうしたんだ、いったい」


 そう言ったとき、気付いた。サーシャの目がふつうじゃない。


「お願い……抱いて……そうじゃないと壊れちゃう」


 よだれを垂らして懇願してくる。

 巨漢の男はあとでミーナとサーシャを可愛がるとか言ってたが、もしかして、媚薬を使われたのか。

 俺はサーシャに憐みの目を向けた。


「あぁ、抱きたいよ。でもな、俺が好きなのは元気なお姉さんのサーシャだからさ、とりあえず家に帰ろうな」


 俺はそういい、サーシャに近づいていき、


「アンチポイズン」


 魔法を唱えた。

 媚薬も精神をおかしくするという意味ではおそらくは毒薬の一種だろう。

 その証拠に、魔法を唱えると、サーシャの目が徐々にはっきりしていき、顔を赤らめて、布団を頭からかぶった。


「あああああ、ありがとう、えっと、名前なんだっけ?」

「ス、スメラギ・タクトだ。だ、大丈夫か?」

「うん……大丈夫……ごめん、本当にごめん、全部変な薬のせいで、あんなの私じゃないの。ていうか、抱きたいって何よ、抱きたいって、うら若き乙女にいうセリフ? 信じられないわよ」

「ごめん、あれは勢いというか、励ましというか」

「わかってる。ありがとう」


 サーシャはゆっくりと立ち上がる。

 その横に荷物があるのを確認した。さっき来た時はなかった。


「それは?」

「たぶん、カード買取所で盗まれたものだと思う」


 そこには貨幣とカードが大量に入っていた。

 持って帰らないといけない。荷物を抱え、


「じゃあ、帰ろうか……えっと、馬できたの?」

「ううん、馬じゃなくて……あ、そうだ、ミーナ……」

「ミーナ? ミーナがどうしたの?」

「いや、一緒に来てるんだ。放っておいたら一人で来そうだし、案内も必要だったから」

「…………そう……無事ならよかったわ」


 サーシャは一瞬何かを言いかけたが、それをやめて安堵の言葉を漏らす。

 俺がミーナを連れてきたことに文句を言いたかったのかもしれないが、助けてもらった手前言えなかったのだろう。


「ついでに盗賊の宝も持って帰ろう。宿屋の再建費の足しになるだろうしな」


 また奥へと進む。

 盗賊の遺体が並んでいるのを見て、サーシャは目を細めた。

 俺は盗賊の持っている剣と短刀を抜き取り、


「カード化」


 と唱える。シミターのカードと、疾風のダガーのカードが2本手に入った。それにはサーシャも目を丸くしたが、何も言ってこない。

 そして、その視線は今度は消し炭となった男の遺体へと移ったらしく、視線を横にずらす。


「ミーナ、大丈夫だ! サーシャは無事だ」


 そう言ってから角を曲がると同時に、ミーナとすれ違った。

 ミーナは俺の後ろにいたサーシャに駆け寄り、


「お姉ちゃん、よかった、お姉ちゃん」


 抱き着いて涙を流した。両親が盗賊に襲われて死んだという過去もあり、彼女の胸の内は恐怖でいっぱいだったのだろう。


「ミーナ……」


 妹の頭をやさしくなでるサーシャを横目に、俺は部屋の奥にいき、カードの入った袋からすべてのカードを取り出し、


「カード収納」


 と叫ぶ。MPは歩いているうちにほぼ回復しているようで、この程度は全く問題ない。

 ほかにも、宝石類や貨幣もあったが、全てカード化して、カード収納した。一連の行動で、魔法(特殊)レベルが上がった。


「あらかためぼしいものは持ったし、帰るか」


 ふと、足元に転がっていた斧を持ち上げる。もう三人の盗賊の武器は見当たらなかった。ファイヤーフィールドによって燃え尽きたのかもしれない。

 獅子の紋章の入った斧だ。ずしりとした重さが手に伝わる。巨漢の男、盗賊のボスが使っていた斧だ。


「カード化」


 斧は一枚のカードに変わる。『破邪の斧』。

 邪を破る斧を盗賊が使うなよ、とか思うが、使えそうな武器なので持っていても損はないだろう。

 通路を戻ると、まだ抱き合っている姉妹がいた。


「ミーナ、サーシャ、町に帰ろう。みんな心配してる」

「はい」

「ああ」


 二人は頷き、俺は二人の手を握り、

「瞬間移動は坑道の中じゃ無理なのかなぁ。部屋の中なら使えたんだが」

「なんの話だ?」


 訝し気な目で見てくるサーシャに、ミーナが説明をした。

 瞬間移動という魔法で、町から山のふもとまで一瞬で来られたこと。だから、サーシャや盗賊たちよりも先にここまで来られたことを。


「君は……すごい魔法を使うんだな。確か、神より授かる技能にそういうものがあったと聞いたことがあるが」

「そうなのか?」

「ああ、神父様から聞いた話だが、眉唾ものだと思っていたが、ミーナが言うなら本当なのだろう」


 神父様の言葉も信じてあげろよ。

 といっても、神父様も直接見たわけではなく伝聞という形でサーシャに伝えたのだろうから、信じられないのも無理はない。

 怪談話で、「俺の友達が聞いた話なんだけど」と言い始めるのと「俺が経験した話なんだけど」と言い始めるのでは信憑性が全く異なるのと同じだ。


「外にでよう」


 カードと貨幣の入った袋を持って、俺は二人にそう持ちかけた。

 盗賊は全て終わった。まるでお姫様を助け出した王子様の気分だ。

 だが、俺はこの時すでに気付いていた。

 現実というのは、いつでも不条理だと。


このあたりがR15の部分だと思っています。

過剰な描写はないと思います。

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