11 最速
人魔武道会開始まで残り20分。
広くはない控室、そこにある椅子に俺は腰をかけ、あたりを見回す。
本を読むミラー。
斧を磨くアイアン。
二人ともリラックスしているようだ。
全身鎧の男は、気が付いたら姿を消していた。
「お前等、本当に緊張感ないんだな」
げんなりした口調で言うと、
「まぁ、なるようになるさ」
アイアンは斧を軽く素振りしながら言う。
アイアンが持っていたのは普通の鉄の斧だったので、俺の破邪の斧を渡した。
「分身を町の外に残してきた。仮に私が死んでも私という存在が滅びることはないからね」
ミラーはそう言い、本を読む。
なんとも卑怯な話だ。
ミラーの武器はソードボーン、操ることのできる剣だ。
俺もかつては苦戦したミラーだが、今は9体分身というチートな技も使えないらしい。
できるのは三体の分身を作るので精いっぱいだそうだ。
「過度な緊張は本来の実力を発揮する妨げになります。マスターもリラックスなさってください」
「ナビ、お前はもう少し緊張感を持ってくれ」
ナビは控室のお菓子を次々と食べ、口の周りを食べかすだらけにしている。
サーシャ、マリア、シルフィーの人形もただ突っ立っているだけ。
「坊主もリラックスしろ。普段の君の実力があれば、魔族相手でも余裕だろう」
「リラックスをしろと言われてもなぁ、ここですることといえば……ジャージのチェックでもするか」
そういい、俺は火鼠の衣のジャージ(上着)を脱ぎ、まずは傷や汚れ、ほつれなどがないかチェックしようとする。
「ん? どうした? ミラー」
「坊主、貴様……そんなものを用意したのか?」
ミラーが俺を見て、驚愕の表情で尋ねた。
そうか、しまった、上着を脱いだからこれをみられてしまったのか。
普通の人間にはわからないが(実際、アイアンはわかっていないだろう)、ミラーは気付いたようだ。
「……誰にも言うなよ。これは邪法。正直、俺もこれだけは使いたくなかったんだ」
「邪法……確かに邪法だ。神への冒涜といってもいい……しかし、なるほど、魔族相手には有効かもしれないな」
ミラーは俺を睨み付ける。確かに、こんなの普通の考えだとできないよな。
でも、俺は決めたんだ。ミーナを助けるためなら、悪魔に魂を売ってもいいと。
俺はジャージのチェックを終え、再び上着を羽織り、ファスナーを閉じる。
残った時間で、所持カードのチェック、スキルの確認。
このスキルなら、あいつにも勝てるはずだ。
「人間代表の皆様、時間になりました。これより会場へご案内いたします」
ターバンを巻いた女魔族がノックして控室に入り、そう告げた。
俺、ミラー、アイアン、ナビ、魔法人形3体は案内に従い、会場へと向かう。
先鋒アイアン、次鋒ミラー、中堅黒騎士、副将タクト、大将ナビで登録された。
だが、謎の男、黒騎士はいまだに会場には訪れない。
まぁ、棄権しても問題ないが。
「選手の皆様はこちらへ、お仲間の方はこちらへお願いします」
俺はナビをちらりと見る。ナビは無言で頷いた。
「わかったわ。タクトくん、頑張ってね」
「タクト、ミーナのことを頼んだよ」
「タクトお兄ちゃん、死ぬとお葬式とか大変なので生きて帰ってくださいね」
これは三人が吹き込んだ俺へのメッセージらしい。
俺が戦う前に流す予定だったが、ここで聞くことになった。
その後の人形の操作は、ナビに任せる。
遠隔操作になるため、ナビもほとんど話せなくなるという。
地上へと上がっていく階段があり、光が見えた。
そこを上がると、俺を、俺達を、会場を、大歓声が包み込んだ。
震える音の空間を感じつつ、俺は前に立つ魔族たちを見た。
5人の魔族の戦士。
その中に、そいつはいた。
女魔族――俺を倒し、ミーナを攫って行った張本人。
やはり出てきやがったか。
審判の声が聞こえてくる。
審判もターバンをかぶった女魔族のようだ。
歓声が大きくなる。
アイアンが前に出た。
俺はその間も女を見据える。
――絶対にお前は俺が倒す! そしてミーナを助ける!
決意を新たに、まずはアイアンの応援をしようとして――
「1回戦、勝者、ヴァイン!」
あれ?
気が付けば、アイアンは会場の外で気を失い、担架で運ばれるところだった。
あぁ、まぁ、予想通りか。
生きているようだし、うん、問題ない。
「アイアン、後は任せろ」
俺はアイアンにそういい、会場の外に落ちていた破邪の斧をカード化して収納した。
「人間側、次鋒、前に出てください!」
ミラーが前に出て舞台を上がる。
ミラーは舞台の石床を触り、何か計算をするようにつぶやきつつ、ソードボーンを構えた。
相手の魔族はヴァインという男。ミラーと同様、武器は剣。
緑の短い髪と小さい翼が特徴の男だ。
ただし、鎧は着ていない。着ているのはおそらく、ただの服だ。
「2回戦、試合、開始!」
審判がそう叫んだ、と同時に、
「消えやがった」
横から声が聞こえた。
「アイアン、無事だったのか……回復早いな」
アイアンは頭に手をあて、悔やむように言う。
「すまない、俺もあれにやられた。あいつは姿を消して攻撃をしてくる」
「姿を消す?」
いや、そうじゃない。ヴァインは超高速で移動しているだけだ。
俺もしっかりとその姿を捉えている。
そして、それはミラーも同じだったようで、ヴァインの放った剣戟をミラーはしっかりと受け止める。
「ほう、今度の人間はなかなかやるようだな」
そういい、ヴァインは後ろに跳躍。
「改めて名乗ろう。拙者はヴァイン。魔王様直属の四天王の一角を担う。高速のヴァインの異名を持つ」
「高速? あの程度で高速とは笑わせますね」
ミラーは不敵に笑う。
「あれは貴様を試しただけだ。これより徐々に速度を上げて行こう」
直後、ヴァインが大地を蹴った。はったりではない、先ほどよりも確実に速度が上がっている。
だが、ミラーも敵の動きをはっきりと見えているようで、ヴァインの剣を受け止めようと剣を構えた。
直後、ヴァインは急加速し、ミラーの背を切りつけた。
「ぐっ、やりますね」
「ほう、あれを受けてまだ立っていられるか。では、さらに加速しよう。ただし、早めに降参することをお勧めする。嬲り殺しをするのは趣味でないんでね」
それもウソではない。ヴァインの速度は不意打ちの一撃、それ以上のものになっている。
そして、ミラーの肩に、背に、腹に、腕に、足に、剣戟が振るわれている。
ヴァインの圧倒的勝利で終わる、誰もがそう思った。
だが――
「坊主を倒すためにとっておくつもりだったのだが、このまま負けるのも困るのでね」
そういい、ミラーはソードボーンを舞台に突き刺した。
直後、舞台から数百本の骨の剣が舞台を貫いて現れた。
全て、ソードボーンの分身だというのか?
分身の数が減ったといっていたが、こんな隠し技を持っていたのか。
「秘技、百骨剣。君の移動速度が直線においての超加速だと仮定するのなら、この空間であの速度はもう出せないだろ。そして――」
ミラーが言うと、骨の剣が動いた。
「この骨の剣は一本一本が私の意のままに動く。嬲り殺しをするのは私のほうだ」
ミラーの言う通り、ヴァインの速度は明らかに落ちている。
舞台中に現れた骨の剣が宙を浮き、自由自在に攻撃、ヴァインを追い詰めてた、かに思えた。
「ミラー、違うっ! 罠だっ!」
俺は気付いた。そうじゃない、ヴァインは100本の剣から逃げるふりをして、それらを全て誘導したのだ。
ヴァインが剣の間をすり抜けるように移動すると、そこに存在してしまった。
ミラーへの一直線の道が。
「覚悟しなっ!」
超加速、今までで一番の速度でミラーにツッコむヴァイン。
その剣は確実にミラーの腹を貫いた……試合はもう終わる。
「これでチェックメイトだ」
だが、そう言ったのは、ミラーのほうだった。
ミラーはそういい、ヴァインの手を掴む。
「なにっ!」
気が付けば、ヴァインの足元から骨剣が舞台の中から飛び出した。
「来る場所がわかっているなら罠を張るのもたやすい」
倒れたヴァインを見て、ミラーは自らの腹にささった剣を抜く。
「こう見えてもただの人間ではないのでね、腹を貫かれた程度で死にはしないよ」
審判の女魔族は血を流して倒れたヴァインの状態を確認し、勝者の名を呼んだ。
「2回戦、勝者、ミラー!」




