12 甲殻
なんとか一人目の魔族を撃破し、残りは4人。
こちらはミラーと謎の黒騎士、そして俺の3人。
黒騎士を人数にいれなければ2人で4人を倒さないといけない計算だが、もともと一人で5人全員倒すつもりだった。
きついとは思わない。
「魔族側次鋒、前に出てください!」
そう言われて現れたのは、身の丈3メートルはあろうかという巨大な男だった。
鎧など一切来ておらず、黒い肌着と黒い半ズボンのみの格好。
背中の翼が小さく見えるのは、体が大きいからだろう、実際、そいつの翼は先ほどのヴァインよりは大きい。
「我が名は甲殻のエゴール。お手合わせ願おう」
野太い声が発せられ、拳を構える。
武器を使わない拳闘士タイプの魔族ってわけか。
「あの巨体、殴られたらただじゃすまねぇな」
アイアンがぽつりとつぶやく。
「だな。でも、それだけじゃないだろ」
甲殻という名前からしたら、おそらくは防御特化型の魔族じゃないだろうか?
だとしたら、武器が剣だけのミラーは不利になる。
「2回戦、試合、開始!」
試合が始まると同時に、ミラーが一気に間合いを詰めた。
エゴールの足めがけて剣を振るう。
力では勝てないと思って、速度を封じるつもりか。
だが――
カキンッ
まるで金属と金属がぶつかるみたいな音とともに、ミラーの剣が弾かれた。
「ふむ、刃こぼれか。ソードボーンは岩をも切り裂く剣なのだが」
「我が皮膚は鉄よりも固い。次はこちらの番だ」
エゴールが飛んだ。
その速度はヴァインよりは遅いが、かなりのスピード。
しかもあの巨体、簡単に避けられるものではない。
ミラーは迎え撃つべく剣で切りかかろうとした。
「ぐはっ」
剣ごとミラーを場外へと飛ばした。
舞台の外に背中から落ちる。受け身を取る余裕すらないようだ。
「ミラー選手場外! カウントします。10……9」
場外でもすぐに負けではない。
10秒以内に舞台に戻れば戦線に復帰できる。
そうでないと、空を飛べるあの女魔族などが有利すぎるしな。
ミラーは場外で剣を地について起き上がり、舞台へと上がる。
「5……4、試合再開です!」
そういい、ミラーは剣を構えなおし、再び跳躍した。
いくら硬い皮膚をもっていようが、無敵というわけではない。
おそらく、ミラーの狙いは“目”だ。
「甘いっ」
エゴールが拳を振るい、再びミラーを吹き飛ばそうとする。
が、ミラーもそれを読んでいたようで、剣の向きを大きく変え、迫りくる拳に当てて反動で大きく上へと飛んだ。
「地獄の骨林!」
ミラーがそう叫ぶと、ソードボーンが分裂、100本の剣が現れる。
「合体! 巨大剣!」
そう叫ぶとソードボーンが100本集まり、一本の巨大な剣になった。
「うまい、これなら重力も加わる。いくら奴とはいえ――」
アイアンが興奮して叫ぶが、
「効かぬと言っている!」
エゴールが右腕でその剣を受け止めた。
剣の重さは1本4キロ、100本分で軽く400キロは超えている。
それを、まるで発泡スチロールの剣を持つかのように軽々と受け止めたのだ。
「甘いのは貴様のほうだ!」
ミラーが剣の陰から現れた。
そして、一本の剣をエゴールの口の中に突き入れる。
正直、俺もこれは決まったと思った。
いくら皮膚が固いとはいえ、口の中ならば攻撃は通じる。
だが――
エゴールがニヤリと笑う。
ミラーのついた剣を、エゴールは己の白い歯で受け止めていた。
「くそ、歯で剣を受け止めるなんて、これが噂の真剣白歯取りか」
「いや、字が違うからな」
正しくは真剣白羽取りだ。
アイアンの適当発言に律儀にツッコミをいれつつ、俺は試合を見る。
甲殻。その名に、もしも亀の意味を含むのだとすれば、噛む威力は相当に違いない。ワニガメやスッポンなどのイメージが俺の脳内に浮かんだ。
「ぐっ、放せ!」
そういい、ミラーは左手で剣を握ったまま、拳をエゴールの口へと叩き込もうとし、
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ミラーの悲鳴が会場中に響いた。
その右腕をエゴールに噛みちぎられた。
人形なので血こそ出ないが、あれではもう戦闘はできない。
「ミラー! 降参しろ! あとは俺が戦う」
「黙ってみていろ、坊主。勝負はもう決まった」
ミラーは立ち上がるが、もう剣を出す力もないのか、そのまま立ち止まっている。
目にも生気がまるで感じられない。
あいつ、負けを認めて死ぬつもりか?
「その潔さ、感服に値する。せめて苦しまぬようにとどめをさしてやろう!」
エゴールはそういい、拳を大きくあげ、ミラーへと叩きつけた。
爆発。
そう表現するのが一番だろう。
ミラーとともに舞台まで撃ちぬき、煙が大きく上がった。
「ぐっ、なんて威力だ……ん?」
横を見ると、アイアンが気を失っていた。
飛んできた舞台の破片に頭をぶつけたようだ。
「……リカバリー!」
とりあえず治癒魔法を使っておき、失ったMPはその場足ふみで回復する。
アイアンは気を失ったままだが、すぐに目を覚ますだろう。
煙がはれると、そこに立っていたのはエゴールただ一人だった。
ミラーの姿はどこにもない……いや、よく見ると砕け飛んだ舞台と一緒に、ミラーの破片と思われるものが飛んでいる。
人形なので血や内臓などは一切ないが、勝負は決まったとみていいだろう。
「ミラー選手、死亡。勝者――……」
審判が勝者の名を呼ぼうとしたところで、異変に気付いたようだ。
エゴールの表情が恐怖に震えていた。
「な……なぜ……」
エゴールがそう呟く。
直後――エゴールの腹からソードボーンが現れた。
いや、腹の中から突き抜かれたのだ。
そして――
「ふぅ……あまり気持ちのいいものではありませんね」
エゴールの腹を切り裂いて、ミラーが現れた。
全身が胃液や血液などに塗れている。
俺はここでようやく気付いた。
ミラーは三体までなら分身を作れると言っていた。
だから、ミラーはわざとエゴールに噛まれた。そこで、その右腕から、己の分身を生み出すために。
全ての種族において、一番の弱点は目でも口の中でもない。
その身体の中だ。
やられた、あいつはエゴールだけではなく会場中の全員をペテンにかけやがった。
審判はそれを見て、先ほど下そうとした判定と正反対のそれを宣言した。
「勝者! ミラー! 救護班、すぐにエゴール選手の治療にとりかかってください!」
審判がそう言うと、魔族たちがエゴールを担架に乗せて運んでいった。
「……少し魔力を使いすぎました……私は休ませてもらいます」
「ミラー選手、それは4回戦を棄権するということでよろしいでしょうか?」
「はい、無理をする場面でもありませんしね」
そういい、ミラーは舞台から降りた。
これで人間側の2勝。
魔族はあと3人、こちらにいるのは俺とナビだけだ。
あの黒騎士はまだ現れない。
俺一人で行くしかないようだ。
そう思ったとき、そいつは現れた。
空から、巨大なコウモリの足につかまって。
「あれはゴッドバットか」
ミラーは空を飛ぶ巨大蝙蝠を見て言った。
「ゴッドバット?」
「一匹で国一つを滅ぼすといわれる伝説の化け物蝙蝠だ。その力は飛竜にも匹敵すると言われている。あんなもの従えてるとはな、下手をしたらあの男……坊主、貴様よりも強いかもしれんぞ」
「……一体、何者なんだ?」
全く男の正体がわからない。
ただ、一つだけわかることがある。
黒騎士……謎のその男はどうやら相当の目立ちたがりのようだ。
会場中から歓声を浴びせられ、黒騎士は大きく手を振っていた。




